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 本格的な冬山シーズンを迎え、北アルプスなどの高山は、すっかり真っ白な雪化粧となりました。長野県大町市の長野県山岳総合センターは12月から、安全登山講座として冬山入門コースを開催しています。12月上旬、第1回の「冬山登山の基礎知識(机上講座)」があり、会場を訪ねてみました。

 長野県山岳総合センターは、鹿島槍ケ岳や爺ケ岳など北アルプスの名峰を望む大町市街の東部の高台にある山岳専門の施設です。夏山や岩登り、冬山などの登山講座を実施し、安全登山の普及や啓発に務めています。長野県が運営する施設ですが、県民以外でも利用や講座の参加は可能です。

 今回取材した「冬山入門コース」は、12月~2018年2月にかけ、3回実施。対象は、積雪期登山の初心者で、各講習の耐えられる体力がある65歳以下の男女です。まず、机上講座で厳しい気象条件に見舞われる冬山の実情や雪崩などの危険について学びます。その後、北アルプスの八方尾根で日帰り登山をし、アイゼン歩行やピッケルなどの冬山装備の使い方を習得します。最終の3回目では北アルプス・鹿島槍ケ岳のふもとのスキー場近くの尾根でラッセルや冬山でのテント泊、雪洞づくりを学びます。

 机上講座の講師は、同センターアドバイザーの東秀訓(ひがし・ひでのり)さんらが務めました。東さんは国立登山研修所職員の経験もあり、現在、石井スポーツ登山学校の事務局長に就いています。ヒマラヤや欧州アルプスの遠征経験が豊富で、国内でも積雪期の岩壁の難ルートの登攀(とうはん)や山スキーの第一人者です。講座に参加した85人をみると、首都圏など長野県外の在住者が多く、冬山登山の関心の高さがうかがえました。

 東さんは、まず冬山登山の魅力について映像を見せながら紹介しました。全国の登山者が憧れる北アルプスでは、「4月でも北アルプス北部の栂池では、雪が多く、7月でも剱岳では残雪があります。北アルプスに登る際、雪山技術を身につけることは、四季を通じて北アルプスの魅力を味わうために大切なことなのです」と言います。

 しかし、安全に冬山に登るためには、雪崩や滑落の危険を把握しなければなりません。長野県警のまとめによると、長野県内で今年の1月~2月の冬山シーズン中、24件の遭難が発生し、死者4人、けが人は17人にのぼりました。その多くが首都圏から近い八ケ岳や県内のスキー場のゲレンデ外などで発生しており、槍ケ岳や穂高連峰など北アルプスの難コースでの遭難はありませんでした。

 東さんは「最近の雪山遭難の大半は、冬山初心者やスキー客ら雪山の経験の少ない人たちばかり。つまり、冬山のリスクを認識せず、冬山を安全に登る技術を持たない人が遭難している」と説明しました。

 冬山のリスク(危険)とは何でしょうか? 冬山と夏山では、まず、気象条件が違います。冬は夏と比べて日照時間が短くなり、低温や積雪、吹雪などに見舞われることも珍しくありません。このため、夏と比べて行動時間が短くなり、寒さに備えた装備が必要です。深い積雪や硬い雪の斜面では、かんじきやピッケル、アイゼンといった冬山装備も必要です。この装備がなければ、滑落や疲労困憊(こんぱい)から低体温症になり、死亡事故にもつながります。

 冬山のリスクを知らなければ、リスクへの対応ができません。まずは、今回のような講座に参加したり、冬山経験者から冬山のリスクを学んだりすることがスタートとなります。本来、こうした冬山技術は、社会人山岳会や大学山岳部などの組織で、夏山から秋山を経て、冬山へとステップアップしながら学んでいくのが普通のスタイルでした。しかし、最近は、山岳会に所属しない未組織登山者が大半といえます。冬山技術は、登山の総合力といえるものなので、独学での習得は難しいのです。

 私の母校の信州大学山岳会は、4月に入部した新入部員の育成を中心に合宿など年間の登山活動を実施しています。夏山では、ある程度重い装備を担いでの長期縦走、秋山を経験した後、11月~12月上旬に「プレ冬山」として八ケ岳などで冬山合宿に備えた山行をします。ピッケルやアイゼン技術を習得し、ロープ操作などにも慣れます。こうした準備を経て、年末年始に北アルプスなどで、冬山合宿に挑みます。入学当初は、登山初心者だった1年生が、冬合宿前にはたくましいクライマーに育っているのです。

 今回の講座は、冬山初心者が対象です。東さんは「初心者は、道具で対処するのではなく、自分の技術にあったコースを選ぶべきだ」と力説しました。冬の穂高連峰を目指すベテラン登山家たちは、あえて厳しい気象条件や険しい岩壁に挑みます。そのためには厳しいトレーニングを積み、ピッケルやアイゼンなどの道具を駆使して、困難を乗り越えていきます。経験や技術が十分でない初心者の場合は、道具を購入しただけでは、使いこなせません。まずは、身の丈に合ったコースから冬山を楽しんで欲しいとの趣旨です。

 講座では、このほか、凍傷や低体温症など冬山ならではのリスクについての解説がありました。例えば、手袋だけみても、適切な素材を使わなければ、最初に水疱(水ぶくれ)ができ、処置を誤ると凍傷になって指の切断などにもつながります。地図についても、冬山は山が積雪で覆われ、夏山と違って的確なルートを見つけにくくなります。冬山での道迷いは、滑落など遭難に直結します。

 繰り返しになりますが、冬山技術の習得は、山岳会などに所属して学ぶのがベストな選択だと思います。しかし、社会人の場合は、勤務などの都合で難しいのが現状かもしれません。長野県山岳総合センターの安全登山講座は種類も多く、週末での開催がほとんどです。格安の宿泊施設も備えており、県外からの参加も歓迎しています。未組織登山者を含めて、登山技術を学びたい方の受講をお薦めします。

 2018年1月13、14日に北アルプス・五竜岳支稜・黒沢尾根で「雪山のリスクとその回避」が実施されます。対象は、雪山テント泊登山経験者で、雪山登山の緊急時対策技術を身につけたい方(65歳以下)です。定員10人。講師は、東さんが務めます。

 長野県山岳総合センターへの問い合わせは、電話(0261・22・2773)へ。

<アピタル:近藤幸夫の山へ行こう・健康と安全>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/climb/(近藤幸夫)

近藤幸夫

近藤幸夫(こんどう・ゆきお) 朝日新聞山岳専門記者

1959年。岐阜市生まれ。信州大学農学部卒。86年、朝日新聞入社。初任地の富山支局で、北アルプスを中心に山岳取材をスタート。88年から運動部(現スポーツ部)に配属され、南極や北極、ヒマラヤで海外取材を多数経験。2012年から日本登山医学会の認定山岳医講習会の講師を務める。現松本支局長兼山岳専門記者。