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 「フレイル」という言葉をご存じでしょうか。健康と要介護の中間の状態を指し、国内で少なくとも250万人があてはまるとも言われています。フレイル状態の高齢者が元気に暮らすための対策を広げようと、旗振り役を担っているのが、東京大学高齢社会総合研究機構の飯島勝矢教授です。各地で住民グループの立ち上げに関わり、「上手な老い方を知ってほしい。変わるのはあなた自身」と呼びかけながら全国の自治体を走り回っています。臨床医だった飯島さんがフレイル対策に奔走するのはなぜなのか。そこには、「フレイル対策はまちづくりだ」との思いがありました。

拡大する写真・図版市民講演でフレイルについて話す飯島勝矢さん。「今からフレイル対策しよう、と思ってくれるような話を心がけてます」=2018年1月18日、神奈川県茅ケ崎市

 ――フレイルは英語のフレイルティ(Frailty=虚弱)をもとにした言葉と聞きました。詳しく教えて下さい。

 フレイルは健康と要介護の中間の時期を指します。でも、それだけではありません。頑張れば戻せるという「可逆性」という面があります。例えば、ついこの間要介護認定1になったが、頑張れば戻る状態。だから、気づきは早いほうがいい。そしてフレイルは「多面的」でもあります。メンタルのフレイルや、閉じこもりや経済的困窮、孤食などといった社会的フレイルもある。春まで働いていた人がコミュニティーデビューできずに、社会的フレイルになることも少なくありません。放っておくと、身体の衰えにつながります。これらが多面的に、歯車のように関わりあっているのがフレイルです。

 ――体だけではない、ということですね。

 はい。多面的なフレイルを幅広い形で底上げする必要があります。ただ、フレイルの最大のリスクは体の面にあります。すなわちサルコペニア(筋肉減少症)です。

 ――筋肉が減ることとフレイルがどう関係するのでしょうか。

 講演でよく紹介する話ですが、高齢期に2週間の寝たきりになると、いっぺんに7年分の筋肉を失ってしまいます。筋肉の衰えは要介護の入り口になりやすい。転倒リスクが高まり、外出頻度が減る。社会的なコンタクトが減ると、認知機能にも影響します。サルコペニアがフレイルの最大のリスクだと言うのはそういう訳です。

 サルコペニアは寝たきりだけが原因ではありません。食べ物や食べる力が深く関わっています。身のまわりに、こういう高齢者はいませんか。肉食を避けて柔らかいものばかりを食べる。素うどんと白身魚とお豆腐とか。そうすると、お口のかむ力が弱り、ますます肉を食べなくなる。その結果、低栄養になって要介護状態になっていく。講演で「口に負のスパイラルが起きますよ。このような概念をオーラルフレイルとして立ち上げたのですよ」と講演で話すと、会場がざわつきます。

拡大する写真・図版講演でフレイルのチェック方法を紹介する飯島さん(中央)=2018年1月18日、神奈川県茅ケ崎市

高齢者の小太り・肥満、リスクにならず

 ――咀嚼の力が重要だとは聞きますが、そう言われるとドキッとします。

 高齢者の多くはたんぱく質の絶対摂取量が不足しています。でも、たんぱく質の重要性はみんなわかっていますよね。だから「今日のおかずはちょっとひき肉を入れよう」とか言う。でも、どれだけのたんぱく質が必要か知っていますか? 目安として、1日に最低でも体重1キロあたり1グラムのたんぱく質を取らないと。体重60キロなら60グラム。しかし、今は80~90グラムぐらいを推奨されております。さらに食品の中にどれだけたんぱく質があるのか。200グラムのステーキは、200グラムのたんぱく質だと思っている人も少なくない。実は4分の1の50グラムしかない。しかも、高齢者は血となり肉となる効率も悪い。「たんぱく質の絶対量が足りない」というメッセージを理解してもらわないといけない。

 もう一つ、BMIパラドックスというものもある。中年層にとって、小太り肥満は健康に悪いですね。メタボです。ところが、高齢者の場合、小太り肥満はリスクにならない。従来は「BMIが高いとやばい」と言われていたが、それとは逆。国内だけでなく全世界で、高齢者の場合、中肉中背と肥満とは死亡率にあまり差がない、という報告が集まってきています。こういったフレイルに関する様々なことを理解して頂くために、各地を飛び回っているわけですが、私のような研究者だけでは限界があります。そこで、市民フレイルサポーターという方々に参加してもらっています。

広がるフレイルチェック

 ――フレイルの知識を伝え、フレイル状態かどうかをチェックするボランティアのみなさんですね。いま、どれくらいの自治体に広がっていますか。

 千葉県柏市で6年ほど前に始めた調査がきっかけでした。大規模な高齢者の調査をしていくうえで、多くの元気な高齢者にボランティアとして参加して頂きました。少しずつ増えて、2017年度は関東から九州までの20近くの自治体で、フレイルチェック事業が導入され、サポーターの人数も増えています。サポーターとして関わることで、自らのフレイルを予防して頂くことも狙いです。

 そもそもフレイルは、日本老年医学会に所属する研究者が「虚弱」を社会的なテーマとして広めるべきだと考えて口にし始めた言葉です。虚弱ではイメージが悪いので、英語のフレイルティをもとに「フレイル」としました。フレイルってなんか明るく聞こえますよね? 言いやすいですし、火付け役が連呼すれば必ず耳に残るようになると思っています。おかげさまで、今では多くの方が対策の必要性に賛同してくれています。一昨年には政府の「1億総活躍国民会議」で、閣議決定にフレイル対策が盛り込まれ、国民的な運動に発展しています。

拡大する写真・図版飯島さんの持論の一つが「フレイル対策はまちづくり」。研究者だけでは十分ではないという=2017年12月、東京都文京区の東京大

地域の処方箋とは? まちづくりに提言

 ――飯島さんは医師でもあります。患者さんお一人ずつと向き合っていた時と今では、ずいぶん違いますね。

 もともとは循環器内科で、狭心症や心筋梗塞の専門家です。確かに大学時代の同級生からは「おまえ変わったな」と言われます。心臓の専門医であった私が老年医学を志し、そして今のような地域づくり全般を取り組むようになりました。そうした私自身の変化の原点は、関東圏内のある同一の市の中にある二つの地域にあります。高齢化率、町並み、医療資源はすべて同じ。ところが要介護認定率が10%と25%とずいぶん違う。何がこの差をわけるのだろうかと。

 医師は診断して治療して、処方箋(せん)も出す。だけど、地域づくりという視点から考えれば、それはごく一部のかかわりにすぎないのではないかと感じるのです。さっきの自治体の話しは、医師のコントロールではどうにもならない世界。その先にあるコミュニティーって何だろう、という興味があった。言い換えれば、医師が出す処方箋だけではなく、「地域における処方箋というものは何だろう?」と考え直したわけです。もっと泥臭い、医学では説明できない悩みもあって。一人一人の悩みを聞いている時間はないが、みんなの笑顔が増えるために、行政が何をすればいいのか、ということを考えているわけです。

拡大する写真・図版フレイルについて語る飯島勝矢東大教授(左)=2017年12月、東京都文京区の東京大

 ――フレイル対策を進めていく飯島さんのゴールはどこなのでしょうか。

 人間の寿命は頑張っても115~116歳。130歳を目指そうなんて言いません。ベタな言い方ですが、目指しているのは健康長寿です。昔から「高齢者の方々にはやりがいとか役割とか居場所とかをもって生活してもらおう」という言葉をよく聞きますが、昔からも伝えられている内容ですが、まだまだ実行できていません。高齢期の方々には、健康長寿の三つの柱を改めて意識してもらい、活力あるまちづくりをしたいですね。三つの柱は、食と口腔機能、社会参加、運動です。フレイル対策は、自治体行政、研究者、民間企業、医療・介護関係者など様々な人が関わる「総合知によるまちづくり」です。そのムード作りが私の役目。行った先の自治体では、ただでは帰らずに、必ず一緒にやって行きましょうと握手して帰ろうと思っています。

<アピタル:ニュース・フォーカス・その他>

http://www.asahi.com/apital/medicalnews/focus/(聞き手・アピタル編集長 野瀬輝彦