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 薬の副作用や病気の発生件数の本当の変化を正確に把握するのは難しいです。たとえば、タミフルの副作用として異常行動が疑われると広く報道されたのち、異常行動の報告数が増えたとしたらどうでしょうか。報道によって異常行動に注意がより多く払われるようになり、以前であれば報告されなかったようなものでも報告されるようになった結果かもしれません。

 副作用だけでなく病気の発生件数でも同じことが言えます。性感染症である梅毒は感染症法に基づいて診断すると全数が届出の対象になります。ここ数年、日本における梅毒の報告数が増えてきています。増加の理由はよくわかっていません。本当の病気の増加だけでなく、注目を集めて診断されやすくなったことも理由の一つではないか、と考えます。

 梅毒は疑って検査すれば診断は難しくありませんが、逆に言えば検査をしないと診断につながらないことがままあります。以前であれば、診断がつかないまま自然治癒したり、他の感染症だと誤診されて抗菌薬を投与されて治っていた症例が、梅毒が注目されて積極的に検査されることで診断されるようになっても、報告数は増えます。梅毒の増加を外国人観光客や若者の性行動の乱れのせいにする主張もみられますが、安易に過ぎます。

 医学以外の分野でも似たような現象があります。以下は文部科学省がまとめたいじめの認知(発生)件数の推移です。

 1994年度および2006年度に、いじめの件数の「急増」があるように見えますが、これは「見かけの変化」です。グラフでは誤解を招かないように折れ線をつないでいませんが、普通にグラフを描くと、1994年度と2006年度にいじめを増やすような何かが起こったのだという安易に考えたくなるかもしれません。しかし、注意しなければならないのは、グラフに使われるのは本当のいじめの件数ではなく「学校が認知した数」であることです。

 いじめ対策に取り組む弁護士や相談員らでつくるNPO法人「ストップいじめ!ナビ」によると、

「例えば報道などでいじめ問題が注目されると、例年以上にアンケートなどに力を注ぐ学校が出てくるため、『報道で盛り上がった年は、いじめの認知件数が増える』ということになります。『いじめが増えたから、報道が増えた』というわけではないことに、注意してください」

「文科省のグラフでは、1994年=平成6年と、2006年=平成18年に、『急増』しているようにみられます。しかしここには2つのマジックがあります。少なくとも、『報道などでいじめ問題が注目されたため、各学校が注意深く調査するようになり、認知件数が増えた』ということ、それから『社会問題として取り上げられたことを受け、文部科学省がいじめの定義を変えたため、より多めに数えられるようになった』という2つの要因が関わっています」

 とのことです。

 定義の変更による報告数の変化も、医学の分野であります。たとえば、高血圧や高コレステロール血症などの数値で診断する病気は、診断基準の変更で罹患数が変わります。医学や教育学のほかにも、「本当の変化」がなくても「見かけの変化」が生じる分野がたくさんあると思います。みなさんも、それぞれの身近な分野で、本当の変化と見かけの変化の違いについて考えてみてください。

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(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。