拡大する写真・図版 イラスト・ふくいのりこ

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 両下肢麻痺の「車いすユーザー」にとって、車いすは足に代わる大切な道具です。その車いすが変われば、生活にも大きな影響を与えることでしょう――。そう予想していた通り、「自走式車いす」から「電動車いす」に乗り換えたことで、私の生活は大きく変わりました。良い面・悪い面、それぞれありますが、私の生活を支えてくれる大切な「マイ車いす(くろすけと名付けました)」であることには変わりありません。自走から電動になったことで生じた生活の変化もひととおり経験し、今は"くろすけ"との日常を楽しむ余裕が出てきたところです。

 

プラスの変化、片手の自由で生活が豊かに

 自走式車いすの場合は、車いすの両輪をこぐ動作で両手がふさがってしまうので、行動の端々にさまざまな「制約」がありました。一方、電動車いすは、進行操作がレバーひとつでできるので、片手が常に空くことになります。このことひとつとっても、生活の幅がぐんと広がりました。たとえば、傘をさせるようになったことや、お祭りの出店や試食などで食べ歩きができるようになったこと、キャリーケースを引っ張れるようになったことなど、些細なことですが、"地味にうれしい瞬間"がいくつも生まれたのです。その中から、仕事編・プライベート編、それぞれの「ナンバー1」を考えてみました。

 

 まず、「仕事編」の前に前置きをすると、私の場合、肉体労働ではないので、電動になったからパフォーマンスが上がる、なんてことはありません。よって、「良かったこと」が地味すぎるので、あしからず・・・。

 

 《職場内で書類を持ちながら移動するときの安心感や持てる量が圧倒的に増えた》

 

 屋内での事務職の場合、会議室への移動などをはじめ、書類を持ちながら職場内を移動する機会もあることでしょう。そんなとき、車いすを自走していると書類を膝にのせて移動することになります。束やファイルではなく紙数枚だとしたら、走行時に受ける空気抵抗で書類が飛んでしまう危険性が潜んでいます。また、飛ばない工夫をしていたり重量のあるものだったとしても、段差を越えるときにキャスターを上げた際の振動で落ちてしまう、という事態にもなりかねません。このとき、電動車いすだったら、空いているほうの手で書類を持つ、あるいは、押さえておくことが可能なのです。傍目には小さなことだけれど、当事者にとって、その安心感は絶大です。

 

 《ビュッフェに行きやすくなった》

 「プライベート編」ですが、ビュッフェといえば、いろいろな種類のお料理やデザートの中から、自分の好きなものを好みの量だけとることができる点が醍醐味でしょう。自走だとお皿を持ちながらでは車いすの両輪をこげないので、「お皿onおぼん」を膝にのせるしかなく、危なっかしい状況でした。でも今は、お皿片手に移動できるので、安全かつ安心してビュッフェを満喫できるようになりました。

 

致命的!? 電動ゆえの不都合

 「こがなくていいから楽になったんじゃない?」「便利そうだね♪」

 車いすを乗り換えた当初によくまわりの人から言われた言葉です。確かに、"楽"ではあるけれど、決してそれだけではありません。これまで書いた通り、「プラスの変化」があった一方、不便になったことも多く、「一長一短あるものだなぁ」というのが正直な感想です。

 

毎日の試練 電動車いすを自動車へ

 主な「不便」の根源は、重さとバッテリーに起因するものでした。

 私の生活に自動車は欠かせない移動手段です。車いすの積み下ろしにはリフトを使っていましたが、電動車いすの重量があだとなりました。車いすの総重量が10キログラム(自走)から33キログラム(電動)となり、耐荷重20キロのリフトでは持ち上げられないという事態が発生したのです。リフトのモーターに改良を加え、耐荷重50キロまで大幅パワーアップし、電動車いすでも今までのように自動車に乗れる環境を整えました。

 

 しかし、10キロの自走を積み込むのとは訳が違います。今までのは棒切れだったんじゃないかと錯覚を覚えるほど電動は重く、積み込むのは容易ではありません。実際はリフトが支えているので直接的な荷重はないはずですが、相当に気合いが必要な動作となってしまいました。車の運転が好きなだけに、積み込みが億劫(おっくう)になるのは辛いことです。

 

「ちょっと抱えてください」が言えない・・・

 街中では2、3段くらいの"ちょっとした階段"が、たまに見受けられます。今までは、自走+私でも2人いれば抱えられる重さだったので、「ちょっと抱えてください」と、周囲に助けを求めることができました。私の中では、"ちょっとした階段"はバリアではなく〈車いすでも行ける場所〉という認識だったのです。

 

 このときの重量差分23キロは大きいもので、抱えてほしいなんて言えたものではありません。ときには、飲食店などで「抱えるから大丈夫ですよ」とおっしゃってくれる場合もあるのですが、『本当に重いですよ? 大丈夫じゃないと思います・・・。』と、自粛ベースの不思議なやりとりが生まれるようになりました。

 

 ただでさえ車いすで行けるところは限られています。それに輪をかけて制限されるようになったので、出かける際の下調べがより重要になりました。

 

バッテリーは命綱

 もうひとつ不便なのは、「バッテリー」に関することです。残量が気になるのは、電動車いすにもスマホにも共通して言えることですが、その影響度は大きく異なります。スマホの電池が切れても外部と連絡がとれなくなるくらいだけれど、電動車いすが動かなくなったら、自走のできない私はその場から身動きがとれなくなってしまいます。もし、そこが踏切内だったらーー。横断歩道の途中だったらーー。そう考えるだけで恐ろしい・・・。そんなことになったら周りにも迷惑がかかるので、常日頃から走行距離とバッテリー残量を気にかけるようになりました。思えば、よく行く道程は、どのくらいバッテリーを消費するのかを実測し、考え得るさまざまなルートをシミュレーションしたものです。

 

 とくに、出張などで遠出をする場合は気を遣います。充電のタイミング、コンセントの有無、フル充電にかかる3時間などを考慮しなければなりません。お泊りセットと合わせて充電器も携帯するので、荷物も増えてしまいました。

 

善悪受け止め、楽しい「電動ライフ」を

 そもそも今回の乗り換えは、13年前(当時14歳)に患った小児がんの晩期合併症によって車いすをこぐことができなくなったために下した、苦渋の決断でした。私は、まだまだ自走式車いすでいたかったし、次に乗りたい車いすの目星もあって、自走に後ろ髪を引かれつつ渋々乗り換えたという経緯があります。マイナスイメージを大きく感じているのには、そんな背景も影響しているのかもしれません。もし自らの意思で電動になっていたとしたら、この現実の受け止め方も違うものになっていたことでしょう。それでも、やはり「自転車から電動自転車」への乗り換えのように、手放しで喜べるものではないことは確かです。

 

 しかし、今回の最大の目的は、自走動作による骨盤骨折を防ぐことでした。自走をつづけた末に早々と寝たきりとなってしまったのでは、元も子もありません。そんなリスクを回避し目的を達成できたのだから、「マイナスの変化」も受け入れて、前向きに新たな生活スタイルを作っていきたいと思います。

<アピタル:彩夏の〝みんなに笑顔を〟>

 http://www.asahi.com/apital/column/ayaka/

(アピタル・樋口彩夏)

アピタル・樋口彩夏

アピタル・樋口彩夏(ひぐち・あやか)

1989年、東京生まれ。中学2年の時、骨盤にユーイング肉腫(小児がん)を発症。抗がん剤、重粒子線などの治療を経て、車いすでの生活に。「いつ、誰が、どんな病気や障害をもっても、笑顔で暮らせる日本にしたい!」を目標に日々、奮闘中。当事者の視点から建設的に伝えることをモットーに執筆・講演も行っている。