[PR]

 関東地方に住む女性(50)は、夫の養蜂業を手伝っていて、ミツバチに顔を刺されました。体に異変を感じて病院に行くと、待合室で意識を失いました。ハチ毒による重いアレルギー症状「アナフィラキシーショック」と診断され、自己注射薬「エピペン」を持つよう指示されました。「家業のハチにアレルギーを持つなんて……」。以来、ハチがいる巣箱には近づけません。相模原市の男性(69)は、ハチ毒のアレルギーの根治を目指し、免疫療法を続けています。

 

ミツの採取で刺され、気失った

 2014年5月下旬、関東地方に住む女性(50)は、夫(53)が営む養蜂場を回っていた。これまで現場に出ることはなかったが、人手不足のため、収穫期を迎えた約1カ月前から巣箱のミツの採取を手伝っていた。

 「足手まといにならないかと、緊張する毎日だった」

 飼育しているのはセイヨウミツバチ。春から巣箱の半径2~3キロを飛び回り、アカシアやエゴ、クリなどのミツや花粉を巣箱に集める。竹やぶや林など約20カ所に置いた計約260箱の巣箱から6月末まで採取を続ける。

 性格のおとなしいミツバチでも、巣箱に近づくと攻撃的になる。作業中は、顔を守る網付きの麦わら帽子をかぶり、長靴に厚手のゴム手袋を身につけていた。それでも時々、針がゴムを突き抜けて、手足を刺された。

 この日は、夫婦のほかに、臨時で雇った作業員5人も加わっていた。女性は巣箱から巣枠を取り出し、びっしり付いたミツバチをブラシで払い落とす作業にあたっていた。ハチが残っていると、遠心分離機にかけるベテランの作業員から「掃き足りないぞ」と怒られた。ていねいに払っていると、「遅い」と言われた。

 全員で巣箱から7メートルほど離れた草地で休憩していると、3~4匹のミツバチが向かってきた。威嚇を示す激しい羽音を立て、周辺を回り始めた。

 みな麦わら帽子を外していたが、女性以外は気にしていなかった。1匹が女性に近づいてきた。刺激を与えないよう、静かにその場を離れた。

 「痛っ!」

 いままでにない激痛が走った。マスクの上から唇の左上を刺されていた。ほおが腫れてくるのがわかった。痛みをこらえながら作業をこなした。

 夕方、帰宅しても痛みはひかず、頭がぼうっとしてきた。鏡を見ると、首の部分に赤いじんましんが出ていた。夫に「体調がおかしい」と伝え、約4キロ離れた病院へ車で向かった。

 病院の待合室で長いすに座っていると、汗があふれてきた。「おかしい」と思った矢先、気を失った。

 

再び刺されると命の危険も

 関東地方に住む女性(50)は2014年5月、夫(53)が営む養蜂業を手伝っていてミツバチに顔を刺され、病院の待合室で気を失った。遠のく意識の中で、慌てた看護師の声が聞こえ、車いすに乗せられて診察室へ運ばれていくのがわかった。

 意識障害などを起こす重いアレルギー症状「アナフィラキシーショック」と診断された。ハチに刺されたときに体内に入ったハチ毒が原因だった。ハチ毒によるアナフィラキシーショックは、年間20人前後が国内で亡くなっている。

 症状を抑える薬の注射や、抗ヒスタミン薬の点滴を受けると、意識が戻ってきた。その日は大事を取って入院することになった。

 翌日の退院時、ほおは虫歯になったように腫れたままだった。「今後、どんな治療が必要になるのでしょうか」と救急医に尋ねると、ハチ毒アレルギーの専門医がいる独協医大病院(栃木県壬生町)を受診するよう勧められた。

 3日後、紹介状を手に呼吸器・アレルギー内科に出向いた。血液検査でハチ毒の抗体の有無を調べたところ、ミツバチが陽性で、スズメバチとアシナガバチは陰性だった。

 「ミツバチにもう一度刺されると、命に関わる可能性もある。養蜂の仕事は避けたほうがよいでしょう。家族でよく話し合ってください」

 診察した平田博国(ひらたひろくに)講師(46)に告げられた。

 ハチに刺された人の一部は、ハチ毒に対する抗体ができ、再び刺されると抗体が過剰に反応して重いアレルギー症状が出ることがある。女性は養蜂を手伝う中でミツバチに刺されるうちに、抗体がつくられていたとみられるという。

 自己注射薬「エピペン」を持ち歩くよう指示された。刺されたときに応急処置として使うためだ。

 「花粉や食物のアレルギーはないのに、家業であるハチにアレルギーを持つなんて……」。女性は落ち込んだ。帰宅後、夫に「しばらく養蜂場には行けない」と話した。夫は「まさか妻が」と驚いていたが、受け入れてくれた。

 家業を手伝えない後ろめたさを感じながらも、意識を失った怖さから、いまも巣箱には近づけないでいる。

 

免疫療法で体質改善

 相模原市緑区の山崎正志(やまざきまさし)さん(69)はハチ毒アレルギーがあり、体質を改善して根治を目指す免疫療法を続けている。

 建築業を営みながら、趣味で養蜂もしている。1997年1月、飼っていたニホンミツバチに左耳を刺され、ショック症状を起こした。近くの診療所に運ばれ、上の血圧は40台まで下がった。点滴などを受けて正常値に戻ったが、医師には「今度、ハチに刺されたら命取りになる」と言われた。

 この年の秋ごろ、妻の隆子(たかこ)さん(66)が、栃木県壬生町にある独協医大病院で取り組むハチ毒アレルギーの免疫療法を紹介するテレビ番組を偶然見た。原因となるハチ毒成分を少しずつ注射して体を慣らし、ハチに刺されてもアレルギー症状が起こらないように体質を改善させる方法という。

 「お父さんも治せるかもしれない」。隆子さんはすぐに病院に問い合わせた。

 同年11月、山崎さんはアレルギー内科(当時)を受診した。血液検査でハチ毒の抗体を調べるとミツバチだけでなく、スズメバチやアシナガバチも陽性だった。

 治療では、注射するハチ毒成分の濃度や量を徐々に増やしていく。免疫療法の副反応で、重いアレルギー症状の「アナフィラキシーショック」を起こす危険があるため、入院することになる。山崎さんは仕事の状態を見ながら、翌98年5月に入院した。

 通常は1~2週間で退院できるが、山崎さんは皮膚テストで強い反応があり、濃度をかなり薄めてスタートした。担当医の平田博国講師(46)は「水に近い状態から打ち始めるので、入院が長くなると思います」と話した。アレルギー症状はほとんど出なかったものの、退院までに1カ月かかった。

 退院後の5年間は4~6週間に1回、その後は2カ月に1回、いまも3カ月に1回、注射を受けている。現在、同病院は専門医の不足などからハチ毒アレルギーの患者を新たに受け入れておらず、山崎さんのようにその前から治療を続けている患者しか診ていない。

 山崎さんの自宅から病院までは約150キロ。車で2時間以上かけて通い、隆子さんに付き添ってもらっている。往復する間は、夫婦水入らずの時間だ。(石塚広志)

 

刺されても治療効果で症状出ず

 ハチ毒アレルギーのある相模原市緑区の山崎正志さん(69)は、独協医大病院(栃木県壬生町)の呼吸器・アレルギー内科に通っている。1997年、趣味の養蜂中にミツバチに刺されてショックを起こした後、根治をめざし、原因のハチ毒成分を少しずつ注射して体質を改善させる免疫療法を続けている。

 「次に刺されたら命取り」。刺された直後にそう言われた。このため、養蜂は巣箱の作製や設置だけにし、ミツの採取は友人に任せて、ミツバチのいる巣箱には近づかないようにしていた。

 昨年5月、置いていた巣箱から女王バチが半数ほどの働きバチを引き連れて出て行く「分蜂(ぶんぽう)」を見つけた。友人に頼んで新しい巣箱を置いてもらい、その作業を数メートル離れて眺めていた。1匹のミツバチが向かって来るのに気付かず、右手の指を刺された。

 「これまでの治療の効果で、大丈夫なことはわかっていた。焦りはなかった」

 指がわずかに腫れただけで、アレルギー症状は出なかった。病院にも連絡しなかった。

 自宅は山あいに位置し、周辺には渓流やキャンプ場などがある。熊や猿、鹿も出る。山崎さんは養蜂のほかに、狩猟やキノコ狩りなどもする。射止めたものを?製(はくせい)にした専用部屋もある。

 免疫療法を続ける中で、新たな趣味も加わった。サツキの栽培だ。この治療を始めるために約150キロ離れた独協医大病院に1カ月入院した際、外出時に近くのサツキ園に入って魅せられた。

 通院のたびに夫婦で立ち寄り、店主と顔なじみになった。狩猟で得た肉や川魚を持参し、お礼にサツキを譲ってもらうこともあった。いま、自宅の庭には約20鉢が並ぶ。自慢は購入した樹齢80年以上のもので、「俺より年上だけど、立派だろう」。

 飼っているニホンミツバチは、さまざまな花からミツを集める。1シーズンで多いときは一升瓶3本分のハチミツがとれる。「味が濃厚で、一度味わうとほかのハチミツは食べられない。いつも友人たちに配るんだけど、これが喜ばれるんだよ」

 治療はまだ続く。養蜂もやめられないという。(石塚広志)

 

情報編 命落とす危険も

 厚生労働省の人口動態統計によると、ハチ(スズメバチやミツバチなど)に刺されて死亡したのは2014年が14人で、13年は24人、12年22人と例年20人前後に上っている。国内では、命を奪う危険な生物の一つとされる。

 死因となるのが、呼吸困難や意識障害などを伴う重いアレルギー症状「アナフィラキシーショック」だ。ハチに刺されると体内にハチ毒に対する抗体ができ、再び刺されると過剰なアレルギー反応が出る。血圧低下が起こり、数分後には意識を失い、30分以内に死に至ることがある。体内に抗体ができなければ、刺された部位の痛みやかゆみ、腫れですむ。

写真・図版

 独協医大の平田博国講師(呼吸器・アレルギー内科)によると、ハチに刺される人の半数近くは林業や建設業、ゴルフ場従業員、農業などに携わっている。だが、こうした人たちでも、ハチ毒アレルギーの怖さを理解している人は少ないという。

 平田さんは昨年12月~今年2月、栃木、群馬、埼玉3県の養蜂農家を対象に、ハチ毒アレルギーに関するアンケートと血液検査を実施した。参加した113人のうち、35人が刺された後にじんましんや呼吸困難などの全身症状を起こした経験があった。35人のうち31人が、血液検査でミツバチのハチ毒の抗体が「陽性」だった。次に刺されると、ショック症状で命を落とす危険がある。しかし、アレルギーの診断を受けている人はわずかで、応急措置で使う自己注射薬「エピペン」を持っているのは9人しかいなかった。

 「業界をあげて危険性を知らせてほしい」と平田さんは話す。

 連載で紹介した相模原市の山崎正志さん(69)が受ける免疫療法は、ハチ毒成分を徐々に注射し、体質を改善させて根治をめざす治療。ただ専門医が少なく、受けられる医療機関は限られている。

 また、この治療は欧米の多くの国では公的医療保険が使えるが、日本ではスギ花粉とダニによるアレルギー性鼻炎にしか認められていない。このため、数十万円の自己負担が必要となり、定期的に打つ注射も1回5千円かかる。日本アレルギー学会は、ハチ毒への保険適用を厚生労働省に求める方針という。(石塚広志)

 

==================================================

◇記者のひとこと◇ 

 

 国内で一番危険な生物はハチ――3年前、青森に赴任していたとき、ハチの生態に詳しい専門家の講演会でそう聞き、関心を持ちました。

 

年約20人がハチ刺され死亡

 厚生労働省の人口動態統計を見ると、年に20人前後がハチに刺されて亡くなっています。人間の命を奪う生物といえば、クマや毒ヘビなどを思い浮かべますが、ハチはそれらを大きく上回っています。

 

 昨年、科学医療部に戻り、理由を探ろうと専門家を取材をしました。ハチに刺されると、体内に入ったハチ毒によって重いアレルギー症状「アナフィラキシーショック」を起こす恐れがあることを知りました。

 

 恐ろしいのは、攻撃性のあるスズメバチと思っていましたが、見た目はかわいいミツバチでもショック症状を起こすようです。特に巣箱に近づいたときは、ふだんの姿から一変して狂暴さを見せるそうです。

 

予防策の徹底を

 今年5月から「患者を生きる」の担当になり、このことを取りあげたいと思いました。養蜂農家や医師に話を聞くうちに、こうしたリスクの高い職業でも予防策が徹底されていないことに驚きました。養蜂農家の中には「最初は大きく腫れたり、熱が出たりするかもしれないけど、刺されるうちに慣れる」といった古い考えを持つ人が少なくないとも感じました。

 

 刺された経験のある人は、次に刺されたときのショック症状を防ぐために、血液検査でハチ毒に対するアレルギーの有無を調べる必要があります。「陽性」ならば、刺されたときに応急処置として使う自己注射薬「エピペン」を持ち歩くことになります。

 

「悲劇防ぎたい」との思い込めて

 東北地方に、エピペンの所有率が高い林業組合があるそうです。過去にスズメバチに刺されて命を落とした組合員がいたとのことです。

 

 「悲劇が起こる前に予防対策が取られてほしい」。そんな思いを込めて記事を書きました。

 

ご意見・体験は、氏名と連絡先を明記のうえ、iryo-k@asahi.comメールするへお寄せください。

 

<アピタル:患者を生きる・ある日突然>

http://www.asahi.com/apital/special/ikiru/(石塚広志)