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 がんと診断されても、治療と仕事を両立していく時代になってきました。病気の進行状況による違いはあるものの、医療の進歩で「がんとともに生きる」ことが可能になってきていることを背景に、自身のキャリアを維持しようという人が増えています。子育て世代などにとっては、家計の維持や治療費の確保といった現実的な課題もあります。そこで、「がんと就労」にかかわる識者にインタビューしました。1回目は、国のがん対策推進協議会委員の若尾直子さん(61)です。乳がんの治療経験のある若尾さんは、山梨県内でピアサポートを行うなど患者の相談にも乗ってきました。薬剤師としての勤務経験も踏まえ、がん治療をしながら働く難しさと課題について語ってくれました。アピタル編集部では、がんと就労にかかわる読者のみなさんの経験談を募集しています(文末参照)。

 

質問■

 患者は、仕事をするうえでどのような悩みを抱えているのでしょうか。

若尾直子さん■

 例えば、頭の中では抗がん剤治療のクールに合わせて会社の有給休暇をとったり、早引けしたりすればなんとかいけると考えていても、会社の上司から「他の人の迷惑になるんだよね」と言われると、患者は「それは労働基準法に違反している」と切り返して仕事を続けていくことは、まず不可能。

 山梨県は中小企業が多いので、5人しかいない従業員のうちの1人だと、働く方も時間短縮や有給休暇、突欠(とっけつ、突発欠務の略)することができにくくなる。これ、事実だから。それも企業が悪いわけではなく、どうにもできないこと。予備の人を雇うことが可能な公務員や大企業のようなことできるわけないから。

 私が理事長をしているNPO法人がんフォーラム山梨(※1)でも、がんと就労のことは少し前から考えているの。

 今、ハローワークと企業と病院をつなぐことをしているところがあるけど、それだとうまくいかないと思っている。例えば、ハローワークの職員が病院に入って患者の病歴を医者から正確に聞いたとして、「午前11時から午後1時まで働くことが十分可能です」と書類に書かれたら、採用する企業側からするとそれがマイナス要因になることが十分考えられる。「こんだけしか働けないのか」「治療中だから何が起こるか分からない」として、逆にそれが烙印(らくいん)になることが十分考えられる。がんであることを明確に伝えることだから。

 私たちは、地元の派遣会社と連携して、がんに限らず、もしかしたら突欠をするかもしれない、もしかしたら定期的に特定の曜日に休みをとるかもしれないような状況を併せ持つ人を登録して、その人たちが遠慮せず、突欠や短時間労働ができ、調子が良くなればもう少し働く時間を増やせるような仕組みが出来ないか考えているの。

 企業は、どうしてもその人でなければだめだというなら、その人を雇うし、その人でなくてもよければワークシェアリングができる。そういうことを取り組もうとしていたら、こんなになっちゃったの(※2)。

※1)NPO法人がんフォーラム山梨 http://www7b.biglobe.ne.jp/~gf-yamanashi/別ウインドウで開きます

※2)若尾さんは2月下旬、末梢性T細胞リンパ腫と診断され、インタビュー時は抗がん剤治療中です。その後、リンパ芽球性リンパ腫と診断されました。

 

質問■

 若尾さんは、薬剤師として勤務されていた時、乳がんを発症し、自ら治療と仕事の両立を経験されていますね。

若尾さん■

 私は、職場に隠していた。

 2001年、ドラッグストアに薬剤師として勤務していた。子どもの教育費もかかるし、人生設計も狂うし、仕事を続けることが当然だったから、「がんの治療をするなら、少し仕事量減らしましょうか。フルタイムの勤務を半日にしたら」と言われるのが恐ろしくて、職場で言えなかった。

 

質問■

 40代、50代の働き盛りの世代は特に、住宅ローンや子どもの教育費などを抱え、それまでの仕事を維持したいと考える人は多いですね。

若尾さん■

 何事もなかったように。

 

質問■

 手術のときはどうしたのですか。

若尾さん■

 有給休暇で入院した。有給で足りない部分の休暇は、傷病者手当てがでるので、そういう手続きで言わなくてはいけない時に、それにかかわる人には言った。管理職には言わず、総務に言った。

 

質問■

 日々仕事を一緒にしている人や上司には言いましたか。

若尾さん■

 私が休む分の仕事を直接変わってもらう薬剤師など数人の仲間には言った。会社には堂々とは言えなかった。総務へは、後から医師の診断書を持って傷病手当のための申請書を出した。

 私は抗がん剤による化学療法がなかった。ホルモン陽性だったので、ホルモン剤を10年間飲もうと思って服用していた。

 

質問■

 仕事に復帰すると言っても、簡単ではないですよね。立ち仕事があったり、薬の副作用でメンタルな影響があったり、ホルモン療法では更年期の症状がでたりとか、目に見えない部分で仕事との両立に苦労されることがありますね。

若尾さん■

 意地だよね。「(つらくても)言わない」って決めたんだから。そのころは、自分がカミングアウトできないから当然。入院する直前に親に言ったぐらいで、私の口から親戚にも言わなかった。2004年に「山梨まんまくらぶ」(※3)をつくるまでの3年間言えなかった。

※3)山梨まんまくらぶ http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamanashi-mamma/別ウインドウで開きます

 

質問■

 今は、男性も女性もともに働くことが前提の社会になってきています。例えば、正社員と、派遣社員やアルバイトでは、対処の仕方は違うのでしょうか。

若尾さん■

 もう完全に違いますね。非正規社員と正社員を一緒にして、がんと就労の対策を考えることはちょっと違う。社会では非正規社員の方が多く、特に女性労働者は多い。男性は60~65歳の退職年齢で右肩上がりの急カーブになるけど、女性は35歳から60歳ぐらいまでが乳がんや子宮頸がんの罹患がピークになる。正社員は簡単に首にできないし、戻れるようにしようという企業はある。でも今は、経営のために正社員を減らして非正規社員を増やしている社会。非正規社員の代わりはいくらでもいる。そういう時代なので、報奨金でも出さない限りあえて治療中の非正規社員は使わないよ。特にしわ寄せが来るのが、一番女盛り、働き盛りの女性の患者だと思う。

 

質問■

 医療の進歩で、治療をしながら生活している人たちが30万人以上います。一方で、高額療養費制度が変わり、収入によって自己負担の上限額が上がっていきます。

若尾さん■

 高額療養費制度もあまり役に立たない。(国には)制度があるからと偉そうに言って欲しくない。

 

質問■

 継続的に服用する薬の値段や検査費用はばかになりません。民間の医療保険ではカバーできないこともあります。

若尾さん■

 そういう中で、働き盛りの女の人への対策に本腰を入れていかないと、どんなに医学が進歩しても、どんなに「治療と社会生活の両立が可能だ」といっても、それはかけ声だけだよね。育児支援と同じかもしれない。

 がんと就労の問題は、もしかしたらスティグマ(※4)を解消すれば解決できるかもしれないと私は思っている。がんという言葉の響きは切なくて、つらくて、悪魔のささやきのように聞こえる。誰が悪いわけでもなく、それは病気であるのに、スティグマが存在するよね。社会にも企業にも本人にも。

 自分はこういう生活習慣をしていたから、がんになったと自分を責めたりする。自分への後悔。それは誰のせいでもなく、遺伝子のせいだと、企業も含めた社会全体が分かれば、病気の一つとして社会性を保ちながら治療をすることが当たり前な社会になっていくと思う。もちろん、明日の生活のために制度を作ってあげたいとか、ハローワークと病院と企業が連携する仕組みづくりという小手先の小ゴールに向かうことも大切だし、私がやっているように地元の派遣会社と組んで、がん患者だけでなく、他の疾患の患者や子育て中の人も一緒に登録して、「腰掛けでもいいんだよという企業」と「腰掛けでも働きたい」という人のマッチングの仕組みができれば、がんの治療中でも働けるし、社会性を保てるケースが広がっていくと思う。

※4)負の烙印(らくいん)

 

質問■

 そのためには、企業が変わらなくてはいけないところと、患者が変わらなくちゃいけないことがあると思います。

若尾さん■

 企業が変わらなくちゃ行けないというのは、一番目のことじゃないね。だって企業は慈善事業じゃないから。企業の社会的責任もあるけど、収益のためにやっているんだから。企業が変わるとしたら、啓発に関して。定期健診に乳がん検診や子宮頸がんの検診を入れている企業はよっぽど大きいところしかない。一般的な企業だと最低限の項目しかない。「がん年齢になったら地域の検診へ」といった啓発もしていないところもある。

 患者にいろんなことをやりなさい、がまんしなさいというのは酷。患者は社会の変化についていけばいいと思う。

 スティグマがあって職場ではがん治療をしていることを言えないけど、働いていかないと家計が困るという人には、自分から素直に仲間に言おうと言っている。私はできなかったけどね。

 「実は地域の検診で乳がんが見つかりました。なかなか言えなくて沈んでいるとき、会社のみんなが冷たくしているようですごくつらかった。これから手術をします。その先、治療も続きます。だけど私は働きたいので、助けてくれますか。応援してくれますか」と言えるような勇気かな、自己主張かな、意地かな。分からないけどそういう努力はした方がいい。

 私は自分のことを隠して仕事していた。乳房の同時再建をしたから、皮膚が伸びきらずに腰が曲がったまま仕事をしていた。高い場所にある物に手が届かないから、踏み台を持ってきて薬を取っていた。もし仲間に言っていたら、周囲に「あれ取ってくれる?」と頼んだりしてもっとリラックスして仕事ができたと思う。社会は思ったより冷たくないかもしれない。

 

質問■

 不利益を被るかもしれないから言えないけど、仲間には言った方がいいという理由は。

若尾さん■

 時代が変わっている。がん対策基本法ができて10年。がんが取り上げられることがすごく増えてきたし、「がんと就労」や「がんとともに」と言われているので、企業も正面きって従業員に不利益を与えることができにくい環境になってきていると思う。しかも、ある一定の人材としての資産価値、企業にとっての戦力と思ってくれる企業もあるのではないかな。そうやって変わっていくのが社会。

 非正規社員の扱い方も単なるアルバイトではなく、正社員に近い非正規社員が多くなっていると思う。企業は人件費削減のために非正規社員を使っているけど、非正規社員も重要な戦力となってきている。社会は確実に変わっている。でも変われない企業もあるので、こういう「がんと就労」の問題がクローズアップされないといけない。今はターニングポイントにあると思う。

 

質問■

 冒頭に若尾さんが言われたように、職場が中小企業だったり、経営が思わしくない企業だったりした場合は、どうにもならないのでしょうか。

若尾さん■

 従業員が数人しかいないところはどうにもならない。がんフォーラム山梨で人材派遣会社と登録制の仕組みづくりをすすめているのはそういう意味。

 

質問■

 今でも仕事を辞めてしまう人、辞めざるを得ない人がいます。

若尾さん■

 追い込まれる人は今でもいる。それはすごく問題だと思う。家族の介護で休暇をとろうとしても、肩たたきされることがある。たまたま運の悪い上司に当たってしまうとね。それは、法的手段をとるしかないと思う。そういう人がいて相談支援が必要なら、専門家、例えば労働基準局とか弁護士とかを交えた相談になると思う。そこまでいくと、がん拠点病院の相談支援センターでは対応が無理だと思う。

 

質問■

 社会も変わってきているので、仕事は辞めない方がいいのか。

若尾さん■

 まずは辞めない。そして困ったら相談する。相談先は本人が思っているよりたくさんある。例えば、がん拠点病院の相談支援センターにまずは問い合わせるとか、ピアサポート、看護師、ソーシャルワーカー。自分にとってハードルが低いところでいい。

しかし、友だちや昔がんを患った人とか、知識のない第三者ではだめ。かえって混乱するから。時代に合った受け答えをしてくれる人。相談先を間違えてはいけない。住んでいる地域の具体的な相談先の一覧があったらいいね。

 

若尾直子さんプロフィール

1954年生まれ、甲府市在住。

2001年、乳がんが見つかる。04年、山梨まんまくらぶを設立し、代表に。その後、NPO法人がんフォーラム山梨の活動も開始。山梨県がん対策推進協議会委員や国のがん対策推進協議会委員を務める。15年、薬剤師として勤務していたドラッグストアを退職。16年、リンパ芽球性リンパ腫。

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岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき・けんいち) 朝日新聞記者

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで、医療を中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集、連載「患者を生きる」担当を経て、現在はオピニオン編集部。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』、『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)