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 「科学的根拠に基づいた医療(EBM)」を実践するために、前回は具体的に5つのステップに分けて考えました。実はこのEBMは、身近な出来事にも応用可能なのです。今回は、少し肩の力を抜いて、身近な出来事を例にEBMについて考えてみたいと思います。

 

▼EBMには、「科学的根拠」以外にも考慮すべき3つの要素がある

▼「科学的根拠」が示す結果通りに決断行動することがEBMというわけではない

▼EBMで最も重要なのは患者と医療者とのコミュニケーション

 

 繰り返しになりますが、科学的根拠に基づいた医療とは、「科学的根拠」「臨床現場の状況・環境」「医療者の技術・経験を含む専門性」「患者の意向・行動(価値観)」の4要素を考慮し、より良い患者ケアに向けた意思決定を行うための行動指針と定義されています。

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 そして、前回、紹介した、EBMを実践するための5つのステップは以下の通りです。

ステップ1:疑問の定式化

ステップ2:情報収集

ステップ3:情報の批判的吟味

ステップ4:情報の患者への適用

ステップ5:ステップ1~4のフィードバック

 今回は、身近な出来事を例に挙げて、EBMの「真髄」に迫りたいと思います。

 

身近な出来事をEBMの5つのステップで考える

 身近な出来事として、次のような場面を想定してみます(※筆者の事例ではありません)。

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 ピンチに陥った夫になったつもりで、ステップ1の「疑問の定式化」をしてみます。

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 次に、ステップ2の「情報収集」です。すると、次のようなランダム化比較試験の結果があるとします。(※架空の研究結果です。)

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 ステップ3の「情報の批判的吟味」。怒っている妻には「花束を渡す」より「ハグをする」方が許される割合が高い、という研究結果を詳しく見てみます。

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 確かに「ハグする」方が、「花束を渡す」よりも2倍、許される割合が高いですが、一方で、「ハグ」は必ず成功するわけではなく、時には拒絶されて精神的な痛手を負うだけでなく、肉体的な痛手を負うリスクもあるようです。

 もっとも重要なステップ4「情報の患者への適用」について、EBMの図に当てはめながら考えてみます。

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 妻に許しを請うにあたって、うまく話を切り出し、さりげなくハグや花束を渡せるだけの「技術・経験」があるのか。また、夫婦の間に花束を渡したり、ハグしたりする行為をできるような「状況・環境」が日常的に整っているのか。また、ハグや花束に対してどのような考えをもっているのか。ここで、皆さんには、夫の視点になってよく考えてみてください。「怒っている妻には、花束を渡すよりもハグする方が許される割合が2倍である」というランダム化比較試験という最も信頼性の高い科学的根拠(※架空の結果です)が示す通り、妻の許しを請うために「ハグをする」と判断しますでしょうか?あるいは、妻の視点で、「ハグをされたい」と願うことはあるでしょうか?

 ここで、ステップ1~4を振り返ってみたいと思います(ステップ5)。

EBMで本当に大切なこと

 少し極端な例だったかもしれませんが、EBMは、ランダム化比較試験による科学的根拠を振りかざしたり強要したりするものではないということはご理解いただけたのではないかと思います。ランダム化比較試験の結果は、情報としての信頼性が高いことは事実です。しかし、EBMを実践するためにランダム化比較試験の存在が絶対条件というわけではありません。上に挙げた例で言えば、妻の両親からのアドバイスといった経験談や権威者の意見が重要になってくるかもしれません。

 また、EBMにおいては、科学的根拠以外の3つの要素も考慮した上で決断・行動の意思決定をおこなう必要があることもお分かりいただけたでしょうか。つまり、EBMは、医師(夫)の裁量や患者(妻)の好みや価値観を無視したマニュアル医療のことではありません。さまざまな要素に気を配りながら、最善の方法を探っていく共同作業がEBMになります。

そして、EBMを実践するにあたってもっとも重要なポイントは、EBMを説明している4つの輪を紹介した論文(文献1)のタイトルに示されています。

「治療方針の意思決定は、科学的根拠(エビデンス)ではなく、患者と医療者によってなされるべきである(Evidence dose not make decision, people do.)」

 EBMにおいては、患者と医療者が、お互いの価値観や経験を踏まえて、よく話し合って治療方針を決めていくことが求められています。今回、具体的な事例として挙げた件においても、夫と妻がよく話し合って仲直りできることを願ってやみません(※繰り返しになりますが、筆者の事例ではありません)。

 

《文献》

1.Haynes RB, Devereaux PJ, Guyatt GH: Physicians' and patients' choices in evidence based practice. BMJ. 324:1350, 2002.

 

<アピタル:これって効きますか?・健康・医療情報の見極め方>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/kiku(アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 島根大学・教授

島根大学医学部附属病院臨床研究センター・教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。同大学第二外科(消化器外科)入局。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、内閣府消費者委員会専門委員(特定保健用食品の審査)も務める。