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 医療や介護のイノベーター(変革者)の取り組みや考え方、そしてそれを支える組織の作り方をコラム形式で解説してきた武藤真祐さんの連載「医療の実践型リーダーシップ」も、これが最終回です。「シンガポールの挑戦」「日本の強みと弱み」「スタッフを育てる」「海外の視点「医療のこれから」などのシリーズは、現場で取り組む方たちに刺激的な面もあったと思います。このコラムの最終回では、武藤さんがなぜ、このように考え、取り組むのか、その原点と注意すべき視点について語ってくれました。(アピタル編集部)

 

 私が最初に海外での経験をしたのは小学校4年生の時でした。父親がサバーティカル(長期休暇)でイギリスのケンブリッジに1年間住み、英文学の研究をしていたのです。私はほとんど全く英語が話せないまま現地の学校に入り、コミュニケーションはかなり苦労しました。しかし、先生も友人からも親切にしてもらい、この時から多様性への理解が始まったのかもしれません。その次の海外経験は大学6年生夏休みの時にアメリカにあるハーバード大学医学部で過ごした2カ月間です。向うの医学生と一緒に学生実習を行ったのですが、この時に頭をハンマーで殴られるような気持ちを味わったのです。それまでは東京大学医学部ということに甘えて必要最小限の勉強しかしませんでした。5年生でアメリカの医師国家試験であるUSMLEのStep1、6年生でStep2に合格はしていたものの、大学卒業と日本の国家試験合格をクリアすれば良いと考えている普通の大学生でした。その状態でハーバードに行き、彼らの勉強に熱心に取り組む態度、豊富な医学知識と思考過程に圧倒されたのです。言葉の問題もあり大きな挫折でした。大学6年間何をしていたのだろう、と心から反省しました。バイトと麻雀ばかりの大学生活を過ごしていたので世界からは大きく遅れてしまっていたのです。自分の不勉強さを恥じるとともに医学部教育の問題も感じました(最近は改善されているようですが)。また世界でもう一度挑戦するのだ、という強い決意をもって帰国したことを今でもよく覚えています。マッキンゼーという外資系のコンサルティング会社に勤務したことやINSEAD(シンガポール)やJohns Hopkins(アメリカ)の大学院に入学したのもその思いから始まっています。そして何より実際にシンガポールで在宅医療を開始し、開発したICTシステムをシンガポールだけではなくて他のアジア諸国にも展開しようとしていることは、ハーバードでの経験がドライブしているのだと思います。

 

 このように海外へのチャレンジは一つの経験がきっかけでした。振り返ると人との出会いや偶然見たことが自分の人生を大きく変えてきたのが私の生き方です。良くない人との出会いや偶然見たことの解釈の間違いが誤った方向に人生を連れて行きそうなこともありました。しかし、何らかの力が働き、結局、今に至るまで信頼できる仲間たちといくつかの活動を進めることができています。この力のほとんどは外部からのものです。叱咤激励をしてくれる身近な人がいるからこそ前に向かって行けるのです。また内部からの力としては、以前に書きましたが「真善美」「鳥の目、虫の目、魚の目」などがあります(http://www.asahi.com/articles/SDI201510145075.html)。幽体離脱をするように自分を客観視することも学んで来ました。自分の内面に常に作用・反作用の力を持ち、マクロでは大きなベクトルを生み出しながらもミクロでは細かなバランスをとるようにしています。

 

 では、その大きなベクトルを生み出す原動力はなんだろうか、と最近考えます。一つ言うならばそれは「将来の機会損失を恐れること」ではないかと思います。イノベーター・オブ・ザ・イヤーを2015年に受賞した際のスピーチで私は「リスクを楽しむ」ことの重要性を話ました。しかしこのリスクとは闇雲に無茶苦茶な生き方を選ぶことではありません。当然何かを選ぶ際には今後起きることのレンジを考えます。良いことも悪いこともあるでしょうし、得るものも失うものもあります。まずはそれを予期し、現行しているプロジェクトや将来の可能性あるプロジェクトとの相対的なポジションを考え、そしてレンジがあることのリスクを全体の中で取るかどうか決めます。そして取ったリスクのなかで、実際に起きることを楽しんでいるのです。もちろん予期した以上に辛いことも多々あります。しかしそれは幽体離脱しながら反作用の力でダメージを減らしていきます。

 

 私が恐れるのは、失敗するリスクではなく将来のチャンスを逃すリスクです。自分に準備ができていないと、チャンスが来ても捉えることは困難です。ではどんな準備をすれば良いのか。それの示唆をくれるのは、自分を客観的にみてチャンス到来時に必要なものは何か、自分と一緒にいる仲間・将来一緒にやってくれるであろう仲間を集めても足りないものは何か、それを鳥の目、虫の目、魚の目で考えることなのです。私の両親の教育方針は「なにかやりたいことがあっても能力がなくできない人間にはさせたくない」でした。この教えには今でも感謝しています。ボーイスカウトにもありますが「備えよ、常に」。そうすればセレンディピティ(予想外の発見)は偶然起こるのではなく必然だと信じています。

 

これまでのシリーズ

現場発のイノベーションで高齢社会を支える(http://t.asahi.com/iot2別ウインドウで開きます)2回

シンガポールの挑戦(http://t.asahi.com/j82e別ウインドウで開きます)5回

日本の強みと弱み(http://t.asahi.com/j82d別ウインドウで開きます)6回

スタッフを育てる(http://t.asahi.com/j82c別ウインドウで開きます)7回

海外の視点(http://t.asahi.com/iycn別ウインドウで開きます)4回

これからの医療(http://t.asahi.com/n2oc別ウインドウで開きます)4回

【動画】武藤真祐さんインタビュー(https://www.youtube.com/watch?v=d4gj_nKg3_Q別ウインドウで開きます

 

<アピタル:医療の実践型リーダーシップ・これからの医療>

http://www.asahi.com/apital/column/innovator/(アピタル・武藤真祐)

アピタル・武藤真祐

アピタル・武藤真祐(むとう・しんすけ) 医療法人社団鉄祐会祐ホームクリニック理事長

2002年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。三井記念病院などにて循環器内科、救急医療に従事後、宮内庁で侍医を務める。その後マッキンゼーを経て、2010年医療法人社団鉄祐会を設立。2015年、シンガポールで「Tetsuyu Home Care」を設立し、同年8月よりサービス開始した。現在、東京医科歯科大学医学部臨床教授、厚生労働省情報政策参与も務める。INSEAD Executive MBA。