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 「僕自身、現地で感情的になることも何度かあった。避難所近くのがれきの上を子どもたちが泣きわめきもせず歩いていくのを見たとき、胸が痛くなった。災害はひとごとではない。皆で長期的な支援をしてほしい」(山梨市立牧丘病院の古屋聡院長、2011年3月23日付「劣悪な避難環境 人手不足も深刻」)

 自治医大出身で、山梨県内で医療活動を続ける古屋聡医師は、震災直後、被災地に飛び込みました。今も、宮城県気仙沼市の災害復興住宅で健康相談を行うほか、気仙沼で医療・介護に携わる人たちへの口腔(こうくう)ケア・食支援活動に取り組んでいます。 

写真・図版

宮城県気仙沼市 山梨市立牧丘病院院長 古屋聡さんからのメッセージ

 気仙沼では1年前からようやく災害公営住宅への入居がはじまりました。

 震災から4年間で、徐々に住民向けのイベントや支援が減り、自治会活動も後退していった仮設住宅では、当然この1年間でより多くの人々が抜けていき、「空き」が感じられるようになりました。

 「仮設」からようやく「終(つい)のすみか」へ。もっともっと早くに実現されるべきだと言われてきたこの動きですが、「人々の健康」は安定に向かっているでしょうか?

 答えは「わからない」です。

 筆者は5年前から気仙沼に関わり、避難所および在宅被災の現場→仮設住宅→復興住宅に通い、人々に会ってきました。

 多くの方々から、健康上の不安や生活の心配やら様々なお話をうかがってきました。特に、長期にわたった仮設住宅での生活のなかでご相談にのってきた方々は、徐々に「いなくなって」います。

 果たして、彼らの「困りごと」もなくなっていっているのでしょうか?

 住まい自体が災害公営住宅となり、新たなコミュニティー、新たな自治会に属することになった方々もいます。いわゆる自力再建で、従来のコミュニティー、従来の自治会のなかに住まわれることになった方々もいます。

 災害公営住宅においては、高齢者相談室の生活援助員の方(LSA)の活動はあるものの、「保健医療職」が彼らの「言葉」を聞く機会は、ほぼ「平時の体制」になろうとしています。

 住民の声は届きやすくなっているでしょうか?

 繰り返し訴えてきた「言葉」は、「相談する先がわからない」「そこに行く足もない」「代行してくれる家族も近くにいない」です。直接解決されるか、解決方法が示されるか、解決への道筋が案内されるか。いずれかが示されないと、やがて出す声が小さくなっていったり、黙り込んだりしてしまい、やがてその問題は検知できなくなっていきます。

 「平時の体制」では当然、内部のリソースによる自己完結的なものが求められ、外部からの不安定な関わりは、むしろ内部に悪影響をもたらすものとして、災害時・災害後の急性期においてもすでに戒められています。

 いっぽうで「平時の体制」をつかさどる行政は、もともとの保健医療職の人手不足のうえに、積極的に事業を打ち出せる予算が確保しにくくなっていることや、そのための事務作業が大きな負担になることもあり、新たな健康施策は打ち出しにくくなっています。

 本格的「地域包括ケア」時代が到来し、「健康弱者」「災害弱者」=「要援護者」対策がもっとも大切になっています。健康にもっとも影響を及ぼすのは「人との関わり」であるという調査結果も明らかになっています。行政では「地域包括ケア」という文言への体制づくりに力をとられ、「要援護者」の大きな群に対し、具体的にアプローチする力を持ち得ないでいるように見えます。

 別の用途に支出されようとしていたり、あるいはまったく使い切れずに残ったりしている復興予算のうちのわずかな部分でも、被災地の自治体の住民支援に費やすことはできないのでしょうか?

 復興予算に関わるやりとりでも、原発をめぐる問題でも、東京オリンピックでも、「都市が被災地域にたかっている」「金持ちが貧乏人にたかっている」「強者が弱者にたかっている」図式に思えて腹立たしくなります。

 個人としては、細々とでも、気仙沼のコミュニティーに関わり続け、そこに住むかたがたの直接の言葉を、これからも聞き続けたい、と思っています。

■■震災医療の従事歴■■■

【2011年3月16日】

 現地入り。自治医大同窓会チームの先遣隊として約1週間活動し、岩手県南部・宮城県北部での活動の基礎を作る。

【2011年4月~9月】

 月に2回、数日間ずつ気仙沼に赴き、気仙沼巡回療養支援隊のメンバーとして活動。同時に「気仙沼口腔ケア・摂食嚥下・コミュニケーションサポート」のコーディネートを行う。

【2011年10月~2013年3月】

 月に2回、数日間ずつ気仙沼に赴き、気仙沼市立本吉病院の外来サポートと続けて「気仙沼口腔ケア・摂食嚥下・コミュニケーションサポート」のコーディネートを行う。さらに2012年4月からは気仙沼市内の仮設住宅を訪問し、ボランティア訪問診療や健康相談などを行う。

【2013年4月~】

 月に1~2回、数日間ずつ気仙沼周辺に赴き、本吉病院だけでなく、周囲の病院・診療所などの外来サポートを行うとともに、仮設住宅訪問を継続する。また新しく立ち上げた勉強会「気仙沼・南三陸「食べる」取り組み研究会」の活動をコーディネートする。

【2015年3月~】

 ようやく入居がはじまった気仙沼市内の災害公営住宅において、数ヶ月に一度「健康相談」を実施する。支援の主体は、保健医療職のボランティア団体「ふるふるサポート気仙沼」。現在も継続中。

<アピタル:東日本大震災・被災地からのメッセージ>

http://www.asahi.com/apital/special/shinsai/(岩崎賢一)

岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき・けんいち) 朝日新聞記者

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで、医療を中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集、連載「患者を生きる」担当を経て、現在はオピニオン編集部。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』、『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)