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 外来診療をしていると、母子手帳の予防接種欄はなぜこんなに使いづらいんだろうかと毎日のように思います。保護者の方も、次のワクチンは何をいつ受けるのか、受け漏れはないかを確かめるのに一苦労ではありませんか?実は、医療関係者にとっても大変なんです。

 

 母子保健法では、母子手帳での記載順は定期予防接種が先、任意接種が後のページという決まりになっています。任意接種だったワクチンが定期接種になることが、近年は続いていますから、年齢によってそれぞれの子が持参する母子手帳のワクチン欄が異なるので、前ページを見たり後ろページを確かめたりしなければいけません。ワクチン欄が一杯になっていると、紙が貼ってあったり、別のページに書いてあったりしているので、確認に時間がかかります。一方、外国の母子手帳を持つお母さんだと、受けるべき時期の順番にワクチン名が書いてあるものがあって合理的です。ほとんどの国で、ロタウイルスワクチンもおたふくかぜワクチンも公費だし、定期・任意という分類は日本独自のものです。

 また、先進国に限らずいろいろな国で乳児期を過ごした場合、日本人の子どもとは違う混合ワクチンを受けています。日本の4種(ジフテリア、百日咳、破傷風、ポリオ)に加えてヒブワクチンが入っている5種、さらにB型肝炎ワクチンが入っている6種、MMR(麻疹・おたふくかぜ・風疹)の3種、MMRに水痘を加えたMMR-Vの4種があります。当然、子どもは痛い注射を打たれる回数が少なく、保護者と医療関係者にとっても受け忘れや確認漏れのリスク、誤接種が減ります。実はそれだけでなく、ワクチンにかかる費用も少なくなるのです。

 

 「ワクチン陰謀論」というものがあります。多くの子どもにワクチンを受けさせるのは、製薬会社のためだとか、病院や診療所が潤うからだというデマです。ネットで調べるとワクチンにまつわる陰謀論はものすごくたくさん出てきますが、陰謀を裏付けるような根拠となる試算をしているものはないようです。実は、感染症の患者さんを治療するほうが、ワクチンを接種するよりも医療費は多くかかることがほとんどです。ワクチン事業は儲かるためにやるものじゃないんです。

 例えば、アメリカで2006年にロタウイルスワクチンが定期予防接種になり、医療費が推計2億7800万ドル削減されました。この論文(N Engl J Med. 2011. Sep 22;365(12):1108-17.米国の小児におけるロタウイルスワクチンと下痢の際の医療機関の利用  https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21992123別ウインドウで開きます )によると、ロタウイルス感染症による入院が75%減り、下痢による救急外来と一般外来の受診率も減りました。

 日本では定期予防接種になった場合の試算をしている先生によると、ロタウイルス感染症にかかると医療費として入院で136000円、外来で14000円かかり、それぞれ日本での年間入院数が78000人、外来通院数が790000人なので合わせて医療費は約217億円です(川村尚久 臨床と微生物37巻3号新しいワクチンの国内導入 ロタウイルスワクチン)。

 一般的には、2回飲むロタリックスも3回飲むロタテックも同じ金額で、現在は自費なので医療機関によって違いはありますが、2万7000円くらいですが、国が大量に購入することによりアメリカ並みの価格になった場合は約2万円です。日本の出生数は年間でおよそ100万人、単純計算すると費用は200億円になるので、ワクチン費用のほうが医療費より安くなります。しかし、厚労省の審議会の資料では、逆にワクチンを打ったほうが9.2~50.4億円医療費が増える試算になりますhttp://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000128400.pdf別ウインドウで開きます。アメリカは3年間で膨大な金額の節約になったので、実際にはこの中間くらいになるのではないでしょうか。

 数字以上に大事なことは、ワクチンのお陰で病気で苦しむ子どもが減ることです。看病する親は、苦労も減り仕事を休まなくて済むので家族も会社も助かります。子どもにワクチン接種することは、とても費用対効果の良い保健事業なんです。

 

 ワクチン接種を積極的に行ってもらうには、保護者の経済的負担を減らすことが有効です。ロタウイルスワクチンに自費で2万7000円かかるという理由で、接種を躊躇する人が多いのも当然です。きょうだいがいたら、この金額かける2倍、3倍…ですね。定期予防接種にして無料化する、同時接種にして受診回数を減らす、そして多くの先進国で採用されている混合ワクチンを使い、子どもの痛さを軽減するとともに、誤接種や受け忘れをなくすというのが最善の方法です。日本でも5種混合ワクチンを開発中ですが、抗原量が多いと発熱などの副反応が増え、抗原量を減らすと抗体の上がりが悪いというトレードオフもあり、まだ難しいようです。

写真・図版

 

 外国で作られたワクチンを採用する際には、安全性と有効性を確かめるために無作為化、二重盲検、プラセボ対象を多施設で行ったり、ときに国際共同試験を多国間で行ったりします。日本はその審査が厳しい上、とりわけ検定が厳しいのです。必ず自国民で治験し直し、安全性の確認をします。ヨーロッパは、欧州医薬品庁(EMA)の審査で認可されれば、EU加盟国それぞれでの承認が速やかに行われます。ヨーロッパ以外の国でもEMAやアメリカの食品医薬品局(FDA)が認可した場合、改めて国内で治験することなく審査している国もあります。日本で治験をして安全性を慎重に確認してから、定期予防接種にする利点はなんでしょう。確認を重ねることで、安全性と効果により信頼が増すでしょう。他には、日本人特有の副反応などがないか確認する目的もあるのかもしれません。また、外国産に頼りきりでは、何らかの理由で供給が途絶えた場合、感染症の蔓延につながりますから国内にも製造工場があったほうが安心という利点もあります。

 一方、デメリットもあります。調査と治験に時間をかけているうちに導入が遅れ、外国では制圧された疾患が日本にはまだ残ってしまいます。ヒブ・肺炎球菌ワクチンが定期予防接種になったのは2013年ですが、それ以前は医師が個人輸入して保護者が自費で打っていたのを覚えていますか。日本小児科学会が長年導入を厚労省に求めていましたが、ずっと聞き入れられませんでした。ヒブ・肺炎球菌ワクチンを個人輸入する医療機関が増え、自費で受けさせる保護者が増え、2011年に市区町村が助成を始めた後に、やっと厚労省は需要の後追いで定期予防接種化を決めました。日本は先進国と呼ばれますが、おたふくかぜは、いまだに一年中患者さんがいるし、ロタも重症化する子がいるのは残念です。

 自然災害でワクチンの製造工場が被害を受けたり、急な需要増加とワクチンの品質が確保できないことが重なったりして、受けたいときにワクチンが手に入らないということが相次いでいます。MRワクチンや日本脳炎ワクチンの接種がなかなかできなくて、今もなお苦労している保護者の方は多いと思います。こういうときに緊急措置として、もっと柔軟に外国のワクチンを打つことができればいいのにと思います。例えば、国産ワクチンは子どもに優先的に回して、大人にはMMR-Vがもっと手に入りやすくなったらいいですね。子どもは複数回打つ必要性から、互換性の確認がされているワクチンが望ましいし、大人は仕事を何度も休む必要があると接種率が下がるので、既に1回接種したことがあれば混合ワクチンのほうが便利だからです。

 

 5種・6種混合ワクチンを受けられず、毎月3~4本の注射をするのは子どもと保護者にとって重い負担になっています。ワクチンで防げる感染症による被害をなくすために素早さを優先するか、安全性を優先して自国でさらに研究調査を行って導入するか、こちらもトレードオフです。私はワクチン事業にもっと柔軟な姿勢があってもいいと思います。

 

<アピタル:小児科医ママの大丈夫!子育て>

http://www.asahi.com/apital/column/daijobu/(アピタル・森戸やすみ)

アピタル・森戸やすみ

アピタル・森戸やすみ(もりと・やすみ) 小児科医

小児科専門医。1971年東京生まれ。1996年私立大学医学部卒。NICU勤務などを経て、現在はさくらが丘小児科クリニックに勤務。2人の女の子の母。著書に『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』(内外出版)、共著に『赤ちゃんのしぐさ』(洋泉社)などがある。医療と育児をつなぐ活動をしている。