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 幻覚やつじつまの合わない言動で混乱している場合でも、軽度の意識混濁を伴うのが「せん妄」です。たとえば、朝から夕方までぼんやりしていたのに、夕方から興奮して幻覚などの混乱が始まる「高活動型せん妄」、ぼんやりしていて会話がなくなり無気力になるなどゴソゴソとしている「低活動性せん妄」など、いくつかの姿があります。いずれも意識レベルが少し低下しているのが特徴です。

 外来で診察していると、目を開けてこちらと向き合っているものの「この人は今、意識レベルが低下しているな」と分かる場合があります。意識レベルが低下していなくても認知・記憶などが障がいされるのが認知症で、せん妄は認知症とは異なるものです。そこにせん妄が合併(並行して起きること)することも珍しくはありません。

 認知症の人が入院すると、2~3日目をピークとしてせん妄が起き、夜中に点滴のチューブを引き抜いたり、来ていた服を脱ぎ棄てたりしてしまうといった混乱が起きる場合があります。

 かつて私も大学病院に勤務していたころ、入院してきたアルコール症の人が、アルコールがなくって「アルコール離脱性せん妄」を発症し、治療したこともあります。すなわち、せん妄は認知症によるものだけではなく、他の病気でも起きます。また、環境の変化や体のバランスを崩したときなどにも起きやすく、高齢者では特に注意が必要です。

 

 82歳の高山新平さん(仮名)はアルツハイマー型認知症で内科のかかりつけ医が担当してきました。この3年間の介護は、妻と娘(昼間、自宅から実家に戻って)が続けてきました。高山さんの認知症は重度で、足腰の動きには何ら問題はありませんが、記憶や判断力は低下し、時に娘にも「あんたさん、誰やったかな」と聞くことさえありました。

 その彼が何日も興奮して眠れなくなったのが、先月の終わりごろでした。ある晩、高山さんは夕方から混乱して、多弁になり言葉がたくさん出るのですが、何一つとして妻や娘には何を言っているのかわかりません。何となく遠くを見るようなまなざしで、意識が混濁している感じは家族にもはっきりとわかりました。

 「おとうさん、しっかりしてや!」

 娘は不安になる自分の気持ちを落ち着かせようとするかのように、きつく高山さんを叱責しました。少しでも気を確かに持ってもらいたいと思ったのでした。

 ところが、それによって高山さんはより大きな声を出し始めました。次の日になっても収まりません。とくに夕方7時ごろを過ぎると声が大きくなり、妻や娘が思い余って高山さんを落ち着かせようとすると、「大混乱」が起きて二人ともたたかれてしまいます。高山さんは意識が混濁しているため、諭(さと)そうとする二人の言葉が耳に届きません。むしろ刺激となって、さらに混乱が増すのです。

 

 さすがに2日間眠れないと、妻も娘も体力的に限界が近づいてきます。そんな時、娘の訴えを聞いた内科医が往診してくれました。彼の姿を見たとたん、内科医は高山さんの意識レベルが下がっていることに気づきました。この内科医は地域の認知症を支える「認知症サポート医」でしたから、早速、地域の認知症疾患医療センターに高山さんを紹介してくれました。

 受診までに何日か時間がかかりましたが、センターで混乱した次の日には前の晩の混乱の記憶がまったくないことなど、せん妄を疑うポイントが分かりました。そして、アルツハイマー型認知症にせん妄が合併した、と診断されました。後日、センターからの紹介で、高山さんは私の診療所に通うことになりました。

 もし高山さんの状況を認知症の「行動心理症状(BPSD)」とだけ考えていたら、適切な診断に至らなかったかもしれません。でも、かかりつけの内科医(サポート医)の判断で、せん妄を見つけ出すことができました。

 せん妄は生物・心理・社会的要因が関係すると言われています。すなわち、生物学的要因(認知症のように脳が萎縮して小さくなることや脳血管に小さな脳梗塞ができること)で変化を受けやすくなります。不安など、その人のこころの影響や社会的変化、たとえば急に入院することや急な転居で環境が変わることなどから起きやすくなるものです。認知症の変化が、脳細胞の縮みや血管の詰まりによる脳の形の変化(これを「器質性変化」と呼びます)であるのに対して、せん妄は脳の働きが悪くなってぼんやりする変化(機能性変化)です。せん妄は治療をすれば、またしっかりとした状態に戻ることができます。

 

 大切なことは、せん妄の時に介護家族が「大慌て」をしないことです。私がかつて認知症の介護をする家族への支援をテーマに研究したことがあります。せん妄を起こす人を介護する家族に「せん妄はどうして起きるのか」「対応はどうするのか」「薬による治療はあるのか」などの一連の情報を提供します。介護家族が「せん妄は大変だけど、治す道があり、そのような時には医療に相談すればよい」という安心感を持ってもらうことができた家族と、そうではない家族を2年にわたって比較した結果、安心感を得ることができた家族から介護を受けている認知症の人は、そうではない人に比べて、せん妄の発生回数が減っていました。

 本人への治療ではなく、「家族の安心感が本人にせん妄が起きる回数を減らすのに役立つ」という結果が出ました。これを誤解して「家族がしっかりと介護しなければせん妄になる」とは理解しないでください。むしろ逆です。たとえ、せん妄を起こしても、介護家族がパニックにならず、「明日になれば医療職の人に連絡しよう」と思える安心感をもっていれば、そうした様子が、言葉にはならない「非言語的メッセージ」(ちょっとした顔の表情や、しぐさ、態度)となって、本人の混乱を押さえることになります。

 せん妄は家族のせいではありません。家族が責められるわけでは絶対にありません。家族の安心が得られれば、本人にも良い結果が期待できると理解してくださいね。

 

<アピタル:認知症と生きるには・コラム>

http://www.asahi.com/apital/column/ninchisyou/(アピタル・松本一生)

アピタル・松本一生

アピタル・松本一生(まつもと・いっしょう) 精神科医

松本診療所(ものわすれクリニック)院長、大阪市立大大学院客員教授。1956年大阪市生まれ。83年大阪歯科大卒。90年関西医科大卒。専門は老年精神医学、家族や支援職の心のケア。大阪市でカウンセリング中心の認知症診療にあたる。著書に「認知症ケアのストレス対処法」(中央法規出版)など