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 ナオコさん(会社員・49歳)とマサオさん(53歳)は、セカンドオピニオンを利用したうえで胃がんの手術方法を決めました。次に気になったのは入院や手術にかかる費用です。100万円ほど用意することを覚悟したナオコさんでしたが、一方で治療費を軽減できる方法があれば知りたいとも思いました。こんなとき、誰に相談すればよいのでしょうか。

 手術に向けて術前検査を受けるマサオさんに付き添って、ナオコさんも病院に出向きました。マサオさんがいろいろな検査を受けている時間を利用して、ナオコさんは気になっていた治療費のことを相談しようと考えていました。「とはいえ、どこに行けばいいのかしら」。思案した揚げ句、「治療費のことだから」と会計の窓口に向かいました。

 「あのう、10日後に入院する患者の家族ですが、治療費のことについてお聞きしたいことがありまして……」とナオコさんは切り出しました。「お支払いの手続きに関することでしたらこちらで承りますが、高額療養費などに関することなら医療相談室のメディカルソーシャルワーカー(MSW)が相談をお受けしています」

 (えっ、なんていった? コウガクリョウヨウヒ? それは、我が家に必要な手続きなのかしら……)

 ナオコさんがきょとんとしていると、会計窓口の女性はさらに説明を続けました。「高額療養費制度は医療費の自己負担額がある一定の上限額を超えた場合、その超えた金額を払い戻してくれる制度です。手続きが必要になりますので、詳しいことは医療相談室でお尋ねください」

 「それは誰でも利用できる制度ですか」とナオコさんが尋ねると、「はい。払い戻しされる金額は所得によって異なりますが、どなたでも利用できます」といい、院内案内図で医療相談室の場所を教えてくれました。

 院内案内図をよく見ると、それは、がん看護専門看護師に治療の相談に乗ってもらうために何度も利用したことがある患者サポートセンターと同じ場所にありました。「なんだ、最初から患者サポートセンターに行けばよかったのね……」

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解決策①

 治療費をはじめ経済的な問題で困ったときは、かかっている医療機関の医療ソーシャルワーカーに相談したい。MSWは、医療相談室もしくは患者サポートセンターに配置されていることが多い。また、がん診療連携拠点病院に設置されているがん相談支援センターのMSWに相談する方法もある。この場合は、その病院にかかっていない地域の患者や家族も無料で利用できる。

●国立がん研究センターがん対策情報センター「がん情報サービス/がん相談支援センターを探す」

 http://hospdb.ganjoho.jp/kyotendb.nsf/xpConsultantSearchTop.xsp別ウインドウで開きます 

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 患者サポートセンターに出向くと、今度はMSWが対応してくれました。ナオコさんが治療にかかる費用がどのくらいかかるのか心配していることを伝えると、MSWは資料を見ながら概算してくれました。「胃がんの手術で14日間入院されると仮定して見積もると、治療費の総額は約160万円になります。おたくは3割負担に該当されますので、病院の窓口で支払う金額は約48万円です。このほか食事代が1食あたり260円必要になり、個室を利用する場合には個室代もかかります」

 「そうですか。個室を利用することは決めていませんが、60万円ほど用意しておいたほうが安心ですね」とナオコさんは答えました。これは手痛い出費です。(マサオさんの生命保険の契約はどうなっていたかしら……。ああ、しまった。がん保険に入っておくべきだったかも……)。ナオコさんの頭の中には次々にいろんなことが浮かんできました。

 「胃がんの手術は高額療養費制度の対象になります。加入されている健康保険組合からも連絡があると思いますが、退院後に手続きをしていただくと窓口で支払った費用の一部が払い戻されます」とMSWは会計窓口の女性と同じアドバイスしてくれました。MSWに払い戻される金額を試算してもらうと、約30万円の自己負担金が戻ってくる計算になりました。これを利用しない手はありません。

 さらにMSWは「高額療養費は加入する健康保険組合に申請されてから2~3カ月後に払い戻されると思います。いったん立て替えていただくことが必要になりますが、それは問題ないですか。もしも立て替えることが難しいようでしたら、高額療養費の支給見込み額の8割相当額を貸し付けてくれる高額医療費貸付制度もありますのでご案内しますよ」と親身になってくれました。

 MSWの説明によると、会計窓口での負担を軽減する方法には「限度額適用認定証」という制度があるそうです。これは、限度額適用認定証をあらかじめ医療機関の窓口に提示すれば会計窓口での支払いが自動的に高額療養費の自己負担限度額までにとどめられるというものです。この制度を利用する場合は、事前に加入する健康保険の窓口(医療保険者)で申請し、限度額適用認定証を交付してもらわなければなりません。

 「申請してから交付されるまでには数日から1週間ほどかかるようなので、今回の入院には間に合わないかもしれませんね」とMSWは残念そうにいいました。「でも、この制度は外来治療でも利用できますので、高額な外来化学療法を受けることの多いがん患者さんは限度額適用認定証をもらっておいたほうがいいと思いますよ」とすすめてくれました。

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解決策②

 ほとんどのがん治療は「高額療養費制度」の対象となるため、ぜひ利用したい。立て替え払い制度なので、いったんは自分で支払うことになるが、それが難しければ高額療養費の支給見込み額の8割相当額を貸し付けてくれる「高額医療費貸付制度」もある。また、手術後も高額な外来化学療法を受けることの多いがん患者は、会計窓口での支払いが自動的に高額療養費の自己負担限度額までにとどめられる「限度額適用認定証」の交付も受けておきたい。

●厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」

 http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000075107.pdf別ウインドウで開きます

●厚生労働省「高額な外来診療を受ける皆さまへ」

 http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/gairai_sinryou/dl/120110-01.pdf別ウインドウで開きます

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 (面倒な手続きがまた一つ増えるのね……。医療費の負担を減らすのも楽じゃないわ)。ナオコさんは内心うんざりしました。でも、家族の生活を守るために、ここで弱音を吐くわけにはいきません。ナオコさんはさっそく手続きを行うことにしました。

 そのとき、ナオコさんはあることに気づきました。「あら、さきほど計算していただいた高額療養費の医療費の中には食事代や個室代が含まれていないようですが……」。「ええ、この制度の対象となるのは保険診療で認められている治療費だけで、食事代や個室代は該当しないのです」とMSWから意外な答えが戻ってきました。

 となると、対象外となる費用は、払い戻しされた自己負担金もしくは生命保険の給付金で賄うことになりそうです。「貯金を切り崩すのは何とかまぬがれそうかしら……」。しかし、入院治療には思わぬ出費もあります。入院時の日用品や病衣代、付き添う家族の食事代・交通費、診断書や生命保険会社に提出する証明書の作成代などなど……。一部は医療費控除の対象になりますが、それも1年間に支払った医療費から高額療養費や民間保険からの還付金を差し引いた金額が10万円を超えなければ所得税は控除されませんし、確定申告が必要です。さしあたっては自分で支払わなければなりません。

 さらに、マサオさんは手術後に再発を予防するために術後補助化学療法を受けることになっており、TS-1と呼ばれる経口抗がん剤を1年間服用します。"がんは切ったら終わり"ではなく、手術後も治療は続いていくのです。薬物療法による治療費や通院にかかる交通費なども心づもりしておく必要があります。

 術後補助化学療法にかかる費用を概算してくれていたMSWがナオコさんに申し訳なさそうにこう告げました。「経口抗がん剤の1カ月の薬代は高額療養費制度の自己負担限度額に達しないため、この制度の利用はできないですね……」。MSWによると、会計窓口での支払い(自己負担額)は1カ月に約3万円見積もっておいたほうがよいということでした。

 「うーん、年間にすると36万円になるのか……。貯金を切り崩すことも覚悟しておかないとだめかも」とナオコさんは思いました。そして、高額療養費以外にも利用できる制度を知りたくなりました。

 がん患者が利用できる公的な制度で、生活費をサポートしてくれるものに障害年金制度があります。これは、65歳未満の人が病気やケガで生活や労働に障害をきたしたときに支給されるものです。がんの手術により人工肛門(こうもん)・人工膀胱(ぼうこう)になったとき、喉頭(こうとう)を摘出したとき、人工骨頭・人工関節になったとき、そしてがんによって生活や労働が著しい制限を受けている場合も障害年金を支給される可能性があります。ただし、年金を受給できるのは、医師の診断を受けたときから1年半経っても障害が残っている人になります。

 また、会社員や公務員の場合は、がんの治療で働けない期間は有給休暇や傷病手当金を利用することも考えてみましょう。傷病手当金は、健康保険の被保険者が病気やケガによる休職で十分な報酬を得られないときに標準報酬日額の3分の2を最大1年6カ月支給されるという制度です。

 「住宅ローンをお支払いされているようでしたら、住宅ローンの団体信用生命保険の契約内容をご確認ください」とMSWがアドバイスしてくれました。「住宅ローン? がんの治療と関係があるのですか……」とナオコさんはいぶかしげに尋ねました。「住宅ローンの団体信用生命保険に三大疾病保障特約がついていれば、がんと診断された時点でローンの支払いがなくなります。ただし、早期がんの一種である上皮内がんは対象となりません」。その話を聞いて、ナオコさんは「住宅ローンの支払いがなくなれば家計はずいぶん楽になるし、その分の費用を治療費に回せるから助かる」と思いました。

 がん治療の中でも近年、薬物療法がめざましく進歩しています。それに伴い、長生きする人も増えてきました。半面、治療は長期化し、その費用は高額化しています。「最初に思っていたよりもがんの治療にはかなりのお金がかかりそうだわ……」とナオコさんもうすうす気づいたようでした。がんの治療中、あるいは経過観察中に経済的な問題で困ったら、早めに身近にいるMSWに相談し、いろいろな制度を賢く利用しましょう。経済的な問題を相談するのは決して恥ずかしいことではありません。

 また、治療と仕事との両立で困ったことがあれば、都道府県の社会保険労務士会に相談してみるのも一つの方法です。ここでは、障害年金をはじめ各種年金のアドバイスも受けられます。

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解決策③

 治療費の負担を軽減してくれる制度のほかに、生活費をサポートしてくれる制度(障害年金、傷病手当金、生命保険三大疾病保障特約など)もいろいろある。経済的な問題で困ったことがあれば何でも身近にいるMSWに早めに相談し、制度を賢く利用したい。治療と仕事の両立で困ったことがあれば社会保険労務士会に相談してみるのも一つの方法だ。

●全国社会保険労務士会連合会「社労士リスト」

 http://www.shakaihokenroumushi.jp/organization/tabid/238/Default.aspx別ウインドウで開きます

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 治療費の心配も少し解消されて、いよいよマサオさんの胃がん治療が始まります。この先、ナオコさんとマサオさんには、どのようなことが待ち受けているのでしょう。このお話しの続きは来年に持ち越します。みなさん、どうぞよいクリスマスとお正月をお迎えください。

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アピタル編集部より

 この連載は、架空の家族を設定し、身近に起こりうる医療や介護にまつわる悩みの対処法を、家族の視点を重視したストーリー風の記事にすることで、制度を読みやすく紹介したものです。

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http://www.asahi.com/apital/healthguide/tamatebako/(アピタル・渡辺千鶴)

アピタル・渡辺千鶴

アピタル・渡辺千鶴(わたなべ・ちづる) 医療ライター

愛媛県生まれ。京都女子大学卒業。医療系出版社を経て、1996年よりフリーランス。共著に『日本全国病院<実力度>ランキング』(宝島社)、『がん―命を託せる名医』(世界文化社刊)などがある。東京大学医療政策人材養成講座1期生。現在、総合女性誌『家庭画報』の医学ページで「がん医療を支える人々」を連載中。