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 慣用句で「はしかのようなもの」と言えば、一過性の熱病のように軽いイメージですが、実際にかかった人にとってはとても大変な経験です。見たことのない人は簡単に考えがちです。実際にかかって免疫をつけたほうが、ワクチンを打つよりもいいというものでは決してありません。

 麻疹(はしか)の報告が相次いでいます。2015年3月に、麻疹は日本で「排除状態」にあると世界保健機関(WHO)が認定したのになぜでしょう。3年間、国内由来のウイルスで感染した人が出なかったから認定されたのですが、それでも年間に200~500人もの人が国外から持ち込まれたウイルスによる感染する状態が続いています。麻疹の抗体を持つ人が十分に多くないため、日本はいまだに、集団として麻疹に弱いということです。国外から入ってきたら、感染者は必ず出ます。これはイギリスのガーディアン紙(the guardian)web版の記事の動くイラストです。麻疹がどのように広がっていくかがよくわかります。

 http://www.theguardian.com/society/ng-interactive/2015/feb/05/-sp-watch-how-measles-outbreak-spreads-when-kids-get-vaccinated別ウインドウで開きます

写真・図版

 私がもっと簡略化した図がこれです。感染症は抗体を持った人が少ないと集団に広がりますが、十分にいれば流行しないのです。

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 麻疹のウイルスはとても感染力が強いのが特徴です。季節的な流行で知られるインフルエンザは、抗体のない人1.4~4人にうつる可能性があるのに対して、麻疹は12~18人にうつる可能性があります。インフルエンザは飛沫感染つまり、咳やくしゃみとともに口から出てくる細かい水滴(飛沫)がウイルスを運びますが、麻疹は飛沫、接触以外にも空気感染するので、同じエレベータに乗っているだけでももらってしまいます。しかもインフルエンザと違って抗ウイルス薬はありません。体に入ったウイルスの増殖を抑える薬がないので、対症療法をするしかないのです。

 現在の日本で、はしかにかかった人を見る機会はとても減ったし、医師でも若手だと、診たことがあるという人は少ないのです。麻疹は10~12日の潜伏期間の後、発熱し風邪のような症状と目やに、充血、眩しいなど目の症状が出ます。一旦解熱した後にまた発熱し、全身に赤い発疹が出現します。この時に風邪のような症状はさらにひどくなり、とてもつらいのです。

 私が研修医だった20年近く前は、周期的な麻疹の流行がありました。大学病院から派遣されて週1日行っていた関連病院では麻疹の患者さんばかりを集めた部屋が二つできたことがあります。多くが麻疹による肺炎でしたが咳も呼吸困難もひどく、抗ウイルス薬はないため、治療といっても点滴による水分補給と吸入と酸素投与くらいしかなく、とても気の毒でした。治るまでに10日から2週間くらいかかりますが、その後、少なくとも数週間にわたって免疫機能が落ちるという特徴があります。麻疹に感染後、1度かかって治った水疱瘡(みずぼうそう)に、再びなるなんてことがあります。

 麻疹の合併症には肺炎、中耳炎、心筋炎、脳炎などの中枢神経合併症、亜急性硬化性全脳炎(SSPE)などがあります。

 合併症で多いのは中耳炎で、10人に1人の割合で起こり、そのまま戻らない難聴になることがあります。特に深刻なのはSSPEです。SSPEは麻疹にかかった後、数年から十数年たってから発病します。麻疹ウイルスが体のどこかに潜伏していて、長い間に変化して脳の病気を引き起こします。いったん発病すると、病気は進む一方で治療法はありません。SSPE発症率は、日本では麻疹にかかった人100万人に16人と言われています(SSPE青空の会http://sspeaozora.web.fc2.com/explain.html別ウインドウで開きます )。

 麻疹にかかってもSSPEになる確率は低いけれど、進行性の恐ろしい病気です。慢性期の患者さんばかりの病院でSSPEの患者さんを診察する機会もありました。元気だった子が話せなくなり、動けなくなり、診断から数年のうちに死に至ります。ワクチンをしていれば防げたのに、と悔しく思うであろうご家族のことを考えると心が痛みます。

 2006年に麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)の定期予防接種が、1歳児と5~6歳で2回受けるという方式に変わり、対象年齢への接種率は95%以上となりました。これは十分に感染予防のできる割合です。けれど、感染源になる人は、それ以前の予防接種の方式で受けていた人たちに多いのです。2014年には麻疹の患者数は年間462人で、そのうちのワクチンの未接種が47%、1回のみ接種が19%、2回接種7%、不明が27%でした。前述のイラストのように、MRワクチンを打てば感染を防げる確率が高まるのです。

 では、自分はワクチンを打ったかどうかわかるでしょうか?母子手帳などでワクチン歴が確かめられない人は麻疹抗体価を検査する場合もありますが、確かめる手間をかけずにワクチンを打ってしまったほうがいいと私は考えます。仮に感染を防ぐのに十分な抗体がある人がワクチンを受けても、問題はありません。副反応が増えることもないし、麻疹のような症状が出てくるわけでもなく、より抗体価が上がります。ただ、現在は特に関西地方でMRワクチンが手に入りにくい状況です。生後6ヶ月から1歳未満の子が、定期予防接種を前倒しして自費で接種したり、抗体がない大人が急遽接種したりしているからです。厚労省は「不足しているのではなく偏在だ」と言っていますが、危険性の高い人が打ちたい時に打てなければそれは不足と全く同じです。厚労省は国民を守るために緊急輸入なども念頭に、手を尽くしてほしいものです。不活化ポリオワクチンのように個人輸入している小児科もあります。

 私は小児科医なので、お母さんたちから1歳未満の子にMRワクチンを打つべきかどうかよく質問されます。生後6ヶ月以前の子にMRワクチンを勧めないのは副反応が増えるからではなく、お母さんからもらった免疫の影響でワクチンの効果が出ない可能性があるからです。それを承知で、1歳の時に定期予防接種としてMRワクチンを打つのなら、生後6ヶ月から1歳未満で受けることに問題ありません。1歳未満で麻疹にかかってしまうとSSPEに移行する確率も上がりますし、そうならなくとも重症化する危険性があります。

 ワクチンで防げる病気は、ワクチンで予防しましょう。

 

◇次回は、10月17日(月)に掲載予定です。

 <アピタル:小児科医ママの大丈夫!子育て>

 http://www.asahi.com/apital/column/daijobu/(アピタル・森戸やすみ)

アピタル・森戸やすみ

アピタル・森戸やすみ(もりと・やすみ) 小児科医

小児科専門医。1971年東京生まれ。1996年私立大学医学部卒。NICU勤務などを経て、現在はさくらが丘小児科クリニックに勤務。2人の女の子の母。著書に『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』(内外出版)、共著に『赤ちゃんのしぐさ』(洋泉社)などがある。医療と育児をつなぐ活動をしている。