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 前回は、部下の望ましい行動を一度きりにしないためには、ポイントや到達度などを「視覚化」して、行動を維持できるようにする工夫についてお伝えしました。

 今回は、上司として「部下にどんな行動を望むか、具体的にいえますか?」というテーマです。

 昔、私がまだある医療機関の精神科に勤務していた頃のことです。ベテランのスタッフが受け持ちの患者さんについてぼやいていました。

 スタッフ 「あの患者さんはちっとも治療に専念しない。退院や娯楽の要求ばかり」

 精神科への入院には、本人が同意して治療の必要性を感じて治療する場合と、本人の病状があまりに悪化して、このままだと自殺や他の誰かを傷つける恐れがあるときに、同意なしで入院する場合があります。この患者さんは後者だったのです。ですから、「治療に専念しない」ということも、無理もない話です。別に本人は希望して入院したわけではないのですから。

 それでも多くの患者さんは、落ち着いた頃に、しかるべきタイミングで、しかるべき説明を受けて、治療の方針に納得されて治療は進んでいきます。

 しかし、この患者さんは、穏やかに治療に同意したにもかかわらず、治療が進んでいきませんでした。治療を拒否しているわけではありませんし、むしろ大人しく何にでも応じてくれます。しかし、なんといいましょうか、主体性がないのです。受け身で、医療者がいうことに「そうです」とか「特にありません」とかいうばかりで、自分のことをあまりにも話しませんでした。

 私はその医療スタッフに尋ねてみました。

 私 「では、あの患者さんがどんな行動をとったら、治療に専念したことになるでしょうね? それが患者さんに伝わっていないのでは?」

 スタッフは困惑しました。うまく言葉にならないからです。

 スタッフ 「もうちょっと、まじめに、なんというか、治療の必要性を感じて、主体的になってもらわないと・・・」

 私 「あの患者さんのどの行動が問題で入院になったのか、それをどう変えたらいいのか。どういう方法ならその行動を二度ととらずにすむのか。そのためには入院生活のどの場面でどういう行動を期待するのか、などみんなで具体的に話し合ってみませんか? 主体的って言葉をどういう行動で示すべきか、共通して理解しておかないと本人だって努力のしようがないですよね」

 

 医療スタッフ数名でこの点についてよく話し合いました。「まじめな入院生活」ってそもそも何なんだ? どうなったら、治療が成功なんだ? この方が退院する時に身につけておかなければならない知識や行動は何なのだ? 改善しておかなければならない対人関係は誰となのか?

 医療者の中ではっきりと言語化されていなかったことが多くありました。同じ認識をもっていると思っていた医療者同士にも、いざ具体的に言葉にしていくと、違いが多くありました。

 医療者の間でもこれだけ定まらないのですから、患者さんは混乱して当たり前です。

 ずいぶんやりとりをして整理してから、患者さんも交えてミーティングを開きました。これからどんな方針で治療を進めて行くかというテーマです。そこで、具体的な治療の必要性や方針、日常でどんな行動を学ぶ必要があるのかを共有し、どのような行動に到達すれば退院となるのかが明確に示されました。

 

 その後も、日常的なやりとりを変えていきました。やりとりを次のように言い換えたのです。

×これまでの言い方:「もう起きる時間ですよ。起きてください」

◯言い換えた言い方:「退院後の一人暮らしに向けて、今から自分で起きる習慣をつけましょうね」

 

×これまでの言い方:「テレビばかり見ていないで入院中になにをすべきか考えましょう。」

◯言い換えた言い方:「◯◯さんは入院中に自分の病気のことを学んで、今後の一人暮らしのときの自炊の仕方や、ストレスとのつき合い方、家族とけんかになりそうなときの対策を考えるのでしたね。」

 

×これまでの言い方:「主体的に治療を受けてみましょう」

◯言い換えた言い方:「◯◯さんは昔ストレスがたまっていたときにイライラして家族に暴力をふるったでしょう? あの治療プログラムは、ああいうときにどうしたらよかったかを学べるんですよ。思い出したくないことでしょうけれど、今入院中に自分のイライラや暴力について話しておいた方が、対策できるからいいんですよ」

 

 こんなやりとりを丁寧に重ねていくことで、この患者さんはみるみる治療が進んでいきました。患者さんいわく、「これまでまじめに、とか一生懸命やれっていわれても、何をどうしていいのか、さっぱりわからなかった。自分だって早く退院したかったから、教えてもらえて助かった」とのことです。

 一連の過程で、相手に望む行動を「具体的に」伝えることの重要性を感じました。それに、相手にその行動がなぜ必要なのか、どんな結果をもたらすのかという情報も加えなければなりません。

 

 部下を指導する時に、「会議で主体的になってほしい」と希望する上司は、どんな具体的な行動を要求すればいいのでしょう。会議で挙手して意見を言うことでしょうか? うなずきながら他の人の意見を聞くことでしょうか。会議録を正確にとることでしょうか。他の人の発言に対して別の角度から意見をすることでしょうか。そして、その行動でどんな結果を求めているのでしょう。

 さらに、その行動は確かに求めている結果を引き起こすでしょうか? これがずれていると、部下が頑張って行動を変えてくれても、よい結果が起こりません。もし、この部下に対して「もっと優秀な営業マンになって売り上げを伸ばす」ことを期待しているのならば、会議での言動を変えることは、直接売り上げとは結びつかないでしょう。間接的すぎます。

 できれば部下にも、要求した行動の結果をすぐに共有するといいでしょう。たとえば、「会議で自分の意見をいうことができれば、他の社員から賛同が得られる」とか、「会議で自分の意見をいうことができれば、他の社員も続いて意見を出しやすくなって会議が活性化する」とかです。そうすると部下は「上司のいうとおり行動したら、よい結果が得られた! あの人の言うこと聞いておけば間違いない」と信頼するようになるのです。

 

 とはいえ、「この行動をしたら確実にこういう結果になるぞ」と自信をもっていえますか? 「主体的に」などの観念的で抽象的な行動ではなく、具体的で部下がそのとおりにすぐに実行できるような行動です。それが確実に、結果を生むといえますか? しかもなるべく早く得られる結果です。「職場の雰囲気がよくなる」のような抽象的な結果ではなく、数字になるとか目に見えるような結果だといいでしょう。

 天性の話術の持ち主で、これまでの営業成績に自信のある人でも、いざ部下を持ったときに、どうやって売り上げを伸ばすのか、どういった言動が売り上げに直結するのかを具体的にアドバイスできるかどうかは別の話です。経験的に知っていることを、いざ細かく具体的な行動に落とし込む作業はかなり大変なものです。「そういうのは、いちいち言葉にしなくても、見て学ぶものだ」と言う人も大勢いるでしょう。でも、それを具体的に記述できれば、もっと短期間に、効率よく、部下に伝えられることでしょう。察しの悪い部下だとしても適切に教育することができるでしょう。

 

 これはちょうど、いつも何気なく運転している自転車の乗り方を、いざ言葉で説明しようとすると難しいことと似ているかもしれません。まず、自転車のスタンドのロックを解除するところを、どう表現したらいいでしょう。それからサドルに乗ってバランスをとりながら漕ぎ始める塩梅を、どのように説明したらいいでしょうね。

 もう感覚的にはできていることを、いくつもの行動に分解して、さらにその理由を付け加えるなんて、こちらの頭を一旦すべてリセットして初心者に戻さないとなかなか難しいものですね。これが誰かに教える行為のもっとも難しいところであり、面白いところかもしれません。こうしてみると子育てと共通していますね。

 

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 大人のADHDの特徴で、日々の生活でお困りの方を対象にした集団認知行動療法(グループカウンセリングの一種)を福岡市と東京都文京区で行います。研究目的のグループです。全8回のプログラムで、週に1回、約2カ月間で時間管理を実践し、身につけます。

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アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。