(社説)長男秘書官 身びいきが不信招いた
性的少数者や同性婚に対する差別発言で首相秘書官が更迭された。岸田首相は「任命責任を感じている」と述べたが、首相の起用が問われている側近は他にもいる。政務秘書官を務める長男の翔太郎氏だ。
首相の外国訪問に同行した際、パリやロンドンで、大使館の公用車を使い、観光名所めぐりや買い物をしていたと週刊新潮に報道された。衆院の予算委員会では、野党議員から「公私混同」などと批判された。
一国のリーダーを身近で支える、その重責への緊張感の欠如は明らかだ。そもそも、首相の「身びいき」と映る任命自体に厳しい視線が注がれていた。
政府は、対外発信用に外観を撮影しただけで、観光施設の中には入っていない、買い物も首相のお土産の購入が目的だったとして、「不適切な行動はなかった」と説明する。しかし、写真はいまだ使われた形跡がなく、一政治家としてのお土産を求めるのであれば、公用車は使わないという分別もあろう。
首相は全大臣用にポケットマネーでお土産を買ったことを認めたうえで、「政務秘書官の本来業務すなわち公務だ」と反論したが、釈然としない人が少なくないのではないか。
首相秘書官には、更迭された荒井勝喜氏のように、中央省庁から派遣された事務秘書官と、与党との連絡や地元支持者らへの対応など、「政務」と呼ばれる首相の政治活動などを支える政務秘書官がいる。いずれも特別職の国家公務員だ。
今は財務、外務など5省庁出身の事務秘書官6人と、翔太郎氏と元経済産業事務次官の政務秘書官2人がいる。首席秘書官とも呼ばれる政務秘書官は通例1人だが、首相は2人に増やし、政権発足1年を機に前任者を翔太郎氏に交代させた。
福田康夫内閣で長男の達夫氏(現自民党衆院議員)が務めるなど、首相の政務秘書官に身内が就いた例はある。しかし、安倍元首相の「国葬」や世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党の関係などをめぐり、政権運営が厳しさを増していた中で、政治経験の浅い翔太郎氏を起用したことは、将来の「世襲」に向けた布石を優先したとみられても仕方あるまい。
首相は祖父、父も衆院議員で、3代目にあたり、その地盤を翔太郎氏が引き継ぐと目されている。もちろん、世襲候補も有権者に支持されねば当選しないし、政治家としての資質は別問題だろう。ただ、世襲が横行すれば、新しい人材への門戸が狭まり、政治から多様性や活力が奪われる。世襲のための「箔(はく)付け」が先立つようでは、政治家としての見識が問われる。
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