(社説)空爆と警報の街から 戦争を止める英知いまこそ

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 黒こげのアパート群に雪が吹きつける。窓という窓は割れ、飼い主を失った犬が群れをなしてうろつく。開戦初期にロシア軍の砲火を浴びたウクライナの都市ホストメリの空港周辺は、いまも廃虚そのものだ。

 昨年12月、首都キーウでも昼夜を問わず空襲警報のサイレンが鳴り響いていた。仕事や家事を中断し、底冷えの地下シェルターで身を寄せ合う。住民によると、避難した先が空爆されて命を落とす人も少なくない。避難するか、否か。「毎回が、命をかけたくじ引きです」。これが戦時の日常である。

 爆音と警報が鳴りやまぬままウクライナは新年を迎えた。

 ■不戦の理想、結実せず

 冬場、ミサイル無人機の攻撃に間断なくさらされた地域の住民は、大急ぎで仮住まい先を探した。画家のアンナ・ベロウソワさんもその一人だ。住んでいた中南部ザポリージャ州では原発をロシア軍が占拠。攻防戦が激化し、キーウの親族宅に身を寄せた。

 戦争終結への道筋をウクライナの市民に問うた。「夏には全土奪還できる」「いや春先には戦争は終わるだろう」。最も多く聞かれた英単語は「ビクトリー」。戦況を楽観しているのではない。ロシアへの勝利しか未来の選択肢はない。みな、そう思い詰めているように見えた。

 国際社会のさらなる支援を市民は欲していた。だが、紛争解決の責任を担う国際機関にはすっかり失望していた。

 司法の専門家は、国際刑事裁判所による戦争犯罪の捜査が遅すぎると嘆いた。国際政治を教える大学教官は「国連が役にたっていない。何のために国際法を学生に教えてきたのか」とため息をついた。

 実際、国連は機能不全をさらけ出した。国連安全保障理事会常任理事国であるロシアの拒否権行使で、違法な侵略戦争を止める決議を、たった一本も採択できなかった。

 かえりみれば、近世以降、欧州の知識人は、国家の暴走を止めるための仕組みを模索し続けてきた。

 17世紀フランス聖職者クルーセは、欧州最大の宗教戦争だった三十年戦争のさなか、「世界連邦制」を提唱した。常設の大使会議を持ち、裁定に背く国に武力で臨む構想だった。18世紀には英国の哲学者ベンサムが紛争解決のための裁判所を提議し、ドイツのカントは「諸国家の連合」の必要性を説いた。

 それらの理想を初めて具現化したのが国際連盟だった。侵略戦争を国際犯罪と位置づける成果を残したが、大国の利害が衝突し、創設からわずか26年で挫折する。主唱した米国が参加しなかったことに加え、旧満州支配を非難された日本の脱退や、ソ連の追放で弱体化した。

 現在の国際連合を創設するにあたって、第2次大戦に勝利した米英ソ仏中の5カ国は、大国の脱退によって瓦解(がかい)しないように、「拒否権」という特権を編み出した。

 だが、5カ国はそれを自国の利害を押し通す道具にしてしまった。安保理は大国エゴがぶつかり合う舞台に堕した。

 ■無力感超えた構想を

 戦地ウクライナに身を置くとまざまざと実感される。

 これだけ科学文明が発達し、国境を越えた人の往来や経済のグローバル化が進んだ21世紀の時代にあって、戦争という蛮行を止める策を、人類がなお持ち得ていないことを。一人の強権的な指導者の専横を抑制する有効な枠組みがないことを。

 ささやかな日々の暮らしを破壊し、生身の肉体を焼きつくす殺戮(さつりく)こそが、戦争というものの実相であること。ひとたびその暴風の中に巻き込まれれば、どうやって生きのびるか、いかに勝ち抜くかが至上の目的と化していくこと――。

 一方、欧州の東の地域で起きた戦争が、金融、食料、エネルギーの連鎖構造を通して、世界中の人にも痛みをもたらすことも、学んだ。

 眼前で起きている戦争を一刻も早く止めなければならない。そしてそれと同時に、戦争を未然に防ぐ確かな手立てを今のうちから構想する必要がある。知力を尽くした先人たちにならい、人類の将来を見すえ、英知を結集する年としたい。

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