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 医学・医療の領域で、その情報の信頼性が高いか低いかを判断する基準として重要なのは、その情報がどのような方法で検証されたものかを確認することです。今回は、基準の一つである「症例報告」について取り上げます。

 

 ▼症例報告は、新しい予防法・診断法・治療法の発見につながる可能性がある

 ▼ただし、偏り(バイアス)や偶然が入り込む余地が大きく厳密さに欠ける

 ▼「経験談」と「症例報告」は、全く別のもの

 

 研究デザイン(方法)を、情報の信頼性が高いものから順番に並べたものが下の表になります。

 

 病気の経過を観察したり、治療の効果や影響を調べたりする「観察研究」のうち、ある患者さんの診断や治療、その後の経過について詳しくまとめた報告のことを「症例報告」と言います。

 症例報告は、表の中では、「経験談・権威者の意見」「実験室の研究」に比べると、情報としての信頼性は高いものの、「偏り・偶然」が入り込む余地が大きく、全体の中では下位に位置づけられ、信頼性が十分高いとは言えません。

 ただ、症例報告は、類似の病態を示した患者の診断・治療の情報源として役立てられます。症例報告が契機となって、新たに病気の原因や治療法が発見されることもあります。例えば、皆さんも聞いたことがあるヘリコバクター・ピロリ菌は、症例報告[1]によって、胃炎の原因の一つであることが突き止められました。しかも、この症例報告では、研究者自らがヘリコバクター・ピロリ菌を飲んで胃炎となった経過が報告されています。

 なお、症例報告と似た言葉に、「ケースシリーズ」というものがあります。症例報告とケースシリーズとの違いについて、一般的には以下のように考えられています。

 ・症例報告:1~数例の症例をまとめたもの

 ・ケースシリーズ:明確な定義はないものの、比較的多くの症例をまとめたもの

となります。ですから、両者に大きな違いはあるとは言えません。

 

 例えば、補完代替療法(手術や薬物療法など治療目的の医療を補ったり、その代わりに行われる医療)の領域でも、次に挙げるような症例報告があります。

 ◎高濃度ビタミンC点滴療法を受けた患者の癌が縮小した[2]

 ◎メシマコブを摂取した患者の癌が縮小した[3-5]

 ですが、症例報告の情報のみで、その治療法に効果があると断言することはできません。症例報告の留意点や限界について考えてみましょう。

 

症例報告の「偏り(バイアス)・偶然」について考える

 まず、「偏り(バイアス)」には、どのようなことが考えられるでしょうか?

 例えば、抗癌剤は、がんの種類はもちろん、最近では患者さんの遺伝子のタイプによって、治療効果が異なることがわかってきています。つまり、症例報告で効果があったとされる治療法は、別の人では効果が得られない可能性があります。このような、情報としての「偏り」がある可能性が、症例報告には常に残されています。

 

 つぎに「偶然」についてはどうでしょう?

 過去の調査で、がんは、何の治療を行わなくても自然に消えてなくなるようなケースが、数は少ないですが、一定の割合で存在することが知られています。そうなると、症例報告の治療効果は、その治療による効果なのか、単なる自然経過なのか、残念ながら区別することができません。もしかすると、その治療をおこなわなくても、同じ経過をたどったのかもしれません。

 つまり、症例報告の情報には、「偶然」が入り込む余地があるのです。

 さらに、ほかにも気をつけなければいけない点もあります。

 

「症例報告」の情報としての限界

 症例報告は、「たった一症例」あるいは「わずか数症例」の治療経過の報告です。ですから、この「たった1症例」の症例報告の情報からは、その治療法を何人が受けて何人に効果が得られるのか、つまり、割合(専門的には「奏効率」などと言います)が分かりません。

 例えば、100人が治療を受けて、70人に効果がある治療法なのか、それとも10人にしか効果がない治療法なのか。症例報告からは判断することができないのです。例えが不謹慎かもしれませんが、当たりクジが何本入っているかわからないクジ引きのようなものです。ですから、治療法の選択を判断するときの情報としては、ちょっと不透明・不確実な気がします。

 さらに、症例報告の場合、別の治療法の効果との比較がされていません。症例報告で取り上げられた治療法が、既存の抗がん剤治療や放射線治療と比べて優れているのか、劣っているのかの判断ができません。ともすると、目新しい話題の治療法は、メディアなどでニュースとして取り上げられることがありますが、「最新の治療」イコール「最善・最良の治療」というわけではないのです。「最善・最良の治療」であることを、立証するためには、既存の治療をおこなった対照群と比較して、治療効果が上回っていなければなりません。

 

 今回紹介した、「症例報告」の利点と欠点についてまとめると次のようになります。

 

《利点》

 ・新しい予防法、診断法、治療法の発見につながる可能性がある

 ・研究としての手間は最も少ない

《欠点》

 ・かなり厳密さに欠ける

 ・予防効果や治療効果の程度を、割合などの数字で表すことができない。

 ・既存の治療法と比較して、治療効果が優れているのかどうかわからない。

 

 最後に、誤解のないように付け加えると、症例報告の研究価値が、他の研究方法より劣るということを言いたいわけではありません。

 今回、欠点として挙げた内容は、病気の予防法や治療法を選択する場合において、判断基準の「ものさし」としての情報の信頼性について、他の研究方法とは違いがあるということを述べているだけです。

 症例報告には、医学研究全体において、他の研究方法と違った価値や意味があります。

 例えば、普段良く使われている治療薬のあまり知られていなかった副作用に関する報告などは、たとえ「たった1症例」の情報であっても、リスクマネジメントの観点からは非常に重要な情報になります。

 

 なお、ここまで読んで頂いた方の中には、以前この連載で紹介した「経験談」と今回紹介した「症例報告」は、どう違うのか、よく分からないと思われている方もいるかもしれません。

 結論から言いますと、「経験談」と「症例報告」は全く異なるものです。

 経験談は自分が経験したことを思い出しながら書きます。そうすると思い違いや重要なことを忘れてしまっている可能性があります。しかし、症例報告では、病院に保管されているカルテに記載された診療情報をもとに作成されていくので、「思い出して書く」と言うことは基本的にはありません。さらに、論文として発表された症例報告に関しては、その領域の第三者的立場の専門家が、厳しく批評を加えて、それに応えることができたものだけが報告されています。

 ですから、「経験談」と「症例報告」は、一見似ていて、実はまったく非なるものになります。

 次回は、「症例・対照研究」をとりあげます。

 

 【参考文献】

1.Marshall BJ, et al. Attempt to fulfil Koch's postulates for pyloric Campylobacter. Med J Aust. 1985 Apr 15;142(8):436-9.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/3982345別ウインドウで開きます

2.Padayatty SJ, et al. Intravenously administered vitamin C as cancer

therapy: three cases. CMAJ. 2006 Mar 28;174(7):937-42.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16567755別ウインドウで開きます

3.Shibata Y, et al. Dramatic remission of hormone refractory prostate cancer achieved with extract of the mushroom, Phellinus linteus. Urol Int. 2004;73(2):188-90.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15331908別ウインドウで開きます

4.Nam SW, et al. Spontaneous regression of a large hepatocellular carcinoma with skull metastasis. J Gastroenterol Hepatol. 2005 Mar;20(3):488-92.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15740500別ウインドウで開きます

5.Kojima H, et al. A case of spontaneous regression of hepatocellular carcinoma with multiple lung metastases. Radiat Med. 2006 Feb;24(2):139-42.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16715676別ウインドウで開きます

 

<アピタル:これって効きますか?・健康・医療情報の見極め方>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/kiku(アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 島根大学・教授

島根大学医学部附属病院臨床研究センター・教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。同大学第二外科(消化器外科)入局。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、内閣府消費者委員会専門委員(特定保健用食品の審査)も務める。