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 乳児健診をしていたら「ワクチンはなるべく打ちたくないんです」というお母さんがいました。おたふく風邪が流行っている時だったので、今この近所でおたふく風邪の患者さんが外来に多いこと、かかった子の1000人に1人が難聴になること、ムンプス難聴には治療法がないことを説明しました。すると、「へー」と驚いたので、私も驚きました。感染症の危険性とワクチンの副反応・利点を理解したうえで、「打ちたくない」という考えになったと思っていたのに、そうではなかったからです。他にも、おたふく風邪の合併症は知っているかどうか尋ねると、彼女は知りませんでした。逆に「ワクチンは有害だし、いらないものだ」という本をたくさん読んだのだ、と教えてくれました。感染症にかかると、どういう症状や合併症が起こり、ワクチンはどういう効果をもたらすのか、ということよりも先に、ワクチンによる副反応などの危険性だけを勉強したようでした。そういった基本的なことは書かずにワクチンの危険性だけを強調する本は、偏見にもとづいて書かれているのではないか、と私は考えます。

 

 また別のお母さんは、おたふく風邪が治ったかを確認に来たのですが、「他の兄弟を近くに居させたり、同級生を呼んでだりしてわざとうつるようにする『感染症パーティー』をしました」というので、さらに驚きました。「無事にかかって、みんな軽かったですよ」という彼女に、私は、「実は合併症がいろいろあります。そのお子さんたちはたまたまラッキーだっただけで、とても危険なことなんですよ」と説明しましたが、特に何かを感じることはないような様子でした。

 

 日本耳鼻咽喉科学会の調査で、おたふく風邪で難聴になる人が2年間に300人以上いたというニュースをご覧になった人も多いと思います(http://www.asahi.com/articles/ASK956J41K95UBQU01K.html)。

 おたふく風邪は、「流行性耳下腺炎」ともいい、ムンプスウイルスへの感染で起きる病気で、3歳~6歳で多く起こります。今までの調査でも、おたふく風邪にかかったうちの100~1000人に1人が感音性難聴になり、そのうちの約10%が両側性の難聴になるということはわかっていました。今回のような大きな規模なでの調査で、実数として合併症のことを改めて知るとその重大さを実感します。それなのに先進国では日本だけが、ワクチンの定期接種化がされていません。現在、日本ではおたふく風邪ワクチン接種を1歳過ぎに1回、そして5-6歳でもう1回打つよう勧められていますが、どちらも任意接種です。1回だけより、2回打つ方が効果はあり、難聴は防げた可能性が高いのです。本人とご両親にとっては悔いが残ることだと思います。

 おたふく風邪になってしまった際の他の合併症には、無菌性髄膜炎、血小板減少性紫斑病、脳炎、精巣炎などがあります。合併症の頻度を、自然感染によるものとワクチンによるものと比較した表がこちらです。

写真・図版

 

 「感染症は、ワクチンを打つよりもかかったほうが免疫がしっかりつくし、おたふく風邪なんて軽い感染症はワクチンはいらない」という人がいます。おたふく風邪も他の感染症も、一度かかったから終生かからないということはなく、私も外来で2回目の風疹や水痘にかかった人を診たことがあります。確かにおたふく風邪は比較的、重症化しにくい感染症ですが、感染して難聴などの合併症になったときのことを考えれば、ワクチンを打つことで防げるベネフィット(利益)の方が、ワクチンの副反応のリスクを上回ります。しかも、いつ感染症になるかはわからないので、入学式や卒業式、受験日などの大事なイベントの際に欠席を余儀なくされるかもしれません。耳下腺が軽くしか腫れなくても、発症から5日間は出席停止です。

 「それでも100万人に1人の血小板減少性紫斑病になってしまう危険性があるなら、人工物であるワクチンを子どもに打たせたくない」という人がいるかもしれません。平成27年に日本で交通事故にあって亡くなった人は「3万人に1人」ですから、それにくらべたら二桁も少ない危険性です。「3万人に1人の割合で交通事故で死ぬなら、子どもを外に出しません」という人はいませんね。そして、血小板減少性紫斑病は亡くなるような病気ではなく、治療法があります。

写真・図版

 

 また、おたふく風邪は不顕性感染というほとんど症状に気づかないくらいの発熱や耳下腺の腫れでも、無菌性髄膜炎、睾丸炎、膵炎を起こす場合があります。特に2歳以下では発熱することが少ないので、知らないうちにおたふく風邪になり、難聴になっている子がいるかもしれません。2歳以下の子が自分から「片耳が聞こえない」と言いだすことは、まずありません。ネットや一部の書籍では「おたふく風邪と睾丸炎には関連性がないということがアメリカで証明された」と書いてあるものがありますが、出典は書いてありません。Pubmedという医学論文を検索するサイトでは、おたふく風邪の合併症としての睾丸炎の話がいくつも出て来ます。

 

 医師の中でもおたふく風邪ワクチンはいらない、と言っている人がいます。おたふく風邪の後遺症で難聴になってしまった人が300人以上いたという今回の調査について、どう思っているかぜひ聞いてみたいです。「おたふく ワクチン いらない」で検索するとそういったブログやインタビューはたくさん出て来ます。ですが、読者の皆さんには、このニュースを機会に、お子さんにおたふく風邪ワクチンを受けさせてあげてほしいです。先進国で唯一、おたふく風邪ワクチンを定期予防接種にしていない日本が変わってくれるようにと思います。

 

<アピタル:小児科医ママの大丈夫!子育て>

http://www.asahi.com/apital/column/daijobu/

 (アピタル・森戸やすみ)

アピタル・森戸やすみ

アピタル・森戸やすみ(もりと・やすみ) 小児科医

小児科専門医。1971年東京生まれ。1996年私立大学医学部卒。NICU勤務などを経て、現在はさくらが丘小児科クリニックに勤務。2人の女の子の母。著書に『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』(内外出版)、共著に『赤ちゃんのしぐさ』(洋泉社)などがある。医療と育児をつなぐ活動をしている。