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 シンガポールで在宅医療を初めて半年以上が経過しました。武藤真祐さんはシンガポールの保健省(MOH)や看護師向けにも講演をしています。シンガポールの人たちは、武藤さんの取り組みのどこに関心があり、何を知りたいと考えているのでしょうか。

 シンガポールからすると、日本にこれだけ多くの高齢者がいる中で、どうやって十分なヘルスケアサービスを提供しているかを知りたいと思っています。しかし基本的には、シンガポールの医療モデルは日本式ではありません。旧イギリス領だったことからも、イギリスとオーストラリアがモデルです。例えば、シンガポールの医師免許はイギリスの医師免許試験を合格することで取得できます。アメリカの医師免許試験ではないのです。イギリスのように「なるべく国が手厚くみていこう」という、ウェルフェア(福祉的)な概念が根底にあります。一方で、メディカルツーリズムを国家の政策として進めてくるなど産業としても医療をとらえているのが面白いところです。

 さて話を戻しますと、シンガポール政府は当然ながら「日本は長寿を実現する国の制度がある」と知っているので、その内容を参考にできないかと考えています。つまり、高齢化対策に関しては日本もモデルにしようとしているのです。「日本は特有」という意見もありますが、よく見ますと、医師、看護師、リハビリテーションのスタッフ、ソーシャルワーカーなどが患者宅に行くシステムもあり、コミュニティーケアは似た面があります。ただし、訪問の主体はVWO (Voluntary Welfare Organizations)という非営利の福祉系団体が行っているので質・量は地域によって差がありますし、今後増えてくる在宅医療のニーズを満たせるかは分かりません。

 私も、日本の地域包括ケアはコミュニティーケアとして世界に誇れる包括的なモデルだと考えています。病院、在宅医、訪問看護師、ケアマネジャー、訪問薬剤師、施設などが連携してケアを提供し「Aging in Place 」(住み慣れた地域で年齢を重ね、最期まで暮らし続ける)の実現を目指す、日本らしいきめ細かいモデルはやはり素晴らしいのです。そして、それを財政的に実現させているのは世界に冠たる国民皆保険制度です。

 しかし、シンガポールから学べることも多いのです。特にITの活用は注目に値します。公的な病院ではすでに情報共有ができるようになっています。国中のどこの公立病院にかかっても他の病院にあるカルテ、画像が閲覧できます。また、病院を出て在宅でのデータも共有できるように、全国共通ケアマネジメントシステムもこれから実装されていきます。つまり、この点に関しては日本よりはるかに進んでいます。残念ながら日本でこれを実現しようとすると相当の政治力と資金がないとできないのが現状だと思います。

 つまり、日本は高齢社会対策に実績があるから世界の見本にそのままなれるわけではありません。国ごとに社会背景も医療制度も疾患状況も異なります。私が日本式在宅医療を世界に輸出したい、と考える時にもっとも必要なことは結局、問題解決能力だと考えています。日本での経験がある者としてシンガポールの現場をみて、ゼロベースで考え、問題の定義を行い、問題解決をしていくというステップを日々行っていくのです。単に医療機器を輸出するのではありませんし、医療制度を医療の未開な地に持っていくことでももちろんありません。日本とシンガポールが融合する「新しい社会イノベーション」をつくりだすことが必要とされているのです。

 昨年秋の時点と変わってきたこともあります。やはり実践から学びますからね。4月に成立すると思っていたプロジェクトが延期になり、当初思っていたほど甘くはないということは分かりました。だからこそ、問題解決、リーダーシップ、強いチームをつくる、という私がこれまでやってきたことが本当に生きていると感じます。

 我々がやろうとしていることは、日本がもつ「質の高い在宅医療」という概念がまだまだ未発達なシンガポールにおいて、まずその認知を広めるということです。VWOが展開している在宅医療は個人負担が非常に少なく、質ももちろん悪いわけではない。しかし日本が考える在宅医療のレベルにはまだ達していない。このような状況のなかで物事を進めていくにはやはりマネジメント能力、リーダーシップ、そして何より大事なのは気概、つまりパッションです。

<アピタル:医療の実践型リーダーシップ・海外の視点>

http://www.asahi.com/apital/column/innovator/(アピタル・武藤真祐)

アピタル・武藤真祐

アピタル・武藤真祐(むとう・しんすけ) 医療法人社団鉄祐会祐ホームクリニック理事長

2002年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。三井記念病院などにて循環器内科、救急医療に従事後、宮内庁で侍医を務める。その後マッキンゼーを経て、2010年医療法人社団鉄祐会を設立。2015年、シンガポールで「Tetsuyu Home Care」を設立し、同年8月よりサービス開始した。現在、東京医科歯科大学医学部臨床教授、厚生労働省情報政策参与も務める。INSEAD Executive MBA。