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 心不全は心臓のポンプ機能が低下し、全身の倦怠(けん・たい)感や息苦しさ、足のむくみなど様々な症状が出る状態です。兵庫県姫路市の昭子さん(89)は症状が急に悪化し、県立姫路循環器病センターに3度緊急入院しました。医師からは施設入所を勧められたものの、昭子さんは自宅での暮らしを望みました。訪問診療や訪問看護、訪問介護などのサービスを受けながら、退院から2年たった今も自宅での暮らしを続けています。

 

気兼ねなく過ごしたい

 兵庫県姫路市の昭子(あきこ)さん(89)は、高齢者向け市営住宅の4階で一人で暮らす。慢性心不全の症状が急激に悪化して3度緊急入院したが、「とにかく家で過ごしたい」とその度に家に戻ってきた。隔週の訪問診療、週2回の訪問看護などを受ける。「みんなに支えられて、ボチボチやってます」

 心不全は、心臓のポンプ機能が低下して全身に必要な血液が送れなくなる状態だ。息切れしたり、足がむくんだりする。昭子さんは心房細動に加え、心臓の大動脈弁と僧帽弁で血液の逆流があり、かなり重篤だった。高齢で単身の場合、病院や施設など医師の目の届くところで治療を受けながら暮らす人が多い。

 2015年9月、県立姫路循環器病センターに3度目の入院をした。だが、どうしても家に帰りたいという昭子さん。退院後の暮らしを話し合う会議で、訪問診療を担う「くるす医院」の来栖昌朗(くるすまさろう)院長(59)は言った。

 「我々もできることはします。ただ、自宅に帰るということは、何かあったら間に合わないこともある。覚悟はできていますか」

 「どんなことになってもいいから、家に帰らせて」。昭子さんは両手を合わせて頼み込んだ。

 だれに気を使うことなく過ごしたかった。大好きなテレビのクイズ番組をみたり、歌番組を見ながら好きな歌を歌ったりしたい。市営住宅に同時期に入居した友だちと、楽しくおしゃべりしたい。そのように暮らしたかった。

 「絶好調やなぁ」。6月16日、2週間ぶりに昭子さん宅を診療のために訪れた来栖さんは話した。一方で「水面のギリギリを飛んでいるようなもんやから、無理したらあかんで」と注意も忘れない。

 退院した時には31・8キロだった体重が、少しずつ増えて34・5キロになっていた。来栖さんは心不全の診断指標となるホルモン「BNP」を見て、心臓の負担を軽くするために利尿剤の量を調整してきた。これ以上増えると危ない。

 「疲れたら、ゴローンと寝てます」と昭子さん。体調がよければ洗濯物を干すこともあるが、無理はしないようにしている。今度入院したら二度と家に帰れないと思うからだ。

 

退院へ介護サービス増

 兵庫県姫路市の高齢者向けの市営住宅で一人で暮らす昭子さん(89)に最初に異変が起きたのは、2011年7月21日の夜だった。自宅で急に胸が苦しくなり、県立姫路循環器病センターに救急搬送された。

 入院して心臓の筋肉に酸素や栄養を送る冠動脈の造影検査などを受けたが、異状はなかった。だが、心房細動に加えて心臓の大動脈弁と僧帽弁で逆流が見つかり、「重症の連合弁膜症に伴う難治性心不全」と診断された。

 心臓のポンプ機能が低下し、全身に必要な血液を送れない状態だった。昭子さんは心臓への負担を減らすため、余分な水分を体外に出す利尿剤や、心臓の動きを少し休めて悪化を防ぐβ(ベータ)遮断薬などによる治療を受けた。

 容体が安定し、2週間で退院することになった。もともと高血圧で、血圧を下げる薬を飲んでいた。退院後は高血圧の治療で通院していた医院で薬を処方してもらいつつ、県立姫路循環器病センターには4カ月に1度通うことになった。血液検査とX線検査を受け、心不全の診断指標に使われるホルモン「BNP」が増えていないか、胸水がたまっていないかを調べることにした。

 「塩分を控えめに」とは注意を受けていたが、倒れる前と変わらない暮らしに戻った。夫も心不全で倒れて県立姫路循環器病センターに入院した。その時は、市内に住む息子(62)に車で送ってもらい、毎日のように看病に通った。

 

 初めての入院から4年近くたった15年4月5日夜、昭子さんは「何かしんどいな」と思った。気がつくと、足がむくんでいた。驚いて息子と市営住宅の1階に住む生活援助員(66)に電話した。息子が県立姫路循環器病センターに連絡をとり、救急車で運ばれた。心不全の状態が急に悪くなり、再び入院することになった。

 前年夏に夫が亡くなり、一人暮らしをしていた。心臓の状態を考えると「自宅での一人暮らしは難しい」と医師に言われた。だが、どうしても家に帰りたい。訪問介護を利用し始めた矢先だった。要介護認定を受け直し、サービスを増やすことにした。昭子さんは気が進まなかったが「家に帰れるなら」と受け入れた。

 

自宅トイレからSOS

 兵庫県姫路市の昭子さん(89)は2015年4月、心不全の症状が急に悪化して県立姫路循環器病センターに再入院した。自宅に戻りたいという願いをかなえるため、訪問介護に加えて訪問看護も利用することになった。

 昭子さんの自宅は高齢者向け市営住宅の4階にある。1階に生活援助員(66)が住む。緊急ボタンを押すと、生活援助員の部屋で警報が鳴り、駆けつけてくれる。センターの医師はケアマネジャーに「本人が無理しないよう、何かあれば手伝ってほしい」と頼んだ。

 「介護ベッドは病院みたいで嫌だ」という昭子さんのために、代わりに居間にソファベッドを置いた。疲れたらすぐ横になって、大好きなテレビが見られるようにした。ただ、起き上がるのが大変だったので、市社会福祉協議会のケアマネジャー酒井淳子(さかいじゅんこ)さん(49)の勧めで、ベッド横に福祉用具の手すりを置いた。

 

 市内に住む息子(62)とその妻が食事や食材を買って届けていたが、週2回は訪問介護を受け、ホームヘルパーに食事を作ってもらうことにした。

 また、昭子さんは心臓に負担がかかるため入浴が禁じられ、シャワーを浴びるだけになった。ただ、自宅で一人でシャワーを浴びている時に倒れたら大変だということで、シャワーは看護師がいる隣接する市社協のデイサービスを利用したり、市医師会訪問看護ステーションの訪問看護師に介助してもらったりすることになった。

 そうやって、重い慢性心不全を抱える昭子さんは自宅で暮らす態勢を整えた。だが、退院から約4カ月後の9月10日夜、再び異変が起きた。トイレで息ができないほど胸がしめつけられ、震えが止まらなくなった。昭子さんは携帯電話で援助員に電話した。

 援助員は「普段、甘えない昭子さんが電話をしてきた。相当苦しいに違いない」と駆けつけ、県立姫路循環器病センターに電話して様子を伝え、119番通報した。心不全が急激に悪化していた。

 慢性心不全は入退院を繰り返しながら重症化していく。医師は病院にかけつけた息子らに「もう自宅での一人暮らしは無理。退院後は施設に入所することを考えてほしい」と告げた。

 

時にはビールで晩酌も

 兵庫県姫路市の昭子さん(89)は慢性心不全の症状が悪化し、2015年9月に3度目の緊急入院をした。入院先の県立姫路循環器病センターは施設入所を勧めたが「家に帰りたい」と頼み込んだ。

 退院を前に、ケアマネジャーや訪問看護師、訪問診療を担う「くるす医院」の来栖昌朗院長(59)らも交え、昭子さんの今後について話し合う調整会議が開かれた。

 「家事は洗濯物をたたむぐらいならいいですが、無理をさせず、ヘルパーにしてもらうようにして下さい」。県立姫路循環器病センターの大石醒悟(おおいししょうご)医師(37)はケアマネジャーらに頼んだ。家事でも心臓の負担になるからだ。

 だれにも会わない日がないように、ケアプランを工夫した。月水はデイサービス、火木金は訪問介護、火金は訪問看護、週末は息子夫婦らが顔を出す。来栖さんの訪問診療は隔週だが、デイサービスや訪問看護で体重や血圧、脈拍を測定し、来栖さんが昭子さんの状態を把握できるようにした。

 15年10月、退院した。最初はパジャマに着替えるのもしんどかったが、次第に身の回りのことはできるようになった。心不全は退院後1年間で2~4割が再入院するといわれているが、2年近くたった今も自宅で暮らしている。

 「ビールを飲んでもいいかな」

 退院から1年になるころ、昭子さんは訪問看護師の稲本里美(いなもとさとみ)さん(54)に尋ねた。新聞の集金の仕事をしていて元気だったころ、毎晩缶ビール1本を飲むのが楽しみだった。稲本さんは「先生に相談してみましょう」と答えた。県立姫路循環器病センターでの外来受診の日、大石さんに相談した。「楽しみのビールもたまにはいいよ」。大石さんは答えた。

 昭子さんは、ホームヘルパーの三村輝美(みむらてるみ)さん(60)が作るニンニクを使ったモヤシとキノコの炒め物が大好きだ。ごま油やニラなども使い塩分を控える工夫をしてくれている。「おいしいと、つい飲みたくなって」。週1回程度、体調が良ければ缶ビールを楽しむ。

 一人暮らしで寂しいこともある。そんな時は息子夫婦にメールをしたり、電話で話したりする。「みんなに助けてもらい、自分一人でボチボチとできるなら、何はなくても家にいたい」

 

情報編 生活の質向上、チームで

 心不全は、心筋梗塞(こうそく)や弁膜症などで心臓のポンプ機能が低下し、全身に必要な血液が送れなくなる状態だ。入退院を繰り返し、次第に心臓や体の機能が低下していく。退院後1年間で患者の20~40%が再入院するという。悪化を防ぐには、薬による治療や食生活の改善、その人に合った運動療法が大切だとされている。

 

 慢性心不全の正確な患者数はわかっていないが、潜在的な患者も含めると推計240万人に上るという。厚生労働省の2014年の患者調査によると、継続的な治療を受ける患者は推計30万人で、約7割が75歳以上だ。今後さらに急増するとみられるが、すべての患者を大学病院など専門の医療機関で受け入れることはできない。

 厚労省は心疾患について、急性期だけでなく回復期や慢性期も含めた医療体制を来年度からの医療計画に盛り込むよう都道府県に求めている。指針で「在宅での再発予防のための管理を医療機関と訪問看護ステーション、かかりつけ薬剤師・薬局が連携し実施できること」とうたっている。

 連載に登場した兵庫県姫路市の昭子さん(89)は、心不全が急に悪化して3度緊急入院した。その度に退院し、直近の退院から2年近くたった今も自宅で暮らす。支えるのは在宅医や訪問看護師、ホームヘルパーたちだ。入院先の県立姫路循環器病センターの大石醒悟医師は「在宅でできる治療は限られるが、病院では得られないものがたくさんある」と話す。

 だが、昭子さんのような例は一般的ではない。家に戻りたくても受け皿が整っておらず、急変を心配して入院入所をすすめる医師やそれを望む家族も多い。こうした状況を改善するため、循環器専門の医療機関が在宅医や訪問看護師らと研修会を開いたり、専門医療機関に勤める「慢性心不全看護認定看護師」が訪問看護師らの相談に応じたりするなど、取り組みも少しずつ広がっている。

 国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)の安斉俊久(あんざいとしひさ)・心臓血管内科部門部長は、在宅医や訪問看護師、介護職など多職種によるチームで患者をみることの重要性を指摘する。そうすることで「患者の生活の質を高めることができる」と話す。

 

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<アピタル:患者を生きる・我が家で>

http://www.asahi.com/apital/special/ikiru/(寺崎省子)