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 ADHDが疑われる「生きるのがつらい女性」、リョウさん(30代前半、独身一人暮らし)のシリーズを続けます。このシリーズでは、大人の女性のADHDについて、その特徴や日々の困りごとへの対処法をご紹介しています。(リョウさんは架空の人物です)

 リョウさんの口癖はこうでした。

 リョウ 「私はなにをやってもダメだ。仕事だって、もうどこでもうまくやれないし、結婚だってもう焦っているのに本命の彼女にすらなれない。友達にも愛想を尽かされたんだ」

 こんなふうに考えて、みじめでやりきれない日には、お酒をたくさん飲んでいました。

 

 リョウさんのように、お酒や、お菓子や、食べ物を、心の痛み止めのように、次々に飲み過ぎたり、食べ過ぎたりしてしまう方は多くいらっしゃいます。

 程度の差はそれぞれですが、私が出向く、一般市民の方や、学校の先生方、企業の職員の方を対象にしたセミナーなどでお目にかかる、比較的健康な方々の中にも、ひそかに「食べ過ぎ」「飲み過ぎ」で悩まれている方は多いのです。

 話をうかがってみると、「ご飯を2杯も食べてしまった」というような、普段の食事の量が多いというよりは、「ついつい間食をしてしまった」とか、「パンを一斤ドカ食い」とか、「ロールケーキを1本まるごと、恵方巻きのように食べてしまう」とか、「ポテトチップのビッグサイズを一気に食べた」など、なかなかバランスの悪い過食が多いようです。

 そして、たいていそれは、「ひとりのとき」に限られていて、罪悪感すら覚えながら、特に美味しいわけでも楽しいわけでもなく、ひたすら喉(のど)や胃に詰め込んでいると言います。

 これがもっと病気に近づくと、味や触感そのものではなく、詰め込むことが目的になってしまうようです。吐き出しやすいような工夫をしてまで、食べるケースもあります。

 

 リョウさんも、本当にお酒を美味しいと思って飲んでいるわけではありませんでした。そこで、自分の本当に欲しいもの、本当の気持ちに焦点を当てて、心の声を受け止める練習を始めました。そうすることで、過飲以外の方法で自分の気持ちをケアすることができるようになってきたのです。

 

 リョウさんは、この過程で、これまで無頓着だった「食べ物」への意識が、変わってきました。

 以前なら、スーパーで買ってきたロールケーキを、手づかみで1本まるごと食べていたリョウさんでした。「ケーキたった一切れで、満足なんかできない」と思っていました。

 しかし、リョウさんは、ひとりでカフェに立ち寄って、おいしいスフレを口にしたときにはっとしたのです。そのカフェは、焼きたてのスフレを出すことで話題のお店でした。最近テレビで紹介されたこともあり、店の前には長い長い行列が伸びていました。リョウさんは、そこに並んで、1時間後、やっとありつけたのです。紅茶とセットで2000円もする高価なスイーツでした。リョウさんは、そうっと焼きたてのスフレにスプーンを近づけました。触れるとふんわりしゅわしゅわの生地の感触がスプーンごしに伝わってきました。口に含むと、舌の上で消えてなくなってしまうほど柔らかく温かい泡が甘く広がりました。濃厚なバニラの香りが鼻までふんわりと抜けました。

 こんなふうにゆっくり味わっていると、

 リョウ 「あれ? こんな少ない量で、満足してる!」

 と気づいたのです。誰でも、ちょっと高いお店、すぐには手に入らない高価な物を味わうときには、いつもよりゆっくり、丁寧に、感じ取ろうとしますよね。それです。そして、自分では、なかなかこんなふうに食べないものです。

 お店では、焼きたてのスフレだけでなく、丁寧に入れられた紅茶が、素敵なティーカップに注がれて運ばれてきました。それを、ごちゃごちゃ散らかったテーブルの上ではなく、素敵なティーマットの上でいただくのでした。

 そういえば、リョウさんはこんなふうに自分の為に、わざわざお茶の支度をしたことはありませんでした。来客のためなら、張り切ることはできても、いただきもののちょっといい紅茶や、カップは、いつまでも「お客様用」として、使われないままなのです。自分用はというと、茶渋のついたマグカップにざっと注ぐくらいです。

 もっといえば、最近は紅茶を入れるのさえ面倒で、買ってきた炭酸ジュースやお酒がお供でした。そう考えると、今までなんと自分を粗末にしてきたことでしょう。いつだって他人を優先して、自分がお留守になっていたのです。

 リョウ 「たとえばロールケーキ1切れでも、こうやって自分をおもてなししてあげることで、満足できるのかもしれない。もしかすると、ロールケーキをまるごと1本食べるときよりも満足するのかもしれない。もっと自分のことも優先しよう。世界でたった一人の自分なのだから」

 

写真・図版

 その決意を忘れないために、リョウさんは自分のお気に入りのティーセットを買いました。

 リョウ 「インスタ映えしそう♪」

 動機はそれでもいいのです。リョウさんの食生活だけでなく、自分に対する態度も少しだけ変わっていきそうです。

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。