[PR]

 あけましておめでとうございます。

 本年も引き続き、認知行動療法を中心とした「上手に悩む」秘訣について、このコラムでご紹介して参ります。ご自身もしくは周りの方のためにご活用いただければと思っております。

 さて、昨年6月より連載中のADHD(注意欠陥・多動性障害)が疑われる「生きるのがつらい女性」、リョウさん(30代前半、独身一人暮らし)のシリーズを今年も続けていきます。このシリーズでは、大人の女性のADHDについて、その特徴や日々の困りごとへの対処法をご紹介しています。(リョウさんは架空の人物です)

 新年からこのコラムをお読みの皆様に、簡単にリョウさんのことをご紹介します。

 

    ◇

 リョウさんは社会人になってから、なんとなくうまくいきません。がんばって仕事をしているのに職場でちっとも評価されず、なんとなくいづらい雰囲気になって、何度も転職しています。プライベートでは、恋愛はいつも「二番目の女」で、好きになる人には決まって彼女がいます。学生時代からの仲の良い女友達は、そんな恋愛を考え直すように警告しますが、リョウさんが同じような失敗を繰り返すので、だんだん疎遠になりつつありました。また、そんな女友達が次々に結婚して出産していくことで、お互いの価値観がますますずれてきているようです。

 リョウ 「私はなにをやってもダメだ。仕事だって、もうどこでもうまくやれないし、結婚だって、焦っているのに本命の彼女にすらなれない。友達にも愛想を尽かされたんだ」

 みじめでやりきれない日には、浴びるようにお酒を飲みます。ゲームで夜更かしをして、やりきれない気持ちをなんとかおさえこもうとする夜もあります。こうした習慣から、朝早く起きることができず、午前中は仕事でも調子が出ません。そしてミスを連発し、ますますお酒と、ゲームと、報われない恋愛にはまっていく日々を送っています。

    ◇

 

 こうして振り返るとリョウさんは実に多くの問題を抱えていました。そして、それぞれの問題が連鎖していて、悪循環を生んでいたようです。

 こうした悪循環から脱出するには、まず「何から手をつけるか」がポイントになります。一般的には、次のようなところから、手をつけて改善していくのがよいと言われています。

 ・自分にとって変えやすい(実現可能性)

 ・変えることで他の問題にもよい影響が期待される(波及効果)

 

 リョウさんの場合なら、職場の同僚や上司を巻き込む問題よりは、自分の努力だけで成し遂げられるルーチンワークの見直しから取り組む方が「実行可能性」が高いでしょう。また、恋人や友達といった相手のいる問題より、夜更かしや、お酒の飲み過ぎ、朝寝坊など、自分自身に焦点を当てた問題に取り組む方が、成功率が高そうです。

 中でも、お酒の飲み過ぎや夜更かしをやめられれば、体調や気分もよくなりますし、脳を休めることで頭がすっきりして、仕事への集中力も高まるでしょう。仕事のミスが減ったり、身だしなみを整える時間ができたり、心に余裕が生まれてコミュニケーションもおだやかになったり、「波及効果」も期待できそうです。

 

 取り組む順番が決まったら、次は「どのように向き合うか」が大切です。具体的には、「ありのままの自分の状態に目を向ける」のです。

 みなさんは「マインドフルネス」という言葉をご存じですか? ありのままの自分に目を向けて、そのままを受け止める作業のことです。もともとの由来は仏教の概念ですが、宗教的な色彩を抜き、技法として認知行動療法に採り入れたものを、そう呼んでいます。グーグル社をはじめ、さまざまな企業が社員向けに採り入れているプログラムとしても話題になっていますね。自分の身体や気持ちに静かに耳を澄ませて、五感をフルに使いながら「今どんな感覚?」「どんな気持ち?」と自分自身をスキャンして行くのです。

 

写真・図版

 リョウさんはこれまで、自分の気持ちを完全に無視していました。自分自身を、粗末にさえしているところがありました。背景には「私は何をやってもダメだ」という、低い自尊心があったかもしれません。「マインドフルネス」は、自尊心の低い方にこそ、試していただきたい方法です。こうした作業を通して、自分に目を向ける習慣を作っていきます。リョウさんも、この技法を使って、さまざまな問題に取り組んできました。

 

 まず、リョウさんはお酒の問題から取り組みました。

 お酒はリョウさんにとって、心の「痛み止め」のようなものでした。お酒を飲んでいる間だけは、うまくいかない現実をほんの一瞬忘れられて、「まあいっか」と気楽になることができていました。でも、自分の気持ちに目を向けると、本当に欲しいものはお酒ではなくて、「うつうつとした気分を晴らすこと」だと分かりました。

 そこで、気持ちをお酒でごまかすことをやめて、お風呂にお湯を溜めて入りました。身体の芯まであたたまると、心も自然にほぐれていきました。また、ヨガレッスンにも通って、自分の疲れきった気持ち、悲しい気持ち、寂しい気持ちから目をそらすことなく受け止めることにしたのです。

 リョウ 「そう、今日の私は、こんなに疲れていて悲しいんだ」

 

 次に、リョウさんはゲームで夜更かしをする問題に取り組みました。

 タイマーをセットしてゲームを切り上げたり、ゲームではなくヨガに取り組んだりして、少しずつ夜更かしの改善を試みています。そして、できるだけ早く寝て、早く起きられるように、生活リズムの改善に取り組み始めました。

 

 身体は正直でした。「よく眠れた」「調子がいい」「すっきり起きられる」「ご飯がおいしく感じる」などの体験から、リョウさんは少しずつ健康を取り戻していきました。

 こうしてみると、急がば回れです。まずは生活リズムを安定させて、自分のコンディションという基盤を整えることで、次のステップである仕事や対人関係といった複雑な問題に取り組むための体力や気力を整えることにつながっているようですね。

 リョウさんは、この「健康を取り戻す」過程で、思わぬ副産物が生まれたことに気づきました。これまで、無頓着だった食べ物について、見直す機会になったのです。このお話は次回に続きます。

 

<リョウさんのこれまでの記事一覧>

▽社会人になってからうまくいきません

http://www.asahi.com/articles/SDI201706208106.html

▽どうして職場でつまずくのか

http://www.asahi.com/articles/SDI201707049099.html

▽最近女友達がそっけない

http://www.asahi.com/articles/SDI201707189880.html

▽恋愛はいつも「二番目の女」

http://www.asahi.com/articles/SDI201708010760.html

▽飲み過ぎてしまうのはなぜか

http://www.asahi.com/articles/SDI201708151741.html

▽わかっているのにやめられない事のやめ方

http://www.asahi.com/articles/SDI201708282372.html

▽決意だけは人一倍あるのですが

http://www.asahi.com/articles/SDI201709073086.html

▽立ち止まることを忘れてしまう

http://www.asahi.com/articles/SDI201709264104.html

▽気が乗らない仕事にやる気をだす方法

http://www.asahi.com/articles/SDI201710115160.html

▽仕事を途中で投げ出さないために

http://www.asahi.com/articles/SDI201710266146.html

▽どうしてもゲームがやめられません

http://www.asahi.com/articles/SDI201712058611.html

▽どうしても早起きできません

http://www.asahi.com/articles/SDI201712199593.html

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。