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 右手中指の先を失ったのは、歩き始めたばかりだった1歳の頃でした。滋賀県に住む会社員上田知夏さん(32)は1985年、祖母が踏むミシンの革ベルトに触れてしまいました。成長するとともにその指を見られるのが嫌になり、人前では右手を握って隠し、引っ込み思案の性格も指のせいにしてきました。「こんなことはもうやめにしよう」と、高校卒業後、右足の指先の一部を移植する手術を受けることを決意。術後は気持ちが明るくなり、積極的に行動できるようになりました。――取材した記者の「ひとこと」とともに、『患者を生きる・手指の切断』の全編をお送りします。

 

◇記者のひとこと◇

「消えてしまいたいほど、抱えきれない悩みだった」

 滋賀県の上田知夏(うえだ・ちか)さん(32)は、物心ついた時にはすでに事故で右手中指の先を失っていました。

 事故原因となったミシンを使っていた上田さんの祖母(85)の気持ちを思うといたたまれません。仕事で家にいなかった父(66)も、指先を隠すために右手を握る上田さんのしぐさを見るたびにつらく、自分を責める気持ちが消えなかったそうです。

 家庭内で起きる子どもの事故は、けがをした本人だけでなく、家族の心にも深い傷を残しかねません。「いつかは治療できるはず」という思いが、本人や家族の希望になっていました。

 

 上田さんは、足の指を切除して移植する治療を選択しました。手術を担当した医師の光嶋勲(こうしま・いさお)さん(64)は、足の指を失う手術のリスクを十分に説明した上で、患者の治療への意思を確かめることが大切だと言います。

 手術や、手術をきっかけに出会った人たちのおかげで、その後の人生が大きく変わったと、上田さんは感じているそうです。人と話すことが苦手だったのが徐々に積極的になり、外出の機会が増え、付き合いの輪が広がりました。その姿に家族も救われました。

 今でこそ上田さんは「指先がないことぐらい大した悩みではなかった」と話しています。しかし、当時は「消えてしまいたいと思うほど、抱えきれない悩みだった」そうです。

 

箸文化が支えた治療法

 上田さんが「世界が180度変わった」という手術を可能にした微小外科(マイクロサージャリー)は、顕微鏡を見ながら、太さ1ミリに満たない血管や神経をつなぐ治療です。訓練を積んだ医師だけが可能な高度な技術です。

 微小外科は、日本をはじめとするアジア諸国が世界に先駆けてきた分野だそうです。欧米に比べ、箸文化圏で日常的に鍛えられた手先の器用さが、背景にあるとも言われています。その技術は、がんの治療でリンパ節を切除して生じるむくみ「リンパ浮腫」の治療などにも使われています。微小外科の今後にも注目したいと思います。

 

※ご意見・体験は、氏名と連絡先を明記のうえ、iryo-k@asahi.comメールするへお寄せください。

 

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1歳児の指、祖母のミシンに巻き込まれた

 滋賀県に住む会社員の上田知夏さん(32)は、生後7カ月の長女の育児に追われる日々を送っている。長年気にしていた右手の中指は、今ではほとんど意識しなくなった。

 上田さんは生まれて間もない頃から、共働きの両親にかわって、同居する母方の祖母(85)に面倒を見てもらってきた。祖母は家で、足踏みミシンを使って洋服作りの内職をしていた。

 1歳になる1985年春、歩き始めたばかりの上田さんは、ミシンを踏んでいた祖母に近寄った。その時、激しく動いているミシンの革ベルトに、右手が触れてしまった。一瞬のうちに、中指の第1関節が半分ほど切れた。爪の付け根がわずかに残るだけだった。

 上田さんは泣き叫んだ。切断された中指の先は、祖母が近くにあった布で包んだ。近所の男性に、最寄りの外科病院へ祖母と一緒に車で連れて行ってもらった。

 病院で応急処置を受けたが、ちぎれ落ちた小さな指先をつなぐ手術はできなかった。後日、受診した総合病院では、父の小杉正男(こすぎ・まさお)さん(66)は「成長すれば手術ができるかもしれない」と医師に言われた。

 「俺の指がのうなってもいいから、娘にやりたい」。正男さんは泣いた。その後も「親の責任だ」と自身を責め続けた。

 

 上田さんの右手の中指は、人さし指や薬指よりも短く、末梢(まっしょう)神経が切断された指先には「神経腫」という膨らみができた。先端にわずかに残る爪は、巻き込むように伸びた。利き腕は左になった。

 小学生になると、中指の先がない右手を、人前で出すのが恥ずかしく感じた。右手を握って指先を隠すのが癖になった。

 「誰かに見られたら、気持ち悪いと思われる」

 指を理由に、からかわれたり、いじめられたりしたことはなかった。それでも、いつも不安だった。2人の妹たちにさえ、指先を見せなかった。「大人になったら治したるからね」という両親の言葉だけが希望だった。

 「宇宙人が宇宙船に連れて行って、治してくれないかな」

 よくそんなことを考えた。

 

「指のせいで…」悩んだ思春期

 滋賀県の上田知夏さん(32)は1歳の頃、祖母(85)が使っていた足踏みミシンで右手中指の先を切断した。第1関節が半分ほどなくなり、爪は付け根だけ残されていた。成長するにつれ、「見られたらどう思われるやろう」という不安が膨らみ、人前では右手を握りしめて指先を隠すようになった。友達にも、指のことを打ち明けられなかった。

 高校生になる頃には、「人見知りなのも、引っ込み思案なのも、こんな指になったからだ」と、悩みがあると指のせいにした。好きな男の子ができても、「細くてきれいな指の女の子がいいと思うんやろうな……」と自信が持てず、話しかけることもできなかった。「このまま恋人も、結婚も、できないんじゃないか」と悩んだ。

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