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 介護施設で、精神科病棟で、拘束ゼロを打ち出して前に進もうとする取り組みの現場を訪ねました。本来、人の自由を奪うなど、あってはならないこと。その原点を目指すことは、考え方を転換し、工夫し、しっかりと人に向き合いながら、ジレンマも抱えながらの一歩一歩のようです。アンケートの声とともに紹介します。

 

勉強会で尊厳を考える

 介護施設が、精神科病院が、家族が、身体拘束を減らすためにできること。寄せられた多くの意見から、一部を紹介します。

     ◇

 ●「介護老人保健施設の経営管理責任者です。スタッフから人手が足りないからとか、その人の安全確保のためとかの理由でやむをえず身体拘束をしたという説明はこれまでもたくさん聞かされましたが、どれもこれも自己正当化のための詭弁(きべん)でした。『身体拘束を減らす』では介護現場はリスクを避けようと『例外』として身体拘束を続けることでしょう。だから当施設では『身体拘束は禁止』としました。同時に『ダメだからダメ』で終わらせるのではなく、人間の自由と尊厳がなぜ大切かについて、哲学や倫理学や法学などを援用しながらスタッフにわかりやすく説明し、自覚してもらえるよう地道に勉強会を開いています。スタッフ教育、これしかありません」(愛知県・50代男性)

 ●「拘束しなかった場合のリスクを家族がしっかり認識したうえで、その人らしく生きるために拘束をしないという意思を、施設や病院に明確に伝える必要がある。実際に、主治医以外の当直医にミトンをはめられて、後から同意書を書くように言われた(断ったが)時に感じたのは、事故時に病院側は責任をとりたくないだけだということ。むしろそれだけであり、本人の安全を守るというのはただの飾りの言葉。ミトンをなんとか外そうともがく本人を見て、拘束を心から歓迎する家族なんていないはずだ。私は病院側に勇気を持って、本人らしく生きるために拘束はやめるよう伝えた。父は笑顔で生きている」(東京都・40代女性)

 ●「元精神科看護師です。複数の病院を経験しました。拘束はその病院の方針によります。最低限のスタッフで経営し、収益や患者さんに裁判を起こされないことに躍起になっている病院は拘束に抵抗ありません。上層部が患者さんの人権に配慮することを優先していれば、おのずと拘束は減ります。ただ身体的な拘束は減らせても、言葉で拘束することは減りません。スタッフの多くが、自分の立場は患者さんより上と思っているので。患者さんとスタッフが、人権や自己決定について一緒に学んで考える機会が必要です!」(東京都・40代女性)

 

ジレンマの連続が看護 精神科病棟で拘束ゼロを目指す松下直美さん

 重度の認知症や精神疾患の人を抱える精神科病棟で、高齢者の身体拘束ゼロを目指す。そんな愛知県大府市の共和病院の看護部長、松下直美さん(53)を訪ねました。

 拘束しない方向にかじを切ったのは1999年でした。最初は、転んだらどうする、人手不足でできない、と反対がありましたが、高齢者の精神科病棟の責任者だった松下さんを中心に、議論と工夫を重ねました。縛らないことで、寝たきりだった人が歩けるようになったり、オムツを外せたり。続けてこられたのは、こうした変化がスタッフの喜びや誇りにもつながったからだそうです。

 命に直結すること以外、拘束はしないことを前提にしているそうです。65歳未満の患者に対しても拘束は最小限にとどめ、その結果、精神科、内科を合わせ230~240床に対し、拘束は今年4~11月で6件、平均6.5日だそうです。スタッフ数はほぼ基準通りで、特に多くはありません。

 拘束しないための具体策は、ベッドの周りに布団を敷く、動き回る時は誰かが付き添う、など様々。精神疾患により自傷や他害の恐れがある場合も、拘束しない方法を考え、直接かかわらないスタッフが評価する。もし拘束がやむを得ないと判断されても、長期化しないようにしているといいます。

 身体拘束を減らすより、拘束しないことを維持する方が大変ではないかと松下さんは言います。オムツの便を食べてしまう人について頭を抱えていた看護師に聞くと、「手が入れにくい服はどうか、下剤を飲んだ直後は気をつけたらどうかと、代案を考えます」と言います。どうしようもなくなったとき、心苦しさを感じながらまれにつなぎ服を使うと言います。ファスナーに鍵があり、自分で着脱できない服のことで、ここでは拘束とみなしています。

 動き回れば、伴うリスクはあります。70代の精神疾患を抱えた女性は、ずっとベッドに拘束されていました。床をはい回ってしまうことや、転倒などのリスクについて、親族の理解を得て拘束をやめたところ、次第に歩けるようになり、スタッフも親族も驚くほど生き生きとした様子になったそうです。でも、1年4カ月後、歩いて他の患者のところに行き、もらったパンをのどに詰まらせて亡くなりました。親族は理解してくれたそうですが、以来、縛らないことのリスクについて、より丁寧に説明し、理解を得るようにしているそうです。

 したくて拘束する看護師なんていない。どうすれば安全を確保しながら、人間らしい看護ができるか、ジレンマの連続だと松下さんは言います。「でも、悩むこと、ジレンマを抱えることこそが看護じゃないですか」(三輪さち子)

 

ゼロ実現には観察・分析 介護施設で取り組む柴尾慶次さん

 介護老人保健施設「大阪緑ケ丘」(大阪府岸和田市)の柴尾慶次事務長(67)は、約20年前から拘束ゼロをめざしてきました。

 1999年から特別養護老人ホームの施設長を務めました。当時のその施設は、50人ほどの利用者のうち3分の1がベルトで縛られたり、ミトンをはめさせられたりしていました。職員に理由を聞くと「前の施設長から『拘束せずに事故が起こったら、職員個人の責任』と言われて仕方なく」と返ってきました。「介護で大切なのはそれまでの日常とのギャップをいかに小さくするか。拘束は日常から一番遠いものです」。何かあったら自分が責任をとると職員に伝え、拘束ゼロを宣言しました。

 命が危険にさらされるような緊急な場合でも例外なく拘束しない方針に、職員からは反発も。しかし、当時すでに拘束ゼロを実現していた医療施設を見学してもらうと、一気に意識が変わりました。「『本当に、ひもが一本もありませんでした』と驚いて帰ってきた。工夫すれば縛らなくてすむ、とわかったのです」

 なぜ車いすやベッドから落ちるのか、暴れるのか。丁寧に観察し分析すると、「長時間同じ姿勢で体が痛くなっている」「ベッドでの生活をしたことがない」「トイレに行きたくなると暴れる」など、背景やタイミングがわかります。すると事前の対処が可能になり、次第に拘束は減りました。点滴や経管栄養の管を抜いてしまう人には、「点滴などの必要をなくすために、口から食べ続けることを支援しよう」と、独自のソフト食や選択制の献立など、工夫を重ねました。実際に胃ろうをやめられたケースもあるといいます。

 「ちょっと待って」などの、強い言葉による拘束(スピーチロック)も含め、3年ほどで拘束ゼロは実現しました。「とことんまでのリスク回避に取り組まないまま、安易に拘束が行われていないでしょうか。人手不足は間違いないけれど、1対1で介護していても事故は起こるときは起こる。それだけを言い訳にするのはいけない」

 現在の「大阪緑ケ丘」では、利用者のうち数%に対して拘束があったため、4年前の着任直後に拘束ゼロの目標を掲げました。認知症の人たちが過ごす広い部屋の出入り口の施錠をやめ、立ち上がりを防ぐために付ける車いすの机を外し、数年かけて改善してきているといいます。

 ニュースになる深刻な虐待の陰には、多くの不適切なケアや安易な拘束が積み重なっている。そうした拘束などをつぶしていくことでしか、深刻な虐待は防げないと柴尾さんは言います。「拘束を減らそうという空気を業界や国全体で盛り上げないといけない。以前の施設の職員が先進施設を見学して意識が変わったように、それぞれが進める良い取り組みが広がらないのも問題」と柴尾さんは指摘します。(船崎桜)

 

 ◇福祉と医療の違いを踏まえつつ、身体拘束について悩みながら議論を進めてきました。現場を知る人から、ある程度の拘束は仕方がないという意見も多く寄せられ、考えこんでしまいました。その現場の状況は、自分や身近な人が拘束に直面しない限り、なかなか知ることができません。身体拘束をめぐる、様々な取り組みを共有していくことが、人間らしい介護などの福祉と医療に近づく一歩になると思います。(三輪さち子)

 

 ◆ほかに高橋健次郎、水野梓、森本美紀が担当しました。

 

 ◇次回17日は「横断歩道、止まらない?:1」を掲載します。

 

 ◇アンケート「横断歩道、止まらない?」をhttp://t.asahi.com/forum別ウインドウで開きますで実施中です。ご意見はasahi_forum@asahi.comメールするでも募集しています。

 

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