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 糖尿病とは、血糖値を下げるインスリンというホルモンの量または働きが不足してしまう病気です。生活療法や飲み薬だけではこれらが改善しない場合に、体外から直接インスリンを補充する治療法がインスリン療法です。

 インスリンは、1921年にバンティング博士とベスト博士により発見され、早くも翌年から治療薬として使用が開始されて以来、たくさんの患者の生命を救ってきました。日本では、いまだに注射でしか補充できませんが、その製剤も器具も大きく進歩しています。

 今回は、インスリン療法を中心に、新しい注射療法のグルカゴン様ペプチド1(GLP-1)受容体作動薬についても解説します。

1) インスリン療法の適応

 インスリン療法は、かならず必要な人(絶対的適応)の他、かならずではないがやったほうが望ましい人(相対的適応)にも行われます。

 表1に、日本糖尿病学会によるインスリン療法の対象となる例を示します。1型糖尿病の人や、糖尿病を合併した妊婦、全身麻酔が必要な手術を受ける人などは絶対的適応に、生活療法や飲み薬だけでは血糖コントロールがうまくいかない人などが、相対的適応になります。

 

【表1】インスリン療法の適応

写真・図版

 

2) インスリン療法に対する「4つの誤解」

 インスリン療法と聞くと、以下のような印象を抱くかもしれません。

  1 インスリン療法を一度始めたらやめられない

  2 インスリン療法は最後の手段で、インスリンを始めたらもう先が短い

  3 インスリンを注射すると、自分の膵臓(すいぞう)が怠けてインスリンを作れなくなってしまうから、なるべく打たないほうがよい

  4 インスリン注射はとても痛いし、低血糖が怖い

 

 これらは、すべて誤解です。

 1型糖尿病の患者では一生涯インスリン療法が必要ですが、2型糖尿病の場合は、通常は数週間から数カ月でやめられます。著しい高血糖・手術前後・感染症・ステロイド治療・妊娠時などで一時的にインスリン療法を行います。

 また、外部からインスリンを注射することによって、自分の膵臓を休ませてあげる治療法ですから、膵臓は怠けてしまうのではなく、膵臓がインスリンを作る力(分泌する能力)は、むしろ回復してきます。

 自分の膵臓を井戸、インスリンを井戸水にたとえれば、インスリン療法は外から「もらい水」をする治療法だと言えます。しばらく「もらい水」をしていれば、自分の井戸は枯れることなく、井戸水はまた増えてきます。

 器具や製剤も進歩しています。注射針はとても細くなり、お腹に注射しますが、ほとんど痛みは感じません。たしかに低血糖のリスクはありますが、頻度は減っていますし、使用量を守れば、心配はいりません 。前回解説しました、飲み薬のスルホニル尿素薬(SU薬)の方が、3~4日間も続く遷延性の低血糖をきたすリスクがあり、実は危険なのです。

 

 ただし、2型糖尿病でも、長期間血糖コントロールが不良なままで経過してしまうと、インスリンを作る力が極端に低下して、インスリン療法が止められなくなってしまう場合もあります。このため、インスリン療法の絶対的な適応はもちろんですが、相対的な適応でも、インスリン療法を怖がらずに、「なるべく早期に開始して、なるべく早期に離脱すること」が重要です。

 

3) インスリン療法の実際

 健康な人の場合、インスリンは空腹時も一定量分泌されており(基礎分泌)、食後はさらに追加で分泌されて(追加分泌)血糖値の上昇を抑えます。インスリン療法は、これらのインスリンを薬で補う治療法です。

 インスリン製剤はさまざまなものがあります。代表的なものに、1日1回の注射で基礎分泌を24時間補う 「持効型インスリン製剤」、 毎食直前に打って追加分泌を補い食後の血糖上昇を抑える 「超速効型インスリン製剤」、 超速効型インスリンと持効型インスリンがあらかじめ混合されている 「混合型インスリン製剤」 などがあります。

 いずれも、使い捨てのペン型製剤が主流です。ペン型の注射器に使い捨ての注射針を付けて、単位(量)を合わせ、お腹に当てて押すだけです。操作はとても簡単です。

 

【図1】ペン型インスリン製剤の使い方

 

 注射の打ち方には、以下のようにさまざまなパターンがあります。

 (1)持効型インスリンの1日1回注射法

 (2)混合型インスリンの1日2回注射法

 (3)超速効型インスリンの1日3回(毎食直前)注射法

 (4)強化インスリン療法(超速効型を毎食直前に、持効型を就寝前に注射する1日4回注射法)

 

 どの注射法を選択するかは、病気の状態および血糖コントロールの状況によって変わりますので、主治医とよく相談してください。

 

 このうち「持効型インスリンの1日1回注射法」は、「糖尿病内服薬を飲んでいるのに、血糖値がなかなか下がらない」「全身状態は良好で入院は必要ない」という場合に、外来で始めやすい方法です。

 内服薬はそのまま飲み続けながら、自分が最も打ちやすい時間帯(たとえば就寝前または夕食直前)に1日1回、持効型インスリン製剤を注射して、基礎分泌を補います。

 薬の量は、まずは体重を基準として、0.1単位/kgから始めます(たとえば、体重60kgの場合は6単位から開始)。1~2週間ごとに通院して、早朝空腹時血糖値をみながら、量を調節します。通常は2単位ずつ増量(または減量)して、早朝空腹時血糖値で80~120mg/dLくらいを目標とします.

 早朝の空腹時血糖値は、毎日自宅で測定してもらいます。測定に必要は機器などの費用は、公的医療保険の対象となります。

 この注射法は、1日1回注射であるため取り組みやすく、低血糖のリスクも少ないため、近年広く普及しています。

 

 1日の注射回数が最も多い「強化インスリン療法」は、1型糖尿病など、インスリン療法の絶対的適応の人に用いられる注射法です。

 

4) GLP-1受容体作動薬について

 次に、新しい注射療法の「GLP-1受容体作動薬」について解説します。これは、インスリンそのものを補うのではなく、インスリンの分泌を促す「インクレチン」というホルモンと同じ働きをする物質を、注射で補う治療法です。肥満型の2型糖尿病の人などに有効な治療法として、近年注目を集めています。

 

 インクレチンという消化管ホルモンの一つである「GLP-1」は、食事をとると小腸下部から分泌され、血糖値の上昇に応じてインスリンの分泌を促し、グルカゴン(膵臓から分泌される血糖値を上昇させるホルモン)の分泌を抑えます。また、食欲を抑える作用、食物が胃から排出されるのを遅らせる作用、膵臓のインスリンを分泌する細胞を保護する作用などもあります。

 ところが、体内ではすぐにDPP-4という酵素によって分解されてしまいます。そこで、分解されにくく、GLP-1と同じ働きをする成分を合成した「GLP-1受容体作動薬」という注射製剤が開発されました。日本では2010年から、この製剤が使えるようになりました。

 

 この薬は、すべてペン型の注射製剤です。1日2回投与のもの、1日1回のもの、週に1回でよいものなどがあり、現在は5種類の製剤が使われています。主な副作用は、下痢・便秘、腹痛などの消化器症状です。

 

 この薬は、インスリンと比べて、体重減少効果が期待でき、単独では低血糖をきたさない、という利点がありますので、インスリンを分泌する機能が保たれている肥満型の2型糖尿病患者では有効な選択薬の一つとなっています。

 ただし、インスリンの代わりにはなりませんので、1型糖尿病やインスリンを分泌する機能が低下している2型糖尿病の患者では使えませんので、その点には注意が必要です。

 

 なお、これまでにも解説してきましたように、糖尿病治療の基本はあくまで食事療法と運動療法です。注射療法から早期に離脱するためにも、生活療法は必ず続けてください。

 

 次回は、最終回です。近い将来の糖尿病治療の展望についてと、全体のまとめです。

 

<アピタル:よくわかる糖尿病の話・コラム>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/tounyou/(アピタル・岩岡秀明)

アピタル・岩岡秀明

アピタル・岩岡秀明(いわおか・ひであき) 船橋市立医療センター代謝内科部長

船橋市立医療センター代謝内科部長、千葉大学医学部臨床教授。1956年生まれ。1981年千葉大学医学部卒。日本糖尿病学会学術評議員、専門医、指導医。日本内科学会総合内科専門医、指導医。主な編著書「ここが知りたい!糖尿病診療ハンドブック Ver.3」(中外医学社)、「糖尿病コンサルトの掟」(金原出版)など。