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 自由診療でがんに対する免疫療法を行っているクリニックがあります。公的健康保険の対象外なので高価です。数万円から数百万円かかります。それでもがんが治る可能性があるのならと払う患者さんがいるのです。しかし、高いから効果があるというわけでもありません。こうしたクリニックで行われているがん免疫療法には臨床的証拠(エビデンス)に乏しいのです。

 今年の8月に無届けで臍帯血(さいたいけつ)の投与を行ったとして逮捕された医師のクリニックでも、免疫療法は行われていました。患者さんの体内からがんを攻撃するリンパ球を取り出して培養し体の中に戻したり、リンパ球にがんを攻撃するよう指令を出す免疫細胞を活性化させたりする方法です。「高い抗腫瘍効果が得られる」「副作用はほとんどなく安全」とうたっていました。

 そんなに優れた治療法なら、保険適応にして、自由診療のクリニックだけではなく他の医療機関でも受けられるようにすべきです。しかし、保険適応に認められるほどの臨床的証拠は今のところありません。保険適応にしなくても自由診療でもうかるので、クリニックも頑張って研究・発表するインセンティブがありません。

 クリニックのウェブサイトでは、こうした免疫療法が理論上どのようなメカニズムで効くのかについて、詳しく解説されています。ものすごく良さそうに見えます。1日に数百個なのか数千個なのか正確な数はわかりませんが、日常的に数多くのがん細胞が生じては免疫系に排除されています。これが免疫療法の根拠の一つです。

 しかし、理論上は効きそうな免疫療法ですが実際には期待ほどは効きません。なぜでしょうか。

 病気や薬のせいで免疫機能が落ちた人はがんにかかりやすいのですが、免疫機能が正常な人もがんにかかることがあります。たくさん生じるがん細胞の中には、ごくまれに、免疫機能をすり抜けるものがあります。「免疫逃避機構」と呼びます。免疫逃避機構を得たがん細胞が、何年も何十年も時間をかけて分裂・増殖してがんが発症します。検査で発見できるほど大きくなったがんは、毎日数百個討ち死にしているがん細胞の中の生き残り、がん細胞のエリート中のエリートです。

 そうしたスーパーエリートのがん細胞には、リンパ球を増やして体の中に戻すぐらいでは対抗できません。なぜなら、そのリンパ球から逃げ続ける能力があるからこそ、がんが発症したのですから。もちろん治療するほうもいろいろ工夫はするのですが、免疫逃避機構をなんとかしないことには効果が上がりません。

 ここ数年の間に登場したニボルマブ(商品名:オプジーボ)といった新しい免疫療法の薬は、免疫逃避機構に作用します。これも高価ですが、臨床的証拠があり保険適応になっていますので、日本では少ない自己負担で治療を受けることができます。次回は、これらの薬がどのように効くのかについてお話をしましょう。

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(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。