シリーズ:トピック
1週間、生き延びられますか?
9月1日は、防災の日。阪神大震災や東日本大震災があって記憶が薄れているようにも思いますが、関東大震災がこの日に起きたことと、台風シーズンを迎える時期でもあることから、制定されました。幼い頃、関東大震災を経験した祖母から「寝る前には明日着るものを枕元にたたんで置きなさい。夜中に何があってもすぐ着替えられるように」とよく注意されたことを思い出します。
いざという時、普段の備えが問われるのは、食事も同じ。大規模な地震が発生した際、避難所が出来て、救援物資が到着し食料が配られる……というイメージを何となく抱きがちですが、現実には、「自分の身はまず自分で守る」のが基本。自治体は住民全員分の備蓄ではなく、各家庭がある程度の備蓄をしている前提で、自宅を失うなどでやむなく避難所に身を寄せる人数を予測し、それに合わせた準備をしています。それでも、計画通りの食品を備えている自治体は、2割にも満たないという調査結果もあります(「災害時の栄養・食生活支援に対する自治体の準備状況に関する全国調査」日本栄養士会雑誌・2015年)。
震災時、さしあたって命が無事で自宅も大丈夫だったら、避難所ではなく自宅で生活することになります。その際に自分の蓄えがないと、水や食べ物が口にできない、という事態は十分考えられます。以前にこの備蓄問題を取材した際、「大都市圏が大地震に襲われたら、餓死者の発生もあり得ると私は思っているんです」と真顔で話した災害の専門家もいました。
私たちはどれだけ、何を蓄えておけばいいのでしょうか。
「1週間分の水と食料を」と話すのは、国立健康・栄養研究所食事摂取基準研究室の笠岡(坪山)宜代室長。管理栄養士でもあり、東日本大震災の際には、現地支援と調査に携わりました。災害時の栄養支援はライフワークと話します。
飲料水は、1人1日1リットルが目安。調理などに使う水も含めると3リットルあると安心。食品は好きなもの、普段食べ慣れたものを中心に、栄養バランスも考慮しながら幅広くそろえておくとよいとのこと。「不安も多く落ち着かない災害時には、食べたことがないものを食べようという気にはならないものです」。好物を多めに買って、食べながら買い足すローリングストックの発想が役に立ちます。
自宅で笠岡さんは、飲料水と食品を1日目分から7日目分までに分けて袋に入れ、見える化して管理しています。1日目はそのまま食べられるもの。2日目は温めなくても食べられるレトルトカレー。3日目以降には、温めて食べるものや自分が好きな食品などを充実させているそう。
具体的な備蓄品目やそろえる方法については、様々な参考になるガイドがあります。例えば農林水産省は緊急時に備えた家庭用食料品備蓄ガイドを作り、食品のリストや備蓄の取り組み方を解説しています(※1=本文末にURL)。東京都は、都民に備蓄を呼びかけるサイトを設けています(※2)。
笠岡さんらは、東日本大震災から1カ月後に宮城県気仙沼市の全避難所をめぐり、状況を調べました。そこで明らかになったのは、食料が足りず、量は足りても偏りがあったこと。やっと食料が届いても、おにぎり、パンなどの炭水化物中心で、たんぱく質や野菜が不足していました。また避難所が大きいほど食事回数が少なく質も良くない傾向も認められました。体育館などを使う大規模な避難所は、ガスなどの調理設備が整わなかったことも背景の一つにあると考えられています。
「調理できる環境は大変重要です。食品と共にぜひカセットコンロとボンベを」と笠岡さん。温かいものは、食欲が落ちた時でも、のどを通りやすいそうです。
物資の用意に加えて、テクニックも必要です。実際にコンロを使ってみるのは大切。ポリ袋に食材を入れて湯煎で火を通す「パッククッキング」という調理法があって、一つの鍋で複数の料理が作れ、鍋を洗う水も節約できます。ご飯を炊くこともできます。ネットなどには、災害食レシピも出ています。笠岡さんは「年1回、調理体験を」と勧めます。
災害時に補給を優先すべきなのは、まず、体を動かすエネルギー源(炭水化物など)、次に体を作るたんぱく質。そしてビタミンB1、B2、C。これらビタミンは水溶性で体内にストックが乏しいため、他のビタミンに比べ早く欠乏症を起こしやすい。またB1とB2は体内で糖質をエネルギーに変える際のサポートをする栄養素でもあります。「1カ月以上不足が続かないようにしたい」と笠岡さん。
食事量が少ないと、食事からの水分摂取も減り、その結果、便秘に悩まされることも多くなります。野菜不足で食物繊維が不足することも、この現象に拍車をかけます。
もう一つ、食料と同じだけ準備必須なのが、トイレ。「食べたら、出るんです」。東日本大震災の避難所では、仮設トイレが汚い、遠いなどの理由で使いづらかったために、水や食事を控えるという人が数多くいたそう。「出す環境がないと、人は食べられません」。笠岡さんは自宅の備蓄セットに携帯トイレも組み込んでいます。例えば、埼玉県は、家庭における災害時のトイレ対策マニュアルを作成しています(※3)。
このように、災害時には健康な人でも生活に大変な苦労が生じますが、赤ちゃんや妊娠中の女性、高齢者、病人、障害者はさらに弱い立場になります。粉ミルク、アレルギー対応食品、流動食などは行政の備蓄もごくわずか。笠岡さんは「普段、普通の食品が食べられない人ほど、しっかりとなるべく長い期間の備蓄をしてください」と訴えています。
この原稿を書いて、私も自宅のチェックをしました。食べ物はまあまあ備えがあったのですが、トイレの準備はほんの少しで、1週間分には全く足りていませんでした。買い足しておかなければ。
◇リンク集
※1 緊急時に備えた家庭用食料品備蓄ガイド(農水省)
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/anpo/gaido-kinkyu.html
※2 家庭での備蓄の仕方などをまとめた東京都のページ
http://www.bousai.metro.tokyo.jp/1001855/index.html
※3 家庭での災害時のトイレ対策マニュアルなど(埼玉県)
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0401/itsumobo-sai.html
<アピタル:食のおしゃべり・トピック>

- 大村美香(おおむら・みか)朝日新聞記者
- 1991年4月朝日新聞社に入り、盛岡、千葉総局を経て96年4月に東京本社学芸部(家庭面担当、現在の生活面にあたる)。組織変更で所属部の名称がその後何回か変わるが、主に食の分野を取材。10年4月から16年4月まで編集委員(食・農担当)。共著に「あした何を食べますか?」(03年・朝日新聞社刊)