(フォーラム)定年後の女性、生き方は

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 1986年に施行された男女雇用機会均等法の第1世代の女性が、間もなく定年を迎えます。正規雇用で働く55~59歳の女性は約100万人。男性を前提に語られてきた定年が、女性にもかかわってきます。ロールモデルが少ない中、次のステージへの踏み出し方を考えます。

 ■好きなことしてみた 現実は厳しいけど、道は開けるはず

 会社員のフミコさん(58)は、定年後のセカンドキャリアを模索する日々だ。その原点は、お茶くみとコピー取りしかさせてもらえなかった20代にさかのぼる。

 「英語を使った仕事がしたい」と、男女雇用機会均等法が施行された翌年に、就職活動をした。だが、総合職の募集はほとんどなかった。30社ほど受け、ようやく総合商社の子会社に一般職として採用された。

 朝早く出社して、机を拭いて、灰皿を片付け、コピーを取って、「おじさま」方の好みに応じてお茶を入れる。「今では誰も信じないような仕事」を繰り返す毎日だった。

 ところが社内の英語試験でトップの成績を収め、親会社が海外の企業と提携して立ち上げたIT企業に転職することになった。

 新しい職場でも、仕事はお茶くみとコピー取りばかりだった。それでも腐らずにいると、海外の業者との調整役に抜擢(ばってき)された。がむしゃらに働いて結果を出し、27歳で同僚と結婚。すると「子どもを産んだら辞めてくれ」と言われた。

 「ここでは無理だ」と退職し、複数の外資系企業で働きながら2人の子どもを出産した。3度目のリストラに遭ってからは、日本の大手IT企業で働いている。

 課長にも登用されたが、50歳になると、役職定年を言い渡された。その頃から、定年後のセカンドキャリアについて考えるようになった。

 60歳で退職後も望めば嘱託社員として働けるが、給料は半分になる。それならば自分の本当にやりたいことをしようと、全国通訳案内士の資格を取った。週末は副業でガイドとして働き、少しずつ、仕事の比重を移していこうと考えていた。

 だが現実は厳しかった。都内を半日案内しても報酬は5千円。「嘱託でも、会社が一番、私にお金を払ってくれることがわかりました」

 だからといって、自分が本当にやりたいことをセカンドキャリアにするという軸はぶれていない。

 英語講師や日本語教師、ライターなど、いろいろと挑戦するうちに、年金などのセーフティーネットを利用しつつ、「何かがものになればいい」と考えるようになった。

 ふりかえれば子育てに忙しかった40代までは残業ができず、悔しい思いもした。当時は「男だったら」と考えたこともあったが、今は女性でよかったと思う。

 「自分は、お茶くみ、コピー取りの時代の先に、同僚から『ラスボス』と頼られる今があることを知っている。だから、また同じように道が開けるんじゃないか。そういう変な自信がありますね」

 ■様々な選択、つながって知る

 定年後の女性のロールモデルが少ない中、女性のセカンドキャリアについて学びながら、互いにつながろうという動きが生まれている。

 7年前に発足した「定年女子トーク」は、おしゃべりを通じてつながり、よりよく生きることを目指している。約650人が参加するフェイスブックのグループ上で互いに情報発信しているほか、都内のカフェで月1回集まったり、講師を招くフォーラムを開催したりしている。

 「働き続けてきた女性はまだまだマイノリティー。定年後の本も男性を想定しているものばかりで、とにかく女性目線の情報がなかった」と代表の石崎公子さん(63)は話す。

 参加者の多くが「普通」の会社員やフリーランスだが、この世代の平均に比べ、子どもがいない人が多いという。「男性は先輩がたくさんいる上、用意されたポジションで成功体験を重ねてきた人が多いと感じます。一方で、女性はさまざまな選択を迫られてきた人ばかり。だからこそ、多様なロールモデルの話を知ることが大切だと思います」

 「Next Story」は4年前から、女性のセカンドキャリア研修を手がけている。代表取締役の西村美奈子さん(63)は、富士通でエンジニアとして働いてきたが、定年を前に退職して起業した。

 研修は3日間の日程で、年2回、開催している。キャリアコンサルタントや大学教員らを講師に、定年後の現実や経済的基盤、キャリアの棚卸し、具体的な行動への移し方など「今から準備すべきこと」を学ぶ。参加費は5万円、定員30人で、次回は5~6月に開催される予定だ。

 西村さんによると、受講者は50歳前後が多く、修了後に参加するコミュニティーを通じてヨコのつながりができるという。

 「研修ではまず、セカンドキャリアで何を手に入れたいのかを考えて欲しいと伝えます。頭でっかちになるのではなく、まずは色々と動くことから始めてほしいと思います」

 ■年齢理由の離脱、やるせなさ男性以上 東京家政学院大学特別招聘教授・野村浩子さん

 男女雇用機会均等法は、日本で初めて採用や昇進において性差別が禁じられた法律だ。この世代の女性が大量に定年を迎えるとは、どういうことなのか。野村浩子・東京家政学院大学特別招聘(しょうへい)教授に聞いた。

     ◇

 均等法第1世代といっても、「男性並みに働いて、会社で生き残り、管理職にもなった」という人はほんの一握りです。ボリュームゾーンは、コツコツと仕事を続け、「気づいたら定年を迎えていた」という女性ではないでしょうか。

 ただ、こういう女性は社会から見えにくいものです。著書「定年が見えてきた女性たちへ」を書く際に、多くの女性に話を聞かせて欲しいと依頼したのですが、「いやいや、私なんか」となかなか受けていただけませんでした。実際にお話を伺ってみると、地道に自分の居場所を作りながら働いてきた方ばかりでした。

 男性もそうですが、とくに管理職でない場合、50歳前後から何となく会社に居づらくなるものです。加えて、更年期障害など心身の不調も重なる。「定年後」を考え始める女性たちは、まさに胸突き八丁です。

 とくに均等法世代は、仕事を続けるために諦めてきたものが大きかったのではないでしょうか。

 たとえばキャリアを追求してきた女性は、同年代の男性に比べて、子どもがいる率はぐーんと低くなる。男性以上に、年齢を理由に一線から外れることへのやるせなさを心に収めづらいのではないかと思います。

 参考にできる先輩が少ないという問題もあります。男性の場合、役員までいってリタイアする人もいれば、ラインから外れてもうまく生き抜く人もいます。意外と女性には、植木等のスーダラ節に出てくるような気楽なサラリーマン「スーダラ先輩」がいないんです。

 人生上り坂で、みんなで頂上を目指すときはポジティブパワーにあふれたネットワークを作りやすいものです。でも下り坂を支え合うネットワークは、あまりありません。

 男性はタテ方向の力学に敏感ですが、女性はヨコ方向の関係でつながるのが得意です。男性が定年後も「××会社で本部長をしてきました」とあいさつする、というのは本当によくある話なんです。そのあたりのよろいを脱ぐのは、女性の方が上手なのではないかと思います。

 ■社外アピールできず、転職困難 仲間求め、今から地域デビュー

 アンケートは女性からが9割近くを占め、定年後を考え始める40代、50代、そして当事者である60代からの回答が9割以上となりました。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/170/で読むことができます。

 ●男女の格差 男性社員の中には能力を認められて定年後に同業他社へ転職するケースがありますが、女性は事務作業が中心で社外に仕事ぶりをアピールできる場が無いので、そのまま再雇用でとどまる人が多い。キャリアアップの方法が分からない。(愛媛、女性、50代)

 ●起業も考えたが 専門職なのでこのまま定年後もこの職種を望むが、同年齢の女性が少なく働き方に迷う。体調不良も相談しづらい。起業も考えたが、若い時ほど勇気がなく。(東京、女性、50代)

 ●「男性もどき」 わたしのキャリアは、「男性もどき」だったと思う。今は第2の職場で管理職として働いている。65歳までこのまま勤務し、そこで職業生活は卒業したい。(東京、女性、60代)

 ●残された時間 フルタイムで働いていた頃は、仕事へのやりがいもあり充実した人生だと思ったこともありますが、今思うと失ったものも多かった。残された時間を大切に生きたいです。(大阪、女性、60代)

 ●ボランティアする訳 退職後は学び直しとボランティアをしています。利他に見えますが、親族も友人も近くにはいないので、今から地域デビューして、地域の仲間を増やしている自分本位な一面もあります。(北海道、女性、60代)

 ●求人の実態 数年前の転職活動中にミドルシニアに絞った求人を見た時、ほぼ警備員、管理人、清掃の仕事しかなく、どれも経験のない自分は落ち込むしかなかった。定年後まで働くのが当たり前の世の中だというのなら、企業や社会も幅広く受け入れる体制を整えて欲しい。(埼玉、女性、40代)

 ●現役時代こそ やる事と収入のある現役の間にこそ、積極的に色々試しておくべきだったと考える。仕事や子供以外のネットワークが、社会とつながり自分らしく生きる鍵になる。(東京、50代、女性)

 ◇周囲を見渡しても、定年まで勤めた女性の先輩記者はほとんどいない。それに日々の仕事や子育てであっという間に1日が終わり、とても定年後について考える余裕がない。

 つまり、目指したいロールモデルも、相談相手も、情報も、時間も足りない。一方で「定年後の準備は50代から」といった言説はあふれており、焦る気持ちを募らせていた。

 今回の取材を通じて、一足先にセカンドキャリアに踏み出した女性が共通して口にしたのは「小さなことでも、まずは動き始めること」。さまざまな葛藤と闘いながら働いてきた自負があると、「残された時間が限られる中、失敗したくない」と頭でっかちになりがちだ。でも、卵を割らずにオムレツはつくれない。まずは仲間づくりから、始めよう。

     ◇

 女性の定年について、ご意見や体験をkenko@asahi.comメールするまでお寄せください。

 ◇アンケート「曲がり角の自治会町内会」をhttps://www.asahi.com/opinion/forum/で募集しています。

 ◇岡崎明子が担当しました。

 ◇来週26日は「性別欄のこれから」を掲載します。

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