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【まとめて読む】患者を生きる・感染症「妊娠中の風疹」

 妊娠初期に風疹にかかると、おなかの赤ちゃんに、目や耳の障害、心臓の病気などの影響が出る恐れがあります。2012~13年、全国的に風疹が流行し、妊娠中にそうした不安に直面した人たちがいました。連載に登場した埼玉県の女性(33)もその1人。12年に第2子の妊娠がわかり、喜びあふれていたときに風疹感染が疑われました。

 

「産んじゃいけないの?」

 2人目の子どもの妊娠に気がついたのは2012年春だった。埼玉県の女性(33)は、病院で心拍が確認できると、うれしくて、おなかをさすっては赤ちゃんに話しかけた。

 2歳だった長男(7)を保育園に預け、東京都内で事務職として勤務していた。妊娠5カ月目の6月下旬、頭痛と高熱に襲われた。

 熱が下がり、2日後には出勤した。ただ、午後になると顔が赤くなり、次第に体にも広がった。かゆみもあった。気になって、インターネットで調べた。

 「妊娠中」「発疹」「熱」……。検索ワードを入れて調べるうちに、ある言葉が引っかかった。

 「風疹……?」

 女性は、妊娠3カ月の妊婦検診で受けた血液検査で、「風疹の抗体がない」という結果が出ていた。長男の妊娠中も同じ結果で、医師から「風疹のワクチンを打った方がいいですよ」と言われたが、理由がよくわからず、そのままにしていた。

 「妊婦が風疹にかかると、赤ちゃんが障害のある先天性風疹症候群(CRS)になる可能性がある」。ネット上には、そう書かれていた。CRSの症状には、目や耳の障害や心疾患、発育の遅れなどがみられることがある。

 気が気でなくなり、会社を早退した。家に向かう電車内でもスマートフォンで風疹の症状を検索し、自分に照らし合わせた。

 手首など体の節々が痛くなり、発疹は体全体に広がった。夫と一緒に、皮膚科を受診した。

 「これは風疹だよ」

 医師は診るなりそう言った。血の気が引いていくのがわかった。

 「妊娠しているんです」と、涙をこらえて伝えた。産婦人科に相談するよう言われ、出産を予定していた病院に電話をして向かった。到着するとすぐに診察室に通され、医師から言われた。

 「どうするの? うちではおろせないよ」

 真っ先に示された「中絶」という選択肢に、ショックを受けた。

 「産んじゃいけないの? あきらめないといけないの?」

 悩む日々が始まった。この年から翌年にかけ、風疹が流行していたことを後から知った。

 

それでも「子に会いたい」

 「なんで風疹について知らなかったんだろう。なんでワクチンを打っていなかったんだろう」

 2012年6月下旬、埼玉県の女性(33)は妊娠5カ月で風疹感染が疑われた。妊娠初期に母親が風疹にかかると、障害がある「先天性風疹症候群」の赤ちゃんが生まれる恐れがある。出産予定の産婦人科で中絶の選択肢を示され、別の産婦人科に電話で相談。風疹の症状が治まってから受診し、感染を調べる血液検査を受けた。

 女性は悩んだ。風疹だったらどんな障害の恐れがあるのか、生まれてくる子は幸せなのか。兄になる2歳の長男にも我慢をさせるかもしれない。親である自分たちがいなくなったら、誰が面倒を見るのか。不安ばかりがよぎった。

 産むべきか、それとも産まないべきなのか――。

 1週間後、検査の結果が出た。「風疹にかかっていた」という診断だった。風疹ウイルスは感染力が強く、抗体が不十分だと、患者のせきやくしゃみなどを通じて感染する恐れがある。どこで誰から感染したのか、わからなかった。

 7月初旬、紹介された三井記念病院(東京都千代田区)産婦人科の小島俊行(こじまとしゆき)医師(64)=現在は吉田産科婦人科医院=を受診した。母子感染が専門の小島さんは、丁寧に説明してくれた。

 赤ちゃんにどのような影響が出るかは、風疹の感染時期などによって異なる。妊娠5カ月で感染すると、4割程度の赤ちゃんに感染する。感染した赤ちゃんの3分の1程度に障害が出るという。発育の遅れなどさまざまな症状が考えられるが、妊娠5カ月だと耳に障害がある可能性が高いという。

 小島さんは「聴覚に障害があっても、人工内耳や補聴器を使える場合もあり、難聴児向けの教育もあります」と教えてくれた。赤ちゃんへの感染を調べる羊水検査を受けることにした。

 小島さんの説明を聞き、やっと病気の全容をとらえられた気がした。同時に、迷いが少しずつ晴れていくようだった。たとえ障害があったとしても、おなかの赤ちゃんがいとおしかった。「この子に会いたい。この子を守りたい」

 「やっぱり産みたい」と夫(38)に伝えると、「そうだね」と答えてくれた。

 

次男誕生、難聴と診断

 妊娠中に風疹にかかった埼玉県の女性(33)は、赤ちゃんへの感染を調べる羊水検査を受けた。その結果、「風疹ウイルスは見つからず、赤ちゃんへの感染の可能性は非常に低い」と判断された。

 おなかの赤ちゃんが風疹に感染した場合、先天性風疹症候群(CRS)になる恐れがある。産みたいという意思は固まっていたが、結果を聞いて安心して妊婦生活を送れた。

 2012年11月下旬、次男を出産した。元気な産声だった。

 生後3日目、次男は新生児の聴覚を調べる検査を受けた。女性は以前、医師から「妊娠5カ月で感染した場合、耳に障害がある可能性が高い」と説明されていたことを、忘れてはいなかった。

 検査結果は「要再検査」。看護師からは「耳に羊水がたまっているとこういうこともあります」と言われたが、女性は「やっぱり風疹がうつっていたんじゃないか」と不安に駆られた。翌日の検査でも、結果は同じだった。

 女性は、寝ている次男の耳元でわざと物音を立てて反応をみた。同室の赤ちゃんが泣いても次男が起きないと、「聞こえていないのかな」と不安になった。次男が起きて泣き出すと、「やっぱり聞こえている」と一喜一憂した。

 退院から数日後、生まれた直後に受けた風疹の感染を調べる臍帯血(さいたいけつ)検査の結果が出た。次男はやはり風疹に感染していた。出産前に受けた羊水検査の結果は、ごくまれにある、陽性なのに陰性と出る「偽陰性」例だったとみられた。

 「私のせいだ」。女性は自分を責め、泣き続けた。だが、どんなに悔やんでも、風疹にかかる以前には戻れない。目の前にはかわいい次男がいる。「今ある現実をちゃんと見ないといけない。やるべきことはやらなくちゃ」

 13年初め、紹介された埼玉県立小児医療センター(さいたま市)を受診した。CRSの症状は多岐にわたる可能性があるため、複数の診療科で、脳、目、耳、循環器などの検査を受けた。

 耳鼻咽喉(いんこう)科で受けた詳しい聴力検査で、次男は両耳とも高度の難聴と診断された。聴力は「耳元の大きな声なら聞こえる」という程度だった。改めて突きつけられた厳しい現実だった。

 

口元見せ、丁寧に声かけ

 埼玉県の女性(33)の次男は、2012年11月に生まれた直後に高度の難聴と診断された。妊娠中に風疹に感染したことによる先天性風疹症候群(CRS)だった。だが、検査で通院する日々に、落ち込んでいる暇はなかった。

 難聴の子どもが言葉によるコミュニケーション能力を伸ばすには、早期発見と療育が重要になる。次男は生後4カ月から補聴器をつけ、埼玉県立小児医療センター(さいたま市)耳鼻咽喉(いんこう)科の「難聴ベビー外来」に通い始めた。

 外来は難聴の乳児ら向けに月1回開かれる。医師の診察のほか、音楽療法士や言語聴覚士らの指導で太鼓などの楽器に触れ、保護者と一緒にリズムに乗って体を動かす。病院と療育施設との架け橋になる存在だ。

 難聴の子どもに、どんな大きさで、どう声をかければいいのか。わからないことだらけの子育ての中で、大きな助けになった。1歳前ごろからは、ろう学校の個別相談にも通った。

 赤ちゃんが自然に聞いて覚える言葉も、難聴の場合、習得を促す工夫が必要だ。ひとつの動作でも、女性は次男の目を見て、口元を見せ、丁寧に声をかけるよう心がけた。好物のヨーグルトをあげる時も、「ヨーグルトだよ」「ヨーグルトはおいしいね」「ヨーグルトは白いね」と繰り返した。次男は次第に口まねをし、少しずつ言葉を話すようになっていった。

 14年秋、補聴器の効果が十分ではないと判断され、東京医療センター(東京都目黒区)で、より聴力が悪い左耳に「人工内耳」の手術を受けた。人工内耳は、音を電気信号に変え、手術で埋め込んだ電極を通して、脳に音を伝える神経を直接刺激する。音声を言葉として認識したり、話したりするには術後のリハビリが大切で、病院や療育施設に通ってきた。

 言葉や言い回しをどれだけ増やせるか、コミュニケーション能力を伸ばせるかは今後の課題だ。「風疹ワクチンを打っていれば」という後悔が消えることはない。

 「これはなんの音?」。洗濯機の音や鳥の鳴き声など、暮らしの中で次男がたずねてくることが増えた。難聴で、壁にぶつかることもあるだろう。それでも可能性は無限。そう信じている。

 

情報編 事前の抗体検査、助成も

 風疹は、患者のせきやくしゃみなどを通してウイルスに感染する。国立感染症研究所ウイルス第三部の森嘉生(もりよしお)室長(42)によると、発疹や38度前後の発熱、後頭部や首の周りのリンパ節の腫れなどが主な症状だ。症状が出ない「不顕(ふけん)性感染」の場合もある。

 過去に風疹に感染した人は抗体を持っている可能性が高い。ただ、症状だけではほかの感染症との区別がつきにくい場合もあり、「本人が風疹にかかったことがあると勘違いしているケースもある」と森さんは指摘する。

 妊娠初期の女性が感染すると、胎盤を介して胎児がウイルスに感染し、先天性風疹症候群(CRS)の赤ちゃんが生まれる恐れがある。妊娠初期ほどCRSのリスクは高く、妊娠1カ月で50%以上、2カ月で35%、3カ月で18%、4カ月で8%程度だ。

 CRSの主な症状には、難聴や先天性心疾患、白内障など目の症状、発育の遅れなどがあり、感染時期などにより異なる。2012~13年には東京や大阪を中心に全国的な風疹の流行があり、CRSの赤ちゃんが45人生まれたと報告された。連載で紹介した埼玉県の女性(33)の次男もその1人だ。

 国立感染研の調査では、45人のうち11人が心疾患や肺炎などで生後1年過ぎごろまでに死亡していたことが確認されているという。

 06年度から、1歳と小学校入学前1年間の2回、はしかと混合のMRワクチンの接種が定期接種になった。以前は女性だけが対象だった時期などもあり、特に30代半ば~50代の男性に抗体を持っていない人が多いという。12~13年の流行はこうした成人男性が中心だったことがわかっている。

 抗体の有無は血液検査で調べ、妊娠を希望する女性らに対して費用を助成する自治体も多い。

 女性だけがワクチンを接種すればCRSは予防できると思われるかもしれないが、そうではない。接種後も感染者と密接に接触すれば感染リスクはあり、抗体のつきにくい人もいる。横浜医療センター産婦人科の奥田美加(おくだみか)部長(49)は「職場や電車内など、周囲に妊娠初期の女性がいるかもしれない。ワクチン接種をしていない人は、男性も含めて接種を検討してほしい」という。

 

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<アピタル:患者を生きる・感染症>

http://www.asahi.com/apital/special/ikiru/

(伊藤綾)