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 がん対策基本法の改正案が12月9日の衆議院本会議で可決、成立しました。ここに至るまでたくさんの関係者の尽力と熱意がありました。この法の大切さを改めてかみしめたいと思います。

▼がん対策基本法を知っていますか?

▼改正案の大切なところは?

▼改正案ができて何が変わる?

 

●がん対策基本法を知っていますか?

 日本でがん対策基本法(以下、基本法)ができたのは2006年のことです。がんは2人に1人が一生のうちに一度は診断を受ける、まさに「国民病」ですが、基本法ができるまでは、「がん対策」の法的な位置づけが日本にはありませんでした。

 アメリカでは、ニクソン政権時代の1971年に、「がん征圧」を目指した米国がん法(National Cancer Act)が制定されました。以来、国家プロジェクトとしてがん研究推進を基礎とした、予防医学、検診、治療の歯車をつないだがん対策に取り組み、昨今では死亡率の低下を導きだしました。

 日本は、アメリカに遅れること35年、2006年にがん対策基本法が成立しました。基本法により、医療の均てん化、検診や研究の推進、そして、患者が政策づくりに参加して議論するがん対策推進協議会の設置、5年ごとの基本計画策定などが定められました。

 私ががんの診断を受けたのは2004年の夏。当時の患者会、政策の動き、そして世論の盛り上がりを毎日実感していました。10年経った今でも、国会で早期成立を訴えた山本孝史議員の参議院本会議での代表質問を覚えています。がん治療をしていた山本議員が逝去した後、「先生、今日は外は雪です。寒くありませんか」と語りかけられた尾辻秀久議員の参議院本会議場の哀悼演説は耳から離れません。思い出すと今でも胸が熱くなります。

▼がん対策基本法の概要http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H18/H18HO098.html別ウインドウで開きます

 

●改正のポイント

 この10年で医療は大きく進展し、医療をとりまく環境も大きく変わりました。そのため、基本法に書いてある内容と現状社会の間に「ズレ」が生じるようになってきました。さらに、これからの日本のがん医療を考えたとき、基本法に言葉や定義がないことで、その対策や研究が広がらない分野がありました。こうしたズレを修正すると同時に、これからのがん医療、そして、がんを取り巻く社会環境のあり方を提示し、社会全体で考えるのが、今回の改正がん対策基本法になります。

 改正がん対策基本法の策定は、2015年6月から超党派の国会議員の集まりである「国会がん患者と家族の会」と患者会などが一緒になって検討を進めてきました。パブリックコメントを実施後、改正を加えて、今回の改正となりました。つまり、国民の声とともにつくった改正と言えるでしょう。

 法の中には、第十八条の2の研究推進に「罹患している者の少ないがん及び治癒が特に困難であるがん」の言葉が加えられるなど大きな変化がありますが、就労の視点からみたときには、基本理念をはじめとした第二条、第八条、第二十条、第二十三条が重要になります。

 

 それぞれの条文の記載は以下のようになっています。

・第二条の四 がん患者に関する国民の理解が深められ、がん患者が円滑な社会生活を営むことができる社会環境の整備が図られること。

・第八条 事業主はがん患者の雇用の継続等に配慮するよう努めるとともに、国及び地方公共団体が講じるがん対策に協力するよう努めるものとする。

・第二十条 国及び地方公共団体は、がん患者の雇用の継続又は円滑な就職に資するよう、事業主に対するがん患者の就労に関する啓発及び知識の普及その他の必要な施策を講ずるものとする。

・第二十三条 国及び地方公共団体は、国民が、がんに関する知識及びがん患者に関する理解を深めることができるよう、学校教育及び社会教育におけるがんに関する教育のために必要な施策を講ずるものとする。

 

 また、間接的ではありますが、医療機関ができる就労支援として、第19条があります。就労に及ぼす影響事項として、後遺症や薬物療法による副作用は上位に挙がりますから、医療機関は支持療法の徹底や患者の社会背景に応じた説明や治療計画をお願いしたいです。

・第十九条 がんの治療に伴う副作用、合併症及び後遺症の予防及び軽減に関する方法の開発その他のがん患者の療養生活の質の維持向上に資する事項についての研究が促進され、並びにその成果が活用されるよう必要な施策を講ずるものとする。

 

●改正がん対策基本法ができて何が変わるか?

 この改正によって私たちの暮らしはどう変わるでしょうか?

 一つ目は、「社会的環境整備」という概念が基本理念に盛り込まれたことにより、診断後に遭遇する「生きづらさ」の解消が進むことが期待されます。いま、がん患者の就労が社会的な課題としてクローズアップされていますが、実は社会問題は就労だけではありません。容姿の変化や結婚、出産、遺伝など、がん患者は多くの生活課題に遭遇していきます。こうした「生きづらさ」に対して関連する法制度や事業、病院内外での取り組みが推進されていくことになります。

 

 二つ目は「事業主の責務」という言葉です。努力義務ではありますが、事業主ががん患者の就労について配慮しなければなりません。これまで、就労問題は、患者さん個人の問題(個人モデル)として片づけられてしまうことが多くありましたが、働く時間や働き方の柔軟性や多様性などを考えることで働き続けることもできます。これは、治療では治せない部分で企業が考慮すべき事柄です。これについて法の中で位置づけられたことにより、雇用主は対応を考えていかなければならないのです。

 

 三つ目は「就労に関する啓発、社会教育」です。私たちはこれを「大人のがん教育」と呼んでいます。いま、小中学校でのがん教育が進められていますが、肝心なのは大人です。大人のがんに対する誤った理解、情報不足から起こる偏見をなくすためにも、また、自分ががんになったときに困らないようにしておくためにも「予備知識」を持つことは大切です。特に、スティグマ(偏見)の多くは「知識不足」から始まりますから、「大人へのがん教育」は基本理念にもある社会的環境整備を進める上でも重要な関連事項になります。また、ひいては、こうした取り組みが「本当の意味でのダイバーシティ」につながると思います。

 

 がんの年間死亡者数(http://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html別ウインドウで開きます)は、2014年が368103人。つまり、1日に約1008人が亡くなっています。この策定過程においても、私たちは多くの仲間を失ってきました。そうした今は亡き人の思いがたくさん詰まった法です。法の背景や歴史をひもときながら、私たちの思いをつないでいくことも大切ではないでしょうか、それが「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」なのだと思います。

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アピタル・桜井なおみ

アピタル・桜井なおみ(さくらい・なおみ) 一般社団法人CSRプロジェクト代表理事

東京生まれ。大学で都市計画を学んだ後、卒業後はコンサルティング会社にて、まちづくりや環境学習などに従事。2004年、30代で乳がん罹患後は、働き盛りで罹患した自らのがん経験や社会経験を活かし、小児がん経験者を含めた患者・家族の支援活動を開始、現在に至る。社会福祉士、技術士(建設部門)、産業カウンセラー。