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 東京都に住む会社員女性(30)は中学生で腎臓の機能を失い、高校生で腎臓の移植手術を受けました。25歳で結婚し、昨年5月に男の子を出産しました。移植手術を受けた人は免疫抑制剤などをのみ続けなければなりませんが、その中には胎児に悪影響を及ぼす薬もあります。腎臓の機能を守りつつ薬を調整し、不妊治療にも取り組みました。子ども産もうと決めてから4年間。様々な苦難を乗り越えてきました。

突然、中2で人工透析に

 東京都に住む会社員女性(30)は昨年5月、男の子を産んだ。育休中で暮らしのすべてが子ども中心に回る。外出先を選ぶ際、真っ先に考えるのはおむつを替える場所があるかどうか。そんな時、子どもがいる生活を実感する。

 「ぐずっていようが泣いていようが、とにかく何をしていてもかわいいんです」

 透析治療、腎臓移植、不妊治療……、女性はこれまでに多くの山を乗り越えてきた。

 

 最初に異変を感じたのは中学1年生の春休みだった。部活でバドミントンをしていたが、何か体が重い感じがした。学校の行き帰りに足がきしむように痛み、いつも飲んでいた野菜ジュースを吐くこともあった。

 2年生になった。4月中旬、学校の身体測定で体重が3キロ増えていた。「急に太った」と一つ違いの姉に伝えると「思春期だからじゃない」と流された。

 ある夜、足がぱんぱんに膨らんでくるぶしがなくなっていた。象の足のようだった。だが、たいしたことはないと思い、翌日普通に学校に行った。

 その日は部活を休み、午後にかかりつけの内科を受診。尿検査で取った尿が濃い紫色だった。「いま飲んだぶどうジュースがそのまま出てきたんだろうか」。そんなのんきなことを考えた。

 すぐに大きな病院を紹介され、入院した。10日ほど後、当時あった都立清瀬小児病院(清瀬市)に移った。そこで、「抗GBM抗体陽性腎炎症候群」と診断された。自分の免疫が自分自身を攻撃して、腎臓が侵される病気だ。

 治療には免疫を抑える薬などが使われる。だが、女性の場合は症状が急激に進み、両方の腎臓の機能がすでに失われていた。腎内科の主治医、幡谷浩史(はたやひろし)さん(50)の処置ですぐに人工透析が始まった。入院は8月まで及んだ。

 2学期から学校に戻った。だが、毎日自宅で透析をし、定期的に通院しなければならない。そんな生活にうんざりした。腎臓の移植手術を受ければそんな生活から解放される。「移植ができるなら早く受けたい」。そう思うようになった。

 

高1で手術、透析から解放

 東京都に住む会社員女性(30)は中学2年生で腎不全になり、毎日自宅で人工透析をしながら学校に通った。

 授業は体育もなるべく級友と同じように受けた。マラソンなど激しい運動はできないが、水泳やバスケットボールなどをした。周囲も特別扱いをしないよう気を使ってくれた。部活のバドミントンはマネジャーとして続けた。

 だが、通院や体調の不良で学校は休みがちになる。食べ物の制限が多いこともつらかった。リンやカリウムの多い乳製品はあまりとれない。大好きな牛乳も少ししか飲めなくなった。夜は早めに食事をとり、透析の準備をしなければならない。高校生になったらアルバイトをしたかったが、このままでは到底無理だった。

 3年生になり、家族や主治医と相談して体調が落ち着いたら、腎臓移植を受けることにした。検査で、母親(62)から腎臓を提供してもらえることがわかった。

 高校1年生の7月、当時清瀬市…

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