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 前回、「科学的根拠に基づいた医療(EBM)」においては、科学的根拠(エビデンス)が示す結果と異なる判断をすることがありうることを身近な例で考えてみました。ですが、筆者自身、エビデンスをないがしろにしているわけではありません。エビデンスがあることで、今まで不確かだったことが明らかになったり、新たな視点で物事を捉えることができるようになったりします。今回は、ユーモアあふれるエビデンスを紹介してみたいと思います。

 

▼科学的根拠(エビデンス)で世の中の現象を数字で判断することができる

▼思い込みや常識がひっくり返るような結果が出ることもある

▼しかし、そのエビデンスの捉え方は人によって千差万別である

 

なんとなく分かっているようで分かっていなかった世の中の現象

 

 毎年クリスマスの時期になるとイギリス医学会雑誌(British Medical Journal:BMJ)では、「ブリティッシュ・ジョーク(ブリティッシュ・ユーモア)」との言葉もあるイギリスならではのウィットに富んだ 論文が報告されます。今回は、それらの論文をクイズ形式で、いくつか紹介したいと思います。世の中には「なんとなく分かっているようで分かっていなかった」現象があります。そうした現象に関する「質問」を4つ用意しました。

 

【質問1】暴風雨の日、喘息(ぜんそく)患者の救急外来受診は「減る?」「変わらない?」「増える?」

【質問2】ペットを飼っていない人と比べて犬を飼っている人の歩行スピードは「遅い?」「変わらない?」「速い?」

【質問3】満月の夜、バイクの交通死亡事故件数は「増える?」「変わらない?」「減る?」

【質問4】雨の日、関節痛や腰痛の受診者数は「増える?」「変わらない?」「減る?」

 さあ、皆さんも、是非一緒に考えてみてください。

世の中の現象を科学的に分析してみる

 では、1つずつ回答とともに論文の内容をかいつまんで解説していきます。

 

【回答1】暴風雨の日、喘息患者の救急外来受診は?(文献1)

 答えは「増える」です。

 オーストラリアにおける「後ろ向き研究(時系列分析)」で、喘息患者の受診は2.49倍に増えることが明らかとなりました。筆者自身、不勉強を反省しなければならないのですが、雷を伴う豪雨のときに発症する喘息を「雷雨喘息(Thunderstorm asthma)」と呼ぶそうです。実際、2016年11月21日にオーストラリアのビクトリア州で、悪天候の後に雷雨喘息で死者が出たことがあり、この研究に取り組んだとのことです。なお、この雷雨喘息は、花粉が多く飛散する時期に暴雨が加わると、花粉の粒子に水分が含まれて細かく割れてしまい、通常であれば鼻の中で引っかかるはずのものが肺にまで到達してしまうことによって起こるとされています。

 喘息患者さんは、花粉症のシーズンなどは天気予報を少し注意深く確認しておいたほうが良いかもしれません。ただ、前回のコラムでもかきましたが、この論文の結果(エビデンス)に振り回され必要以上に恐れることはありません。

 

【回答2】ペットを飼っていない人と比べて犬を飼っている人の歩行スピードは?(文献2)

 答えは、少しだけ「遅い」です。

 イギリスにおける8785人(平均年齢67歳)を対象とした「コホート研究」で、2010-2011年の時点で犬や猫などをペットとして飼っている人と飼っていない人を調査しました。その後(2012-2013年)に歩行スピード、呼吸機能、椅子立ち上がり動作時間、握力、足の持ち上げ運動、バランス感覚、炎症マーカー、記憶力、抑うつ症状について比較検討しました。

 下の図を見ていただきたいのですが、ペットを飼っていない人を基準とした場合、「犬」を飼っている人は「歩行スピード」が少し遅いことが明らかとなりました(※図中、赤枠の箇所)。

 ただ、その差は、たったの「0.02m/秒=2cm/秒(全ての因子で補正した場合)」です。これを意味のある差と思うか、そうでないかは意見の別れるところかもしれません。

写真・図版

 

 なお、その他の項目については、「年齢と性別だけで補正した場合」と「全ての因子で補正した場合」のいずれでも統計学的有意差を認めたものはひとつもありませんでした(猫好きの筆者としては安堵しているところです。ただ、猫を飼っている人は「全ての因子で補正した場合」に足の持ち上げ運動が悪い成績になっているようなので、気をつけたいと思います)。

個人的には、学術論文に絵文字のような犬と猫のマークが掲載されている表を初めてみて驚いている次第です。

 

【回答3】満月の夜、バイクの交通死亡事故件数は?(文献3)

 答えは「増える」です。

 米国における1975年~2014年の40年間にわたるバイク事故を調査した結果、満月の日には5%(95%信頼区間:1.02-1.09)も交通事故死が増えることがわかりました。具体的には、満月の日は一晩で9.10件、満月ではない日は一晩で8.64件のバイクによる死亡事故が起きているとのことです。さらにスーパームーンのときは、22%(95%信頼区間:1.13-1.33)も交通事故死が増えていることも明らかとなりました。

 なお、年令や性別で細かく見てみると、若者の男性に今回明らかとなった傾向が強く確認されているようです。満月の夜と言えば「狼男」を思い出してしまいますが、満月が若い男性に何か影響を及ぼしているのかもしれません(冗談です)。

 

【回答4】雨の日、関節痛や腰痛の受診者数は?(文献4)

 答えは「減る」です。

 米国において2008-2012年にかけて関節リウマチ、変形性関節症、脊椎症、椎間板障害、非外傷性関節疾患などで外来を受診した人数(Medicareと呼ばれる健康保険のデータから算出)とその日の天候との関係を検討した結果、雨の日には受診者数が僅かに減ることが明らかとなりました。具体的には、外来受診者全体に占める関節痛や腰痛の患者は、雨の日には6.35%だったものが、雨以外の日では6.39%だったとのことです。統計学的には有意な差を認めている(P値=0.05)ものの、筆者らも臨床的には余り意味のない非常に小さい差であると述べています。それは、下の図を見てもらっても明らかだと思います。

写真・図版

 

 ただ、多くの人は、「雨の日は関節痛や腰痛が悪化する」と思っていると思います。今回の結果は、その皆さんの思い込みとは反対の結果を示したわけです。

 個人的には「雨の日は関節痛や腰痛のある人は痛くて病院に行けない」という背景が、もしかしたら隠されているのではないかと勘ぐっています。また、今回の調査結果は、医療制度の異なる米国での話です。ですから日本で同じ調査をしたら違う結果が出てくるかもしれません。

 

改めて科学的根拠に基づいた医療(EBM)

 連載で繰り返し取り上げている科学的根拠に基づいた医療(EBM)の図を再掲します。

写真・図版

 

 エビデンスは、これまで多くの人が常識だと思っていたことや個人の思い込みなどとは真反対の結果を示すことがあります。今年のイギリス医学会雑誌(BMJ)クリスマス特別号では、今回紹介した論文の他にも以下の様な内容が報告されています。

 

◎外傷患者のトリアージ(患者の重症度に基づいて治療の優先順位を決定し選別すること)のトレーニングにおいて、「アドベンチャービデオゲーム」は「Advanced Trauma Life Support(ATLS)の試験用教育アプリ」よりも有用だった(文献5)

◎平熱が高い要因として「女性」「腫瘍」「転移性腫瘍」「心不全」、平熱が低い要因として「加齢」「高血圧」「不整脈」「甲状腺機能低下症」「腎疾患」などが明らかとなった(文献6)

◎プライドの高い人(「過去30日間で、どの程度、自身で誇りを感じたか?」という質問で高得点をとった人)は、「驕れる者は久しからず」の慣用句とは裏腹に破産するリスクが少なかった(文献7)

 前述した通り、統計学的に有意な差を認めたとしても、そこに意味を見いだせるかどうか、つまりエビデンスが示す結果の捉え方は個人個人によって異なってきます。その点を踏まえて、今回取り上げたエビデンスに対しては、適度な距離を保ちつつ肩の力を抜いて楽しみながら向き合ってもらえたらと思います。

 

 それでは良いお年をお迎えください。

《文献》

1.Andrew E, et al. Stormy weather: a retrospective analysis of demand for emergency medical services during epidemic thunderstorm asthma. BMJ 2017;359

http://www.bmj.com/content/359/bmj.j5636別ウインドウで開きます

2.Batty GD, et al. Associations of pet ownership with biomarkers of ageing: population based cohort study. BMJ 2017; 359

http://www.bmj.com/content/359/bmj.j5558別ウインドウで開きます

3.Redelmeier DA, et al. The full moon and motorcycle related mortality: population based double control study. BMJ 2017; 359

http://www.bmj.com/content/359/bmj.j5367別ウインドウで開きます

4. Jena AB, et al. Association between rainfall and diagnoses of joint or back pain: retrospective claims analysis. BMJ 2017; 359

http://www.bmj.com/content/359/bmj.j5326別ウインドウで開きます

5.Mohan D et al. Efficacy of educational video game versus traditional educational apps at improving physician decision making in trauma triage: randomized controlled trial. BMJ 2017; 359

http://www.bmj.com/content/359/bmj.j5416別ウインドウで開きます

6.Obermeyer Z et al. Individual differences in normal body temperature: longitudinal big data analysis of patient records. BMJ 2017; 359

http://www.bmj.com/content/359/bmj.j5468別ウインドウで開きます

7.McMinn D, et al. Does pride really come before a fall? Longitudinal analysis of older English adults. BMJ 2017; 359

http://www.bmj.com/content/359/bmj.j5451別ウインドウで開きます

 

<アピタル:これって効きますか?・健康・医療情報の見極め方>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/kiku

 (アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 島根大学・教授

島根大学医学部附属病院臨床研究センター・教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。同大学第二外科(消化器外科)入局。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、内閣府消費者委員会専門委員(特定保健用食品の審査)も務める。