(社説)「黒い雨」救済 長崎の訴え 受け止めよ
なぜ、長崎で原爆に遭った人たちの訴えを拒むのか。広島に関して救済を命じる新たな司法判断が示され、政府もそれを受け入れたのに、どうして長崎では従来の見解にこだわるのか。疑問と憤りを禁じ得ない。
78年前、きのこ雲の下にいながら、国が指定した被爆地域の外にいたため被爆者健康手帳を交付されていない「被爆体験者」をめぐり、厚生労働省が改めて「救済は困難」とする文書を先月、長崎県に送った。
厚労省が引き合いに出したのが、長崎の被爆体験者が起こし、最高裁で敗訴が確定した裁判だ。被爆地域外で放射性物質を含む「黒い雨」が降ったとの客観的な記録はなく、爆心地から一定の距離を超えた場所にいた人は放射線による健康被害は認められないといった国側の主張が是認された。これを踏まえ、文書は「判決と整合性を欠く施策の実施は困難」とした。
あまりに硬直的で、広島での対応との整合性を欠くと言うほかない。
広島の「黒い雨」をめぐる訴訟では、20年の広島地裁に続き、広島高裁も21年の判決で原告全員への手帳の交付を命じた。特に高裁は疾病の有無にこだわらずに救済する判断を示し、汚染された飲食物などを通じた「内部被曝(ひばく)」による健康被害の可能性も指摘した。
当時の菅政権は最高裁への上告を断念。「同じような事情」にある人の救済を急ぐと表明し、広島では手帳の交付手続きが進んでいる。こうした経緯を政府は忘れてしまったのか。
長崎の被爆体験者は約6千人にのぼる。長崎県と市は昨年、専門家会議の議論を経て報告書を厚労省に提出。長崎でも被爆地域外で雨が降り、灰などの放射性降下物も含めて判断すべきだと訴えていた。厚労省文書の内容に反発するのも当然だ。
被爆体験者に対しては、区域を限ったうえで精神疾患がある人に医療受給者証を出し、費用を助成する仕組みがある。政府は新年度から7種類のがんも対象にする方針を示したが、被爆体験による精神疾患の前提条件は変えないなど、抜本的な救済にはほど遠い。
過去に敗訴した体験者のうち一部の人は、手帳交付の再申請が退けられたことを受け、長崎地裁で裁判を続けている。先月には4人が法廷に立ち、原爆投下後に灰や燃えかすが広範囲に降り、区域外でも健康被害があったと証言した。
体験者ではなく、被爆者と認めてほしい――。政府はこの声に応えるべきだ。裁判を否定するような文書送付をわび、広島と長崎に分断をもたらしかねない姿勢を改めねばならない。
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