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 悪性リンパ腫の患者会で理事長を務める天野慎介さん(42)は、26歳の会社員だった2000年に、悪性リンパ腫と診断されました。治療を通して同じ血液がんを患う仲間と知り合う一方、見送る経験もしてきました。「後に続く患者に役立つならば」と考え、日々の治療の様子をネットに公開し始めました。患者会の中心メンバーとして冊子の発行や交流会などに取り組み、09年に厚生労働省の「がん対策推進協議会」の委員に就任します。再発の不安を抱えつつ、数え切れない患者仲間の思いを胸に活動を続けています。

 

◇記者のひとこと◇

社会全体で支える

 「会議がある日は、緊張でおなかが痛くなることもあるんですよ」

 厚生労働省の検討会などで、冷静に理路整然と発言する天野慎介さん(42)の姿からは想像もつかないような本人の言葉でした。限られた時間の中で、患者の立場から何を伝えるべきか、がん対策にどう生かしていけるのか。真剣に向き合っているからこそです。

 そんな天野さんの原動力に、闘病中の病棟や患者会で出会った、患者仲間たちの存在があります。治療の末に亡くなった方も多いと言います。

 「あの人たちがもし生きていたら、何を望み、何をしただろう、と常に考えます。普通に家族と暮らしたい、ということもあるだろうけど、やっぱり、『医療をよくしたい』という思いがあったんじゃないか」と天野さんは話します。

 「自分のようなつらい思いを、ほかの人にさせたくない」

 そんな患者さんの声は多く、天野さん自身、悪性リンパ腫の最初の治療中に「もし自分が助からないとしても、自分の経験が誰かの役に立ってほしい」と思って、インターネット上に闘病記をつづっていました。

 2人に1人ががんになる時代です。がんになった時の不安や、治療のつらさを完全になくすことは難しくても、「社会全体が支えてくれる」という安心感の中で治療に臨めたら。そしてそれはもちろん、がんでない病気でも、けがでも同じこと。当事者でも、今はそうでなくても、考えていきたいことです。

 

*ご意見・体験は、氏名と連絡先を明記のうえ、iryo-k@asahi.comメールするへお寄せください。

 

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病院から逃げ出したい

 「車の両輪として、患者の権利擁護という視点が不可欠であると感じます」

 7月初旬、東京都内であった厚生労働省のがんの診療体制に関する検討会の冒頭、血液がん「悪性リンパ腫」の患者会「グループ・ネクサス・ジャパン」理事長の天野慎介(あまのしんすけ)さん(42)が発言した。

 理路整然とした語り口で、切実な患者の思いを訴える。その背景に、自らの闘病体験と、出会った患者仲間への思いがある。

 26歳の会社員だった天野さんは2000年秋ごろ、のどの違和感と高熱があり、受診した近所の耳鼻科で思わぬことを言われた。

 「扁桃腺(へんとうせん)の腫れ方が以前に診た悪性リンパ腫の患者と似ている。念のため検査を受けてください」

 聞いたこともない病名だった。紹介された総合病院で検査の後、告げられた。「悪性リンパ腫です。すぐ入院治療が必要です」

 20代の自分をがんと、結びつけたこともなかった。「誤診ではないか」。しばらくは現実を受け止めきれなかった。会社を休職して東京慈恵会医科大第三病院(東京都狛江市)に入院した。

 悪性リンパ腫は血液細胞のリンパ球のがんで、リンパ節と、胃や大腸などリンパ節以外の臓器にも発生することがある。天野さんは「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」というタイプで、腫瘍(しゅよう)はのど、胸部、腹部に広がり、4段階ある病期は進行した3期だった。

 複数の抗がん剤を使う「CHOP(チョップ)療法」を受け、のどの腫瘍は消えた。だが、胸部の腫瘍には十分な治療効果が見られなかった。

 副作用で体はだるく、手足がしびれた。何を食べても、口の中は薬の味がするような気がした。

 「治療もうまくいってなさそうだし、治るのかもわからない。仕事や結婚はどうなるんだろう」

 不安は募るのに、自分でできることといえば、体力をつけようと屋上を歩くぐらいだった。たとえ医師の言動に疑問を抱いても、治療は結局、ゆだねるしかない。投げやりになることが増えた。

 「病院の無機質な薬のにおいから逃げ出したい」。入院から約2カ月たったある日、「近くのスーパーに行ってきます」と言い残して、病院を出た。

 

日々の治療、ネットで公開

 27歳の2000年秋、悪性リンパ腫で先の見えない入院生活を送っていた天野慎介さん(42)は、病院を抜け出て、電車で高尾山(東京都八王子市)に向かった。

 行き詰まった気分を晴らすように山道を登り始めたが、体力が落ちていて続かない。紅葉が残る景色と行楽客の姿を見ていると涙が出てきた。「少なくとも今は生きているし、この世にはまだ見るべきものがたくさんある。自分でできる限りはがんばろう」。治療を受けようと腹をくくった。

 抗がん剤治療に続き、医師からは自分の「造血幹細胞」を移植する治療を勧められた。血液のもとになる造血幹細胞を採取して冷凍保存しておき、大量の抗がん剤で治療した後、血液細胞の減少を回復させるため体内に戻すという。

 治療後も再発の可能性はあり、…

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