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 乳児健診の最後にいつも親御さんに、オープンクエスチョンをしています。「今、お子さんのことで聞いておきたいことや心配なことはありますか?」

 すると「介護の仕事の夜勤明けなので、今日、一睡もしていません」。そう語りはじめたこのお父さんは、たいへんご苦労をされているイクメンでした。公立保育園にお子さんを入れることが認められず、職場の保育室に預けて働いていました。夜勤の日、夜間に子ども達は眠れるものの本人はもちろん夜を徹して働き、連れて帰ると子どもの世話と家事があるので、自分は眠いのに眠れないのです。

 お母さんも同じ仕事だけれど、保育室のない職場で、入れ替わるように出勤するのだといいます。疲労困憊しながらも淡々とした口調で、「自分がうっかり眠ってしまった時に、子どもたちが危険なことをしないかが心配です」と語るお父さんから、真剣に子育てしている姿が伝わってきました。

 

 ふた昔くらい前、私が研修医だった頃には、育児はお手伝い程度という父親がとても多かったのです。お子さんを外来に連れてきて症状はなんとか言えても、体重は知らない。普段どういうものを食べていて、それが今どのくらいしか食べられていないかも、言えませんでした。

 その頃の私自身のエピソードがあります。16年前の当時、赤ちゃんだった長女を連れて夫の実家に車で行った際、義母が私に「○○(夫の名前)が抱っこしていると、周りになんと言われるかわからないから、あなたが抱っこして家に入るといいわ」と言ったのです。義母は、私が悪い嫁だという評判が立たないように教えてくれたのですが、父親が子どもを抱っこしただけでそういうことを言われかねないのが衝撃でした。

 

 最近はイクメン、増えていますよね。お父さんが子どもを連れて小児科に来ることは普通のこと。土曜日の待合室はお父さんがいっぱいです。お子さんの症状だけでなく、普段の様子もとてもよくご存じです。私が通勤の時に見かける保育園では、半分くらいお父さんが連れています。

 育児に参加できないお父さんが、「なぜ自分は長時間労働をしてほとんど子どもと遊べないんだと」嘆くブログを読んだことがあります。もっともです。子どもは生まれてしばらくの間、ものすごく成長します。大変ではあるけれど、その大切な時期を一緒に過ごしたい、手助けしたりともに乗り越えたりしたいというのはお父さんもお母さんも同じです。

 

 このように現状は変わりつつあるのに、未だに父親による育児には無理解が残っています。冒頭のお父さんはこんな話もしてくれました。「自治体の乳児健診に子どもを連れて行ったとき、保健所の人に『お父さんはあちら(外)に行っていてください』って言われたんです。『私はここにいます』と言って健診に付き添いましたが」。これを聞いて、私はなんて失礼な話だと思いました。お父さんは子育ての部外者ですか?

 育児をしている父親たちの周囲はまだ古い体質のままで、育児休暇を取ることができる男性はわずか2.3%。自治体の乳児健診では参加者に3割くらいお父さんがいても、「ご飯はお母さんと一緒に食べましょう」、「歯の仕上げ磨きはお母さんがやってあげましょう」と終始、お母さんだけに向けて話をする保健師もいるそうです。

 私の16年前の里帰りの話をすると、「自分の実家の辺りは今もそんなだ」と教えてくれる人もいます。うーん、今は21世紀ですよね? 子どもを抱っこする男性って、少なくとも東京では好印象ではないですか?

 

 家庭も社会も経済も、父親の視点が入ることで、もっと良くなることがあるでしょう。家庭の中では、両親の一方が食事の支度をしている時に、もう一人がお風呂に入れてくれたり、翌日の保育園の準備をしてくれたりしたら助かりますよね。家の中では常に何かを補充する必要があります。「子どもの洋服はもう80cmじゃ小さいんだ。週末には90cmを買いに行こう」なんて、気づく人が一人より二人になるといいです。家族間の会話も増えるでしょう。

 企業にとっても、多様な働き方を認めれば、育児や介護をしなくてはいけなくなった人、病気を持つ人の流出を防げます。効率的な働き方をせざるをえなくなり、現在のお父さんの長時間労働も減るでしょう。女性が子育てで一時的に無職になると、本人だけでなく社会的にも損失が大きいと言われています。女性が継続して働ければ世帯所得が向上し、税収が増え社会保障に回す費用は減ります。夫婦関係、親子関係、地域との関係ももっと良くなるはずです。

 

 イクメンへの無理解は、悪気はないのかもしれません。育児をする男性たちを、ことさら持ち上げる必要もありません。本来なら、イクメンという特別な言葉の存在がおかしいのです。育児をする男性は、父で充分なはず。

 まずは、知らず知らずのうちにお父さんを排除してしまう、そういう意識をちょっと変えて、みんなでイクメンを後押ししませんか?

 

 ◇ 次回は、6月20日(月)に掲載予定です。

 

<アピタル:小児科医ママの大丈夫!子育て>

http://www.asahi.com/apital/column/daijobu/(アピタル・森戸やすみ)

アピタル・森戸やすみ

アピタル・森戸やすみ(もりと・やすみ) 小児科医

小児科専門医。1971年東京生まれ。1996年私立大学医学部卒。NICU勤務などを経て、現在はさくらが丘小児科クリニックに勤務。2人の女の子の母。著書に『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』(内外出版)、共著に『赤ちゃんのしぐさ』(洋泉社)などがある。医療と育児をつなぐ活動をしている。