震災5年 被災地からのメッセージ(1)《スマホで視聴の方はここをクリックして下さい》
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 「何歳になってもワクワクできる居場所。みんなで作り上げていく自分たちの居場所。おらほの家は、僕たちスタッフの居場所ではなくて、住民の意思が大事なんです」(おらほの家の野津裕二郎さん、2014年6月19日取材)

 2011年3月11日に起きた東日本大震災から5年。震災・原発事故にかかわる報道が減る中で、医療や介護、保健の現場はどうなっているのでしょうか。もしかしたら、私たちは起きている出来事を知らないだけなのかもしれません。アピタル編集部では、3県で今も医療・介護・健康にかかわる仕事に従事している方たちに、全国の人に向けたリレーメッセージをお願いしました。震災5年の初回は、宮城県石巻市の牡鹿半島で高齢者のコミュニティーサロン「おらほの家」を運営する野津裕二郎さんです。インタビュー動画では、牡鹿地区の住民による互助組織「寄らいん牡鹿」代表の石森政彦さんと牡鹿の課題と未来を語り合ってもらっています。

宮城県石巻市牡鹿地区・おらほの家 野津裕二郎さんからのメッセージ

 「これからの5年間が本当に大事になるね」。震災から5年。石巻の現場でこのようなことが話されていました。

 次なるステージは、被災地という概念から脱出し、全国津々浦々の市町村やへき地・離島と同じ土俵にあがります。全国で取組みが行われている地域包括ケアシステムの流れは、被災地であろうとなかろうと、地域の支え合い力、助け合い力が試され、その地域力を市町村ががっちりつかむことが出来ない地域は、人が去っていくことになるのではないでしょうか。

 私が、住みながら活動している地域(牡鹿半島)は、震災前4000人以上の人口だったのが、震災後、様々な理由で3000人を割りました。住んでいる浜は子供が1人もいません。半島部の高齢化率は、40%をゆうに超えております。震災後、石巻市内では介護保険事業所が50カ所ほど増えましたが、半島部では一つも増えてはおりません。制度や経営を考えるとどうしても不利な条件であることは間違いがありません。

 この事実を受け止め、去っていく人もいます。震災後何人もの高齢な方が半島から去っていくのを残された皆はただただ見送ることしか出来ませんでした。そして、自分たちもそのうち住めなくなるのか……と心のどこかにその覚悟を育てていっているように感じます。

 しかし、この5年間で前向きな覚悟を皆で育ててきたとも感じています。地元の70代、80代のいわゆる高齢者と言われる世代の方々が自分たちでどうにかしないと地域にいられなくなると考え、互助組織が立ち上がりました。観光業や、漁業など一次産業といった他分野の方々が、地域の輝く存在をプロデュース出来るのではないか?と模索しております。牡鹿半島では様々な繋がりが生まれ、具体的行動が小さく、しかし確実に進み始めています。この進み始めていることが今までの5年間を物語っていると感じています。  

 震源地から一番近い半島だけれども、すごい熱くて肝がすわっている本気で地域を変えるじぃちゃんばぁちゃん、家族で県外から引っ越してきちゃう若者世代。分野を越えて危機感と将来的な想いの部分で共通認識が育まれてきているこの地域は、端から見たら数年後消滅するただの一つの地域と写るかもしれません。しかし、そんな地域で活動している私たちは課題が山積みなのに、笑顔で居ることが出来ます。それは、5年前から大きな悲しみを背負い、またその悲しみの中に飛び込んできた私たちだからこそ、そこで人の心に触れ、自然の暖かさにも触れ、地域の愛に改めて触れているからかもしれません。

 被災による影響ではありますが、この5年間でここまで自然と向き合い、人と向き合い、自分たちの現状に向き合った地域はそんなにないのではないでしょうか。向き合ったのちにどのような行動を起こすか。その問いに対して、各々がどのような覚悟で向き合っていくのか。その覚悟の深さが5年後の将来を作るのだと感じています。

 この牡鹿半島での1人1人の覚悟は、全国の皆様が注目する地域に発展していくと思っています。(寄稿)

略歴

 「おらほの家」コーディネーター兼リハビリ担当、作業療法士。湘南の回復期病院で作業療法士として働いていたとき、東日本大震災が発生。2011年5月、医療系団体の短期ボランティアスタッフとして石巻で活動を行う。9月から、病院を辞め、キャンナス東北スタッフとして、石巻で支援活動を開始。現在はリハビリ職という専門性を活かし、誰しもが生きやすい社会を目指して牡鹿半島で活動中。2015年に結婚し妻と牡鹿半島に住み生きていく覚悟を決める。

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<アピタル:東日本大震災・被災地からのメッセージ>

http://www.asahi.com/apital/special/shinsai/(岩崎賢一)

岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき・けんいち) 朝日新聞記者

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで、医療を中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集、連載「患者を生きる」担当を経て、現在はオピニオン編集部。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』、『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)