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 「上を向いて歩こう」の作詞やベストセラーとなった「大往生」の作者として知られる永六輔さんは、昨年7月、83歳で亡くなりました。パーキンソン病と前立腺がんを患った後もラジオ出演を続け、自らの病気の報告をしながら「一緒に年をとりましょう」と呼び掛けました。がんが骨に転移して要介護5と認定されると、長女の千絵さん(58)ら家族は一時、介護施設へ入所させることも考えました。ただ、「父は家で過ごしたいはず」と、在宅での療養を決意。亡くなる前日まで、娘ら家族と笑って過ごす、まさに「大往生」でした。

 

僕ってそんなに悪いの?

 永六輔さんの長女でエッセイストの千絵(ちえ)さん(58)のもとに、父親から珍しく電話がきたのは2010年11月17日の夜だった。

 「僕、今、どこにいると思う? 実はね、救急車に乗ってるの」

 千絵さんは驚いて、「どうしたの?」と問いかけた。

 永さんは東京都内でタクシー乗車中に衝突事故に遭い、警察官に「大丈夫」と伝えたものの、救急車を呼ばれたという。弾んだ声で話す永さんは、初めて救急車に乗るのを楽しんでいるようだった。

 搬送先の病院で頭部などの検査を受けたが異常はなく、その日のうちに帰宅できた。

 当時、パーソナリティーを務めていたラジオ番組でもこの経験を話題にした。

 「事故に遭ってから、パーキンソン病の症状がよくなったって言われるんです」

 患っていた自身の病気と絡めて、笑いを誘った。

 永さんは08年ごろから、足のすくみや字の書きづらさ、箸の持ちにくさを感じるようになっていた。ろれつが回らなくなり、リスナーから「声が聴きづらい」というはがきが届いた。

 事故の1カ月ほど前、荏原病院(東京都大田区)神経内科を受診し、横地正之(よこちまさゆき)医師(75)=現在は国際医療福祉大学三田病院=にパーキンソン病と診断された。

 薬を飲み始めると、言葉がなめらかになり、字もふつうに書けるようになった。歩く時に、体が前のめりになって足が小刻みに出てしまう「突進歩行」も改善した。

 横地さんからは「歩くことはいいことです。ただ、転倒にはくれぐれも注意を」と言われていた。

     ◇

 「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」の作詞で知られ、1994年には自らの死生観を記した「大往生」(岩波新書)がベストセラーになるなど、多方面で活躍した永さんは83歳だった昨年7月、自宅で亡くなった。

 ラジオ番組の中で、前立腺がんでホルモン療法を受けていることや、パーキンソン病であることを公表した。

 永さんは「大往生」の中で、自身に宛てた「弔辞」として、こう記している。

 〈旅暮らしの中で、一番好きな旅はと聞かれ、「我家(わがや)への帰り道」と答えた永さんです〉

 千絵さんは、病気になっても、父はできるだけ家で過ごしたいと思うだろうと考えていた。

     ◇

 永さんが再び救急車に乗ることになったのは、事故から約1年後の11年11月。

 自宅で転び、足の付け根にある「大腿(だいたい)骨頸(けい)部」を骨折した。高齢者の骨折で最も多い場所で、寝たきりの原因にもなりやすい。運ばれた病院に入院することになった。

 入院中、「せん妄」が出た。認知機能に異常がないのに、意識がもうろうとして、意味が通らないことを口にする症状だ。高齢者が入院した時などにしばしばみられる。

 足の骨が折れているのに「はいっ、帰ります!」と突然言いだし、ベッドから立ち上がろうとした。用もないのに、ナースコールを繰り返したこともあった。

 約2カ月後に退院すると、仕事で外出する際は、車椅子を使うようになった。千絵さんは、ひとり暮らしをする永さんに朝食を食べさせるため、毎朝、実家へ通い始めた。食事は、妹でフリーアナウンサーの麻理さん(55)が作り置きしておいてくれた。

 午前8時すぎに千絵さんが実家に着くと、永さんはリビングでテレビを眺めていることが多かった。「おはよう」と声をかけると、永さんは「大丈夫だから、来なくてもいいよ」と娘を気遣った。

 千絵さんが食卓に朝食を並べながら「薬を飲むんだから、ちゃんと食べて」と頼むと、しぶしぶ席についた。

 14年には背骨の圧迫骨折もわかり、次第に家の中の移動にも家具につかまらないと、難しくなった。

 その年の夏、千絵さんは家族のほかに、父の面倒を見てくれる人を探そうと考えた。ただ、見ず知らずの人を家に入れるのはためらわれた。「『永六輔は、家ではこんなによぼよぼのおじいさんなのか』と驚かれるだろうな」と想像すると、踏み切れなかった。

 浮かんだのは、02年に永さんの妻の昌子(まさこ)さん(当時68)をがんでみとった際、訪問看護をしてもらった鈴木紀子(すずきのりこ)さん(65)だった。

 鈴木さんがあいさつに訪れると、永さんは不安そうにこう尋ねた。

 「僕ってもう、そんなに悪い状態なの?」

 鈴木さんの登場は、妻の時と同じように、最期が近いのかと感じたようだった。

 

車椅子で外出、景色を楽しむ

 パーキンソン病の影響で足元がふらつくことが増えた永六輔さんは、2014年春から週に数回、看護師に来てもらうようになった。妻の昌子さんががんで在宅療養した時に担当してもらった在宅看護研究センター(東京都新宿区)の鈴木紀子さん(65)で、自分の病状が深刻なのかと不安がる永さんに笑顔でこう語りかけた。

 「これからますます輝いていただくために、来たんですよ」

 かつて鈴木さんは昌子さんを訪ねた際に、永さんから「妻は笑い声が好きだから、どうか笑っていてください」と言われたことを覚えていた。「永さんの看護でも、笑ってもらおう」と考えた。

 訪問看護は医師の指示を受けた看護師が、自宅での療養を支援する。だが、仕事で各地を旅してきた永さんは「自宅にいても、少しでも外の風を感じたい」と希望した。そこで、鈴木さんは長女の千絵さん(58)とも話し合い、公的保険での看護に加えて、訪問のたびに、保険適用外の個別対応で、1時間半ほど車椅子で外出する時間をつくることにした。

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