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 うつで休職中のミカさん(20代女性・会社員)も、ついに職場復帰の日を迎えました。今回は最終回です。

 これまでに学んだ認知行動療法の数々の技法を組み合わせて、実践していきます。

 

 ミカさんは、久しぶりの職場に到着しました。

 すると、上司がこういいました。

 上司 「今日は休んでいた間にたまっているメールや回覧物の整理だけしてくれたらいいから。12時までの3時間の勤務だからね」

 ミカ 「はい」

 ミカさんは上司の顔色を見ながら返事をしました。

 そもそもミカさんがうつで休職するようになったきっかけは、上司から自分のプレゼンのことで指摘を受けたことでした。そのため、ミカさんは上司と顔を合わせると、まだどぎまぎするのです。

 

 上司の対応を少し素っ気なく感じたミカさんは、心の中ですぐにこんなふうに考えていました。

 ミカ 「ああ、上司はもう以前のようには私に仕事を振ってくれないんだな。もう、期待されていない。戦力外ってことだ」

 

 ほぼ反射的にこんな考えに至るので、ミカさんはソワソワし始めます。以前のミカさんなら、ここから始まる自分のネガティブな思考の渦にのみ込まれてしまっていました。

 しかし、もうミカさんには認知行動療法という強い味方がいます。ここからが、これまで学んだ数々の技法の登場です。

 

 まずミカさんは、「観察法」をやってみることにしました。これは、不安に思っている相手や状況を、観察することでさらに情報を集める方法でしたね。ミカさんは上司の様子をしばらく観察してみました。以前ならば、多少の雑談をする上司でしたが、今日は忙しそうに仕事をして、余裕がなさそうでした。もしかしたら、ミカさんに対して仕事を割り振る余裕もないのかもしれません。また、なんとなく素っ気なく感じたのは、自身の仕事に余裕がないことも一因かもしれません。

 

 少しだけ不安を拭うことができたミカさんは、さらに勇気を出して、別の角度から上司に関する情報を集めることにしました。給湯室に向かう同僚の後をついて行き、こう話しかけたのです。

 ミカ 「久しぶり。長く休んで、迷惑かけちゃって・・。なんかさ、久しぶりだからか、上司と会うとどぎまぎするなあ」

 同僚 「ほんと、久しぶり。心配してたよ。あのさ、実はあの上司、あさって大事な会議があるらしくてね。それで最近ピリピリしてるんだよね。あんまり気にしなくていいと思うよ。逆に、今だけかもよ、ゆっくりできるのは。ミカが休んでる間に、ミカを頼りにしたい仕事もたくさんあったみたいで、上司は質問したり頼んだりしたがっていたみたい。でもさすがに周りが"休職中なんだから、だめですよ"って止めてたんだよ。これからたくさん働かされるわよー」

 ミカさんは、まだ上司から期待されていることを知って、涙が出そうにうれしくなりました。危ないところでした。これまでのミカさんなら、一人でへこんで、今回のように同僚に相談するなんてことはしなかったはずです。これは、周りの人の考えを聞いてみる「調査法」のひとつといえましょうか。

 

 こうして、なんとか初日を乗り切ったミカさん。

 復職して3週間が経つと、ミカさんはずいぶん慣れて来ました。しかし一方で、周囲の人に自分の仕事を負担してもらっていることへの申し訳なさに押しつぶされそうでした。

 

 以前のミカさんなら、「もう十分回復したので、仕事を元に戻して下さい」と申し出ている(でしょう)。

 しかし、このとき、ミカさんは立ち止まりました。

 ミカ 「もしかしたら、こういう態度が自己犠牲なのかもしれない。今、私は自分の体調や気分よりも、周囲の人の負担を優先しすぎていないだろうか。自分をないがしろにして、できもしない仕事量を無理して引き受けて、あとからできなくなって、かえってみんなに迷惑をかけてしまうかもしれない。そうして自分にますます自信がなくなって、自分を粗末にしてしまうんだ。これがうつの再発につながるんだ」

 さらに続けます。

 ミカ 「これって小さい頃からのパターンだ。お母さんがいつもおばあちゃんの顔色をうかがっていたのと同じ。"周りに迷惑かけているんだから、自分の仕事は無理をしてでも元に戻してもらうべき。人に迷惑をかけるもんじゃない"。そう言っているのは、私の心の中の"批判的な声"だ。・・・だとしたら、私の素直な気持ち、"小さなミカさん"や、その子を守る"ミカさん応援団"をもっと前に出してあげないと」

 

 ミカさんは、自分の体調を入浴中に確かめてみました。湯船に入ると初めて、身体が思ったより冷えていたことに気づきました。首をぐるりと回してみると、ゴリゴリと音がして、肩や首が凝り固まっていることに気づきました。知らないうちに、緊張していたようです。

 ミカ 「やっぱり、まだまだ本調子じゃないんだな。緊張してる」

 "小さなミカさん"ならなんと言うでしょうか。"まだ怖いよ。緊張するよ。正直疲れたよ"。そんなかんじでしょうか。

 では、"ミカさん応援団"はどうやって、"批判的な声"に対処するでしょうか。もしこれが自分のことではなく、ミカさんの同僚がうつから復帰したばかりだとしたら、どんな声かけをするでしょうか。"まだ本調子じゃないみたいだから、もうしばらく休ませてあげて"。そんなかんじでしょうか。

 ミカさんは、こうして行動を変えることができました。与えられた仕事に集中して、周りの人の顔色よりも、自分の体調や気分に注意を向けたのです。

 

 その結果、ミカさんは順調に回復し、2カ月後には自分の仕事を完全に取り戻しました。上司は「待っていました」とばかりに、ミカさんに期待して、いろんな仕事をふってくれるようになりました。また、ミカさんに起こった変化は職場だけに留まりませんでした。

 

 以前よりも素直な自分の気持ちに気づけるようになり、それを友達に伝えるようになったミカさん。最近はよく「なんか雰囲気変わった?」「とっつきやすくなった」と言われます。友達と気楽なつきあいができるようになったのは確かです。

 

 でももっと大きな変化は母子関係でした。ミカさんは最近意を決して母親にこう言いました。

 ミカ 「お母さんは、ずっと自分の気持ちを我慢して、家族の為にがんばってきてくれた。でも、私も無事社会人になったし、おばあちゃんだってもういない。私は娘として、今後の人生をお母さんにもっとわがままに、自由に生きて欲しい。お母さんが幸せになるところがみたいのよ」

 母親は目を丸くしていいました。

 母親 「あら、そんなこと言われなくたって、やってるわよ。あなた、ずっと実家に帰ってこないからわからないだけよ。母さんは、おばあちゃんが亡くなってから、もうやめたの。"いい嫁"も"いい妻"も。今なんて、しょっちゅう父さんの夕ご飯も用意せずに、夜、友達と芝居を見にでかけてるのよ。昔の母さんじゃ、あり得ないでしょう。だから安心して。あなたには、ずいぶん我慢させてきたわね。母さんも、あなたには幸せになってもらいたいわ」

 

 ミカさんは衝撃を受けながらも、ほっとして一人暮らしの家に戻りました。

 (=ケース・スタディー「ミカさん」おわり)

 

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中島美鈴

中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。