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 健康・医療情報との「向き合い方」の方法・手順(行動指針)として、「科学的根拠に基づいた医療(EBM)」を紹介しました。そして、科学的根拠に基づいた医療には、「科学的根拠」以外にも3つの要素があることを説明しました。今回は、その3つの要素について詳しく解説します。

 

▼「科学的根拠に基づいた医療(EBM)」には、「科学的根拠」以外にも考慮すべき3つの要素がある

▼EBMでは、ときに科学的根拠が示す結果とは異なる判断をすることもあり得る

▼EBMを実践するためのは5つのステップがある

 

 前回の繰り返しになりますが、科学的根拠に基づいた医療とは、「科学的根拠」「臨床現場の状況・環境」「医療者の技術・経験を含む専門性」「患者の意向・行動(価値観)」の4要素を考慮し、より良い患者ケアに向けた意思決定を行うための行動指針』と定義されています。

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 実は、ふだん私たちが「エビデンス」と呼ぶ「科学的根拠(=正確な情報)」は、4つの要素の1つに過ぎません。EBMを実践する上で注意しなければならないのは、「科学的根拠があるから、その治療をするべきである/しなければならない」「科学的根拠がないから、その治療はするべきではない/してはいけない」と短絡的に治療方針を決定するものではないという点です。さらに、EBMおいては「科学的根拠以外の要素も考慮するため、ときに科学的根拠が示す結果とは異なる判断をすることもあり得る」とも言われています。

 ただ、誤解しないでいただきたいのですが、科学的根拠を軽視しているわけでは決してありません。治療方針を決定する上で、科学的根拠が貴重な判断材料になることは間違いありません。しかし、科学的根拠が示す結果が、そのまま患者さんの意思決定に直結するわけではないことは、EBMを考えていく上で忘れてはいけません。また、これまで繰り返し説明してきた通り、正確な情報であるランダム化比較試験の結果であっても必ず不確実性が伴います。

それらの点を踏まえた上で、さっそく「科学的根拠」以外の3つの要素について、具体的な事例を挙げながら解説していきます。

 

EBMにおける「科学的根拠」以外の要素

◎「臨床現場の状況・環境」

これは、患者さんの病状やその周囲を取り巻く環境を指します。例えば、以下のような内容が該当します。

・患者さんの病気の進行度

・合併症の有無

・家族構成

・経済状況(収入、保険の有無など)

・病院へのアクセス

もう少し大きな視点でみると、その患者さんが住んでいる国の医療制度なども含まれてきます。極端な例になりますが、臨床試験の結果(科学的根拠)で最も効果の高い治療法があったとしても、医療制度が異なれば、使うことができないケースが出てくることもあります。例えば、我が国でも議論となった「ドラッグ・ラグ(海外で使用できる薬剤が日本で保険適用になっていないため使用できない等)」は、この「臨床現場の状況・環境」に関わってきます。

 

◎「医療者の技術・経験を含む専門性」

 EBMが我が国に取り入れられるようになる以前は、治療方針は医師の経験や勘によって決定され、患者はそれに無条件に従うという状況でした(少しオーバーな表現ですが...。)。そして、その反省からEBMが広まった経緯があるため、EBMは医師個人の臨床経験などの専門性を否定するものである、という誤解が生じてしまいました。しかし、EBMにおいて「医療者の技術・経験を含む専門性」は重要な一つの要素になっています。

 つまり、治療方針を決定するためのプロセスにおいて、医療者は科学的根拠を提示するという単なる情報提供者だけの役割にとどまるのではありません。ましては、科学的根拠を振りかざしたり押し付けたりすることが医療者の役割では決してありません。

E BMにおいて医療者に課せられた任務は、科学的根拠を判断材料として、「臨床試験の状況・環境」を見極め、後述する「患者の意向・行動(価値観)」にも配慮しながら、患者とともに治療方針をきめていく「共同作業者」「パートナー」といったところになります。

 

◎「患者の意向・行動(価値観)」

 いきなり「あなたの価値観はなんですか?」と聞かれても、戸惑ってしまう人が多いかもしれません。もう少し具体的な表現で質問すると、次のようになると思います。

・今、大切にしていることはなんですか?

・今、一番解決したい問題はなんですか?

・将来の希望や願いはなんですか?

・生きる意味や目標はなんですか?

・好きなものはなんですか?(嫌いなものはなんですか?)

 この質問だったら、答えることができる人は多いのではないでしょうか。例えば、治療方針を決定する際に、「非常に高い効果があるが、副作用も強い治療法」と「まずまずの効果があり副作用は出にくい治療法」があった場合、治療効果を優先するのか、副作用を優先するのかは個人個人によって異なってくることがあるかもしれません。

 

EBMの具体的な手順

 実際にEBMを実践する際には、次の5つのステップにわけて考えていきます。

 

ステップ1:疑問の定式化

ステップ2:情報収集

ステップ3:情報の批判的吟味

ステップ4:情報の患者への適用

ステップ5:ステップ1~5のフィードバック

 

◎ステップ1:疑問の定式化

 まずは患者さんが何に困っていて、どのように解決したいのかを整理します。治療の目的や目指すべき方向性が定まっていなければ、問題解決には至りません。具体的には、過去の連載で取り上げたこともある「PICO」で整理していきます。

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◎ステップ2:情報収集

 ステップ1で定式化した疑問を解決するための情報を収集します。具体的には研究論文や診療ガイドラインなどになります。

◎ステップ3:情報の批判的吟味

 集めてきた情報の信頼性を批判的に吟味します。この連載で解説してきた情報を「見極める」ということにほかなりません。

◎ステップ4:情報の患者への適用

 集めてきた情報を批判的に吟味し、どのように利用していくのかを患者と一緒に考えていきます。繰り返しになりますが、ステップ2・3で得られた情報を機会的に患者へ当てはめていけば良いというわけでは決してありません。前述の通り、科学的根拠以外の要素である「臨床現場の状況・環境」「医療者の技術・経験を含む専門性」「患者の意向・行動(価値観)」も考慮しながら、得られた情報を利用するのかしないのかを考えていかなければなりません。

◎ステップ5:ステップ1~4のフィードバック

 実際に行った医療行為によって、患者さんはどうなったのかを客観的に評価し、改善点がなかったかを振り返る作業です。ステップ2・3で得られた情報の代表格であるランダム化比較試験の結果であっても不確実性が必ず伴います。つまり、ステップ4において情報を患者に適用(医療行為を実施)しても、ステップ1における疑問が解決できていない可能性があるわけです。ですから、もし、疑問が解決できていないのであれば、改めて疑問を整理し直して、ステップ1~4を繰り返していく必要があります。

 

 次回は、具体的な例を挙げながら、ステップ1~5を考えてみます。

 

<アピタル:これって効きますか?・健康・医療情報の見極め方>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/kiku

 (アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 大阪大学大学院准教授

大阪大学大学院医学系研究科統合医療学寄附講座准教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。同大学第二外科(消化器外科)入局。現在は緩和ケアチームで癌患者の診療に従事。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、内閣府消費者委員会専門委員(特定保健用食品の審査)も務める。