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 【東野真和】《ぼくの頭の中は、いま、半分か少し多いくらい、「七福神」のことです。おはやしは、おかんのおなかの中から聞いていたから、気がついたら覚えていた。

 いろんなところに呼ばれて、毎月のように踊っています。》 

 「七福神」とは、岩手県大槌町の雁舞道(がんまいどう)地区に伝わる郷土芸能。小学生が扮した七福神が順に踊りを披露する。

 大槌小5年の佐々木陽音(はると)君(11)は、大黒様を演じている。

 《津波のあと、初めて踊ったのは6月。避難所の人たちがみんな喜んでくれて、よかったと思いました。》

 しかし、陽音君はつらい状況だった。両親が離婚後、母親のゆかりさんの実家で暮らしていた。津波は、離れて暮らすパチンコ店員の父親も、世話をしてくれていた祖父母も連れ去った。父は7月に見つかった。祖父母はまだ見つからない。

 《おとうは、店に残ったお客さんを避難させにいって、津波にのまれたんだ、って聞きました。

 おじい、おばあには、2日前に地震があったとき、次は来たら逃げてって言っておいたのに。

 みんながいなくなってから、ずっと、感情がないみたいだった。自分でもよくわからない。ただ、お葬式のときは、写真があったので、いっぱい泣いてしまった。泣きながら、お別れの言葉を読みました。

 「じいじとばあばを困らせて、迷惑かけて、怒らせて、ごめんなさい。いつもいつも、笑顔で(学校に)見送ってくれて、ありがとう」》

 震災の年は、各地で秋祭りが中止になった。しかし、町内の小鎚神社では行われ、陽音君は大黒様になった。

 《踊っていると、じいじとばあばが見に来て、笑っているような感じがした。ちょっと、うれしかったです。》

 あの日から、陽音君は母親への思いをいっそう強くしている。

 《津波の時、夜になっておかんが無事だとわかるまで、心配で、避難所で、五千粒、一万粒の涙を流しました。

 親が2人ともいなくなったんだから、自分より、おかんの方がつらいと思う。津波注意報が来て、おかんと離れていると、心配で仕方がありません。》 

 「将来の自分へ」。昨年、学校でそうした題で作文を書いた。 

 《「いま、ぼくは、お母さんが、大好きです。将来のぼくは、お母さんを大好きですか。きらいだったら、ゆるしません」》 

 雁舞道地区は約30軒の家屋が全滅。5人が犠牲になった。一帯は津波の危険地区になり、もう住むことができない。無事だった住民も、ばらばらの仮設住宅などで暮らす。

 でも、七福神の保存会の人たちが集まると、そこは「雁舞道」になる。

 《みんな仲間、家族のようです。お母さんに、大槌を出ようと言われたけど、七福神があっから、みんなといっしょにいる、って反対しました。

 いま一番の願いは、流されてしまった山車をつくり直すことです。雁舞道もなくなったし、やっぱ、七福神のトレードマークだから。》 

 宝船をかたどった山車は、5年前に300万円以上をかけて新調したばかりだった。残された人たちだけでは費用が捻出できない。保存会は今年の秋祭りに間に合わせようと、広く支援を呼びかけている。 

 《ぼくが踊って、七福神を有名にして、支援してもらえるようにしたい。もうすぐ6年生。秋祭りでぼくが七福神を踊れるのも、今年が最後。山車なしで終わりたくない。

 これは意地です。》