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 団塊世代が75歳以上になる2025年問題を乗り越えるために、厚生労働省は今、高齢社会に応じた医療や介護の仕組みを整えようと、市区町村が主体となる地域包括ケアシステムの整備を推進しています。住み慣れた地域で最期をどう迎えるのか、高齢者だけでなく、その子どもたちの世代にとっても重要な問題と言えます。とはいえ、医療や介護の話は、自分や家族が当事者にならないとなかなか考えない人も多いと思います。全国在宅療養支援診療所連絡会事務局長で、栃木県、茨城県、東京都で在宅医療に取り組む太田秀樹医師に、今、私たちのまわりで起きていること、その背景に何があるのか、そして将来破綻しないために何をしていかなければいけないのか、聞いてみました。(アピタル編集部)

 

延命だけを目的とした治療は正しいのか?

【質問】医療や介護に関係している人たちの多くは、今、地域包括ケアシステムを理解していると思いますが、市民はまだまだ理解していないと思います。

 

【太田医師】地域包括ケアシステムとは何かというと、これからのヘルスケアシステムの新たな秩序ということです。行政用語で仰々しいですが、わかりやすく翻訳すると「年取ったら住み慣れた地域で暮らせるようにしようよ」という意味です。エイジング・イン・プレイスという表現もあります。なじみの土地でなじみの人間関係の中で人生の終焉を迎えるということです。

 ここには、暮らすことと死ぬことの2つのキーワードが含まれています。

 日本社会では、法的な死と生物学的な死がありますが、いずれにしろ医師が関係しないと死ねません。医療のかかわりはどうしても必要になります。尊厳ある生がなければ尊厳死は存在しません。お年寄りは本当に尊厳ある生活をしているのでしょうか。ぴんぴんころりと死ねるのは10人に1人ぐらいです。特に男性に多いです。表現は悪いですが、女性は寝たきりになっても長生きします。このように人生の終末期では、性差があります。

 昔は、死にそうになったら病院に行って徹底的に治療をしました。その結果、3カ月でも長く生きたら医学に対してありがたいと思いました。命を閉じるときに、しっかり治療をして最善を尽くして死んだと言うことが幸せなことだと感じる精神文化を持ち続けていました。

 しかし、医学は技術として大きく進歩しました。食べられなくても息ができなくても患者は生きられる時代です。私が医学部に入学した昭和40年代は、医学の進歩の象徴のような意味合いとして語られていたことが、40年経ったいま、ただ生きていて意味があるのかとみんなが議論するようになりました。手足をしばられ、チューブで栄養を送られ、笑顔もなく、楽しみもなく、人との関係性もなく、生きていて意味があるのかと、国民の側から疑問視するようになってきました。

 医師も、延命だけを目的とした治療が医学として正しいのかと言い出すようになりました。そうすると終末期医療の姿もものすごく変わります。死を認めざるを得ないことが共有されつつある時代になりました。

 

 

高齢者の虚弱「フレイル」とは

【質問】少子高齢化も進みました。病院やクリニックに行けば、患者の多くが高齢者です。

 

【太田医師】私が医学部に入学した昭和40年代は、高齢化率がまだ5%とかいう時代です。高齢者医療は珍しい時代でした。しかし、今は高齢化が進み、4人に1人の医療になりました。医師にとって、ありふれた病気を診る機会が増えました。内科は今やみな老年科です。私のクリニックには、午後から往診しているので午前中に1日20人から30人の外来患者が訪れますが、95%は高齢者です。若年人口は減り、そもそも若い人はあまり病気にならない。疾病概念が変わりました。専門的にいえば、高齢者の虚弱を意味する「フレイル」とか、年齢とともに全身の筋力が低下していく「サルコペニア」といった疾病概念です。日本老年医学会が、フレイルの概念を明確化しました。要介護状態になるちょっと前段階のことで、適切な医療介入によって要介護にならずに済むということを研究しています。

 研究が進むと、体のフレイルの前に、心のフレイルがあるということが分かってきました。喪失体験の連続、具体的に言うと友達が死んでいったり、時には息子が先に死んでいったりして、ゆううつになる。そうすると食欲が低下して食事を食べなくなって、弱くなっていきます。

 精神的なフレイルの前に、ソーシャルフレイル(社会的フレイル)があることも分かってきました。隣近所の人たちが元気だったときは町内会の仕事もみんなでやっていましたが、ご近所の人たちがぽつんぽつんと死んでいき、自分ひとりになってしまった。近所に友達がいないので家の中でテレビを見ているような生活になる。家に閉じこもるようになると動かなくなるので足腰が弱ります。一生懸命自分でつくっていた食事もつくらなくなる。寂しいねと、ネコと暮らしているような状況になると急激にフレイルが進行することが分かってきました。体のフレイルだけ医療の対象としないで、フレイル予防からかかわるべきなのです。

 

 

福祉、生活、地域の視点が欠かせない医療へ

【質問】そうすると、医師の役割も変わってきますね。

 

【太田医師】医師の役割は、福祉的になってきましたし、生活の視点を入れると包括的になり、より地域的になっていっています。医療がここまで大きく変わってきたことを理解すると、地域包括ケアの意義が分かってくると思います。

 どういう医療が必要なのか、提供された医療の妥当性を考えるのは医者ですが、社会にフィットした医療をどうやって提供するのかは仕組みの問題であり、医療行政が考えることです。それが地域包括ケアシステムです。

 だから生活の視点がたくさん入ってきます。住居は療養環境ということです。足の悪い人が古い集合住宅の4階に住んでいたら外に出かけられません。しかし、エレベーターがあれば出かけられます。環境によって社会的フレイルは簡単に改善できます。1階の部屋で暮らせればいつでも出かけられます。住居は重要な要素です。

 

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太田秀樹医師

医療法人アスムス理事長(http://asmss.jp/gai.html別ウインドウで開きます

一般社団法人全国在宅療養支援診療所連絡会事務局長(http://www.zaitakuiryo.or.jp/index.html別ウインドウで開きます

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 次回は、急激な高齢化で医療や介護の需要にサービス供給が追いつかないとみられている大都市圏のベッドタウンについて、地域包括ケアシステムをどう考えて構築していけばいいのか、聞いてみました。

<アピタル:アピタル・オリジナル・医療>

http://www.asahi.com/apital/column/original/(岩崎賢一)

岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき・けんいち) 朝日新聞記者

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで、医療を中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集、連載「患者を生きる」担当を経て、現在はオピニオン編集部。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』、『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)