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 寝たまま天井を見上げる生活が続くこと、1カ月半がたちました。最近になって、容体の快方とともに社会復帰へ向けた準備をはじめられるまでになりました。

 

 繰り返される骨盤骨折は、13年前に患った小児がん(ユーイング肉腫)の「晩期合併症」です。病気が治ったとしても、こうして現実と向き合い続けなければならないのです。身動きの取れない寝たままの生活が再来し、半ば自暴自棄になっていました。しかし、このままずっと仕事もできずに寝ているわけにもいきません。座れるようになったら、すぐに活動を再開できるよう、ふたたび前を向いていこうと思います。

 

 そのためには、骨折の再発リスクを軽減する対策を考えなければなりません。第一に、重粒子線の副作用で骨が本来もっている硬度や再生する力を失った仙骨にかかる負荷を、少しでも減らす必要があります。負担となっている日常動作は何かと生活を振り返ってみた結果、「車いすを自動車へ積み下ろす動作」が一番の負担だという課題が見つかりました。

 

 車いすユーザーが自動車に乗るときは、健常者のように身体ひとつ乗り込めばOKというわけにはいきません。足代わりとなるmy車いすも一緒に積み込む必要があるのです。私の場合、重いものを持つと骨盤が折れてしまうので、リフトの助けを借りて積み下ろしていました。その際、車内のスペースと動線の関係で、積み込むときには車いすを折りたたむ動作が、積み下ろすときには車いすを開く動作が付随しています。35キログラムほどの電動車いすを開閉するのは、けっこう力がいるもので、それが仙骨に負担となっているようでした。

 

 それを解消するために、車いすを折りたたまず、そのまま乗せられる環境を整えることが急務となったのです。今、乗っている自動車では、介助者が荷室に積むことはできても、私がひとりで積み込めるわけではありません。自動車の買い替えと合わせてリフトの見直しもすることになりました。

 

 いざ、自動車を探し始めると、今回のニーズは結構な難題のようです。また、条件に適う自動車を探す以前に、障害者における交通モビリティに対する捉え方が、立場によって大きく異なるということを、さまざまな人に相談をする中で再認識することにもなりました。

 

 ある人は、「座席を全部取っ払って、ボーンと積んだらいいじゃん。こてこての福祉車両になるけど、それくらいの犠牲や我慢は仕方ないでしょ」と言います。

 

 またある人は、「乗れる車ではなく、乗りたい車に乗れる工夫を考えよう」と話してくれました。

 

 そして、またある人は、「そんなニッチなクルマ探しに労力を使ったり、改造する費用がもったいない。いっその事、介護タクシーでいいんじゃない?」と言いました。

 

 「車いすユーザーと自動車」という、ひとつの関係性を見たときに、これほど多様な価値観があるのだと気付かされます。

 

 改めて、自身に「私にとって自動車とは?」と問いかけてみると、思い起こされるのは、ひとりで車いすをこげないほど弱っていた発病からの数年間でした。

 

 私にとって自動車は、ただの移動手段ではありません。自力では車いすをこぐこともままならず、思うように動けないーー。そんな私でも、自動車に乗りさえすれば、健常者と同じように自由自在に動けるようになるのです。「魔法の乗り物」と言っても過言ではありません。車の免許をとって「移動の自由」を得たときの喜びは、筆舌につくせないほどです。

 

 それくらい、発病から今まで「移動」というものに対して、たくさんの我慢をしてきました。

 

 座ることもできずベッドで過ごしていたときは、ひとりではどこへも行けないもどかしさ。だれかに介助してもらわなければ何もできず、常にだれかが傍にいることの息苦しさ。もちろん介助してくれる家族の存在には感謝しているけれど、だれだって一人の時間が必要なときもあるはずです。

 

 やっと自分の手で車いすをこいで出かけられるようになっても、そう長くは続きません。晩期合併症で電動車いすを余儀なくされたときは、14歳のときに生きることを選んだ自分を恨みました。

 

 そして、また骨盤が折れた今、座る時間も減らして、やりたいことも我慢して、将来の夢も諦めて、これ以上何を犠牲にすれば普通の生活が送れるのか分からないくらいです。どうせ、また折れるのだろうし、いつかは座ることさえ困難になってベッド上の生活が待っていると思うと、やりきれません。

 

 それでも、なるべく前を向いて、生きているのです。

 

 だれの手も借りずに、自らの意思で思うままに動ける自由があるということの尊さは、普通の生活の中からは見出しがたいかもしれません。けれども、自動車を運転するたびに「幸せ」を痛感する私にとって、「移動手段」以上の価値があるという点が揺らぐことはないでしょう。

 

 また、自家用車の代替手段として、介護タクシーという手段もありますが、台数も少なく、突発的な利用は不可能なのが現状です。突然の体調不良で病院へ行かなければいけないとき、自力での運転が困難だったので、介護タクシーを頼ったことがありました。しかし、近隣の5、6社に問い合わせても、「終日、予約でいっぱい。」となすすべがありません。生活の中では、前々から予約をできる予定ばかりではないので、介護タクシーの普段使いも現実的ではないように思いました。

 

 介助者がいる前提で作られた福祉車両ではなく、「自分で運転できる、かつ、電動車いすを折りたたまずに積める自動車」というニッチなところですが、社会復帰のためクルマ探しに励みたいと思います。

 <アピタル:彩夏の〝みんなに笑顔を〟>

 http://www.asahi.com/apital/column/ayaka/(アピタル・樋口彩夏)

アピタル・樋口彩夏

アピタル・樋口彩夏(ひぐち・あやか)

1989年、東京生まれ。中学2年の時、骨盤にユーイング肉腫(小児がん)を発症。抗がん剤、重粒子線などの治療を経て、車いすでの生活に。「いつ、誰が、どんな病気や障害をもっても、笑顔で暮らせる日本にしたい!」を目標に日々、奮闘中。当事者の視点から建設的に伝えることをモットーに執筆・講演も行っている。