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 放送作家の鈴木おさむさん(45)と、「女芸人」としてテレビなどで活躍する大島美幸さん(37)。「交際0日」で結婚した夫婦は2度の流産を乗り越え、長男の笑福くん(2)を授かりました。2人が過ごした「妊活」の日々。鈴木さんは「男性の無力さ」も感じながら、妊娠・出産について学び、妻に寄り添いました。

 

男って、なんて無力なんだ

 家族3人の食卓。いつもの朝が一変したのは自分の責任だ。放送作家の鈴木(すずき)おさむさん(45)には心当たりがあった。前夜、炊飯器のご飯を食べきった後、内釜を水につけておくのを忘れていた。

 「もう、なんだよー」。妻の大島美幸(おおしまみゆき)さん(37)が声を荒らげた。お笑いトリオ「森三中」のボケ担当。「女芸人」として体を張って笑いをとる豪快な芸風で知られるが、家族の前では、きちょうめんな一面もみせる。

 朝から険悪な雰囲気になりかけたその時――。

 「ダメー」。そう言いながら、長男・笑福(えふ)くん(2)が割って入った。抱きつかれて手を取られた妻は、力が抜けたように表情が和らぎ、3人に笑顔が戻った。

 子どもがいることが当たり前になった生活。「幸せだと感じる一方で、怖くもある」。鈴木さんは、笑福くんを授かるまでに2人が経験したことを時折、思い出す。

     ◇

 2人の出会いは15年前。若手芸人たちと開いた飲み会の席だった。お酒で盛り上がった勢いで、初対面の大島さんに「結婚しよう」とプロポーズ。大島さんも「いいっすよ」と応じた。冗談のような「交際0日結婚」は、大きな話題になった。

 いっしょに暮らし始めた当初はぎこちなかったが、少しずつ夫婦の絆は深まっていった。芸能界で活躍する2人の生活はめまぐるしく、刺激に満ちている。子どものことは特に意識しなかった。「いつかはできるだろう」。何となくそう考えた。

 転機は、結婚6年目のクリスマス。妻に生理が来ないことから妊娠検査薬を試した。すると、陽性反応が出た。翌日に受けた病院の検査でも妊娠を告げられた。

 初めての子ども。戸惑いはあったものの、このまま出産まで順調にいくと思った。すぐにお互いの親や仕事仲間に連絡し、喜びを伝えた。人気者の妻のスケジュールをどう調整するかは悩ましかったが、幸せでいっぱいだった。

 ところが、年が明けて健診を受けた妻から涙声で電話があった。「赤ちゃんの心臓が止まってた……」。急いで病院に駆けつけると、待合室で人目をはばからずに泣く妻の姿があった。

 思ってもみなかった流産。しかし、妻にかけてあげる言葉が見つからない。「こういうときの男って、なんて無力なんだ」。そう実感した。

 数日後、亡くなってしまった赤ちゃんをおなかの中から取り出す手術に立ち会った。妻は少し落ち着いたように見えたが、沈んだ表情は変わらなかった。

 その翌日。義母が自宅にやってきた。淡々とカレーを作ってふるまい、静かに妻に寄り添った。それをきっかけに、妻は明るさを取り戻していく。雑誌に連載しているエッセーに「流産のことを書いてみたい」とも言った。

     ◇

 それから2年後。2010年夏に今度は双子の妊娠がわかった。「もし、まただめだったらどうしよう」。うれしい半面、不安が頭から離れない。今度は親や仲間にも妊娠したことを知らせず、安定期に入るのを待った。

 何度目かの健診。仕事のためについていけず、そわそわしながら妻からの連絡を待った。だが、いつになっても連絡が来ない。待ちきれず病院に電話すると、再び流産を告げられた。

 あわてて病院に行くと、妻は再び泣いていた。「2回も流産するなんて、自分に何か理由があるんじゃないか」。もしかしたら、妻も同じように考えているかもしれない。そう思うとたまらなくなった。

 「今度は(世の中に)言いたくない」。妻は、こう打ち明けた。「しばらく子作りは忘れて仕事をやりきってみたい」とも言った。

 下着姿で逆バンジージャンプを飛ぶ、極寒の湖で寒中水泳に挑む、裸同然の姿でオイルでヌルヌルの床を滑る――。妻は以前にも増して過激なロケに挑み、みんなを笑わせた。そんな姿を見て思った。「芸人として誇らしいし、何より面白い」。妻を尊敬し、いとおしく思う気持ちが深まっていった。

 

 2度目の流産から2年がたった12年秋のある日、何げない会話の中で、妻が切り出した。「妊活休業を考えてるんだけど……」。この間、妻が仕事をいかに頑張ってきたか。それは自分がいちばんよく知っている。だから、素直にこう答えることができた。

 「それ、すごくいいじゃん」

 

選択肢伝えたい、休業公表

 放送作家の鈴木おさむさん(45)は2012年秋、「女芸人」として活躍する妻の大島美幸さん(37)から「妊活休業」を打ち明けられた。2回目の流産から2年、仕事にうち込む妻の姿を見続けてきた鈴木さんは、「すごくいいじゃん」と心から賛成した。

 この2年の間、鈴木さんにも変化があった。11年に放送された高齢出産をテーマにしたドラマの脚本を担当。不妊や生殖医療について取材するなかで、妊娠や出産について学んだ。

 流産は一定の確率で起こること、人工授精や体外受精などの不妊治療があること、そして32歳になっていた妻の年齢を考えると、子どもを授かるためには、ゆっくりしてはいられないこと。競争の激しい芸能界で、「妊活」でしばらくテレビから姿を消すリスクはもちろんある。でも、迷いはなかった。

 妻が休業に入るのは、抱えていた大きな仕事が一段落するのを待った。人気テレビ番組の企画で24時間走り続けるランナー役と映画の主演。長距離走の練習で17キロ痩せた後に、太った中年男性を演じるために9キロも体重を増やした。そんな過酷な時期を乗り切った。

 このころ、夫婦で決めたことがある。それは妊活休業の公表だ。妊娠するために仕事を休む選択肢があることを、妊活という言葉とともに広めたい。そう思った。「もし授からなければ、その場合もきちんと公表しよう。そして、子どものいない人生を楽しもう」。話し合ううち、自然にそういう結論になった。

 14年1月、妻は記者会見を開き、妊活休業に入ることを発表した。夫婦で不妊クリニックも受診した。初めて受けた精子検査で、精子の運動量が少ないことがわかった。「妻が2度妊娠しているのに、まさか自分の精子に問題があるなんて。やはり男性もしっかりと向き合うべきだ」。あらためてそう思った。

 一方、大島さんの体にも問題が見つかる。もとは2センチほどだった子宮筋腫が、出産に影響する可能性がある5センチ程度まで大きくなっていた。医師から「もし治療をするなら」と紹介されたのが、アモルクリニック(横浜市港北区)の児島孝久(こじまたかひさ)院長(67)だった。

 

治療へ、妻の判断後押し

 夫婦で話し合い、妻でお笑い芸人の大島美幸さん(37)の「妊活休業」の公表を決めた放送作家の鈴木おさむさん(45)。2014年2月、夫婦で受診した産婦人科で妻の子宮筋腫が大きくなっていることがわかった。紹介されたのが、アモルクリニック(横浜市)の児島孝久院長だった。

 大島さんを診察した児島院長は、5センチほどの大きさになっていた筋腫が妊娠・出産に影響する可能性があると判断。「治療した方がいい」と告げた。

 大島さんの筋腫は子宮頸部(けいぶ)にあった。尿管や血管が近いため手術が難しく、合併症の危険も高い。児島院長が提案した治療法は、子宮動脈塞栓(そくせん)術(UAE)。子宮につながる動脈をカテーテルを使って詰まらせ、血液を送らなくして筋腫を小さくするというものだ。

 受診を繰り返すうち、大島さんは、児島院長の人柄にひかれていた。言うべきことを遠慮せずはっきりと言う。「信用できる」と感じた。まだ国内では実証例が少ないUAEを受けてみることにした。鈴木さんも「妻が選んだことだから」と背中を押した。

 

 5月に受けた治療は成功。子宮筋腫は、4カ月後に約3分の1に縮んだ。夫婦で話し合い、今後も児島院長のもとで妊活を進めることにした。

 一般に不妊治療は、排卵誘発剤を飲んで排卵と性交の時期を合わせる「タイミング法」、次に事前に採取した精子を子宮内に注入する「人工授精」、採取した卵子を体外で精子と結びつける「体外受精」と進んでいく。2人は、タイミング法を2回、そして人工授精を3回。それでも妊娠しなければ、体外受精に進もうと決めた。

 「重要なのは基礎体温です。グラフに描いたときにきれいなカーブになるよう体調を整えましょう」。児島院長はこうアドバイスした。大島さんの基礎体温は乱れが目立った。規則正しい生活と食生活の見直しを続けると、グラフのギザギザは消えていった。鈴木さんの精子の運動量の少なさは気になったが、「人工授精なら妊娠できるだろう」と感じていた。

 タイミング法を試した2カ月では妊娠せず、次の人工授精に。1回目の試みが終わった10月、妊娠検査薬に陽性反応が出た。

 

夫婦でつかんだ「奇跡」

 妻でお笑い芸人の大島美幸さん(37)の休業を公表し、夫婦で「妊活」に入った放送作家の鈴木おさむさん(45)。5カ月目の2014年10月、1回目の人工授精で妊娠したことがわかった。

 待ちわびた妊娠だったが、過去2回の流産経験から、鈴木さんは以前のようにはしゃぐ気持ちにはなれなかった。

 公表したのは、安定期に入った約4カ月後。命の貴さやはかなさを学び、新しい生命の誕生に向き合わせてくれたことへの感謝――そんな気持ちを「うれしいけど、不安」とブログにしるした。ファンからたくさんのお祝いのメッセージが寄せられた。

 出産予定日を10日過ぎた15年6月22日、病院で診察中に破水。そのまま出産態勢に入った。ベッドの上で苦しそうに声を上げる姿を見ながら、芸人でもある妻との約束を思い出した。

 急いで自宅に戻り、自分の顔を写せるカメラ付きヘルメットを取ってきた。テレビ番組のロケでバンジージャンプに絶叫する顔を撮った思い入れのあるカメラで、出産する姿を記録したい――。それが妻の願いだった。

 ヘルメットをかぶり、陣痛に苦しむ自分の顔を撮影しながら赤ちゃんを産んだ妻。その隣で、別のカメラで動画を撮り続けた。長男を抱きしめ「やっと会えた」と涙を流す妻と元気に泣き叫ぶわが子。夫婦でのり越えてきた妊活の日々が頭に浮かんできた。「子どもが生まれることは『奇跡』なんだ。悲しい経験さえも、この子が生まれてくるためには必然だったのではないか」。そんなふうに感じた。

 出産の翌月、放送作家の仕事を1年間休むことにした。妻の仕事復帰のサポートと、生まれて間もない長男といっしょに過ごすこと。休業中に新たな仕事の機会を逃すリスクがないわけではないが、それ以上に、いまこの時期に家族のために時間を使うことが、かけがえのないものに感じた。

 「子どもが生まれて、女性は母親になる。でも、男性は『父親になる権利』というチケットを受け取ったに過ぎない。チケットをどう使うかは、その男性次第」。妊活を経験してそう考えるようになった。

 

 《すずき・おさむ》1972年、千葉県生まれ。放送作家としてテレビの人気バラエティー番組の脚本などを手がけたほか、ドラマ・映画の脚本や舞台の制作・演出、ラジオパーソナリティーなど多方面で活躍。妻でお笑いトリオ「森三中」の大島美幸さんとは2002年に結婚。15年に長男が誕生後、約1年間の育児休業を取った。

 

情報編 不妊の半数、男性に原因

 カップルが妊娠・出産を目指すことを「妊活」と呼ぶようになって久しい。製薬会社メルクセローノが今年4月に行ったネット調査によると、既婚男性の23%、既婚女性の30%が妊活を経験。不妊治療以外に日常生活で避けるよう心がけたこととして、「体を冷やす」「不規則な生活」「ストレス」「たばこ」などを挙げた。

 一方、妊活は女性がするものと考える男性は少なくない。妊活を始めたのは「自分が先」と答えたのは、女性が60%に対し、男性は14%にとどまった。

 不妊の原因は男性と女性、それぞれに可能性がある。世界保健機関(WHO)の1997年の調査では、不妊に悩むカップルの約半数は男性、6割超は女性に原因があったとされる(重複を含む)。

写真・図版

 

 連載で登場した放送作家の鈴木おさむさん(45)も、不妊クリニックでの検査で精子の運動量の低さが指摘された。妻の大島美幸さん(37)が経験した2度の流産は、いずれも自然妊娠だった。鈴木さんは「まさか自分に問題があるとは思わなかった」。その後、人工授精で長男を授かり「妊活を進めるには、男性の責任も大きいと実感しました」と話す。

 泌尿器科医の立場から、男性の不妊治療の重要性を説くのは東邦大の永尾光一教授だ。例えば、男性不妊の主な原因の一つ「精索静脈瘤(りゅう)」は、診察で見つかる可能性が高く、治療もできる。「男性が治療を受ければ、妊娠や出産の可能性が高まるだけでなく、女性の体への負担がより少ない治療法も選べる」と指摘する。

 妊活では、男性が妊娠や出産をよく理解し、体への負担が大きい女性を支えることが大事だ。鈴木さんは、妻の2回の流産やドラマの脚本を書くために不妊治療について学び、理解を深めていった。

 ただ、男性の干渉が強すぎてもいけない。不妊治療を受けると、治療法の選択や「やめどき」の決定などで判断を迫られる。その際、男性の意見に押されて、女性が望まない治療法などを選ばされるケースが少なくないという。

 アモルクリニック(横浜市)の児島孝久院長は「主役はあくまで女性。男性はオブザーバーに徹し、精神的な支えになることが重要です」と話している。

 

 ◇ご意見・体験は、氏名と連絡先を明記のうえ、iryo-k@asahi.comメールする へお寄せください。

 

<アピタル:患者を生きる・妊娠・出産>

http://www.asahi.com/apital/special/ikiru/

 (田之畑仁)

田之畑仁

田之畑仁(たのはた・ひとし) 朝日新聞記者

1998年朝日新聞社入社。富山支局、田園都市支局、東京本社・大阪本社科学医療部などを経て、2010年4月からアピタル編集部員。