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 前回は「体温を上げると免疫力がアップして健康になる」という話に医学的根拠がないことをご説明しました。「免疫力」を調べるのは難しいですが、体温と健康との関係を調べた研究ならあります。「BMJ」というイギリスの医学雑誌は、毎年クリスマスにちょっと毛色の変わった研究論文を掲載します。2017年は「平熱の個人差:患者記録の縦断ビッグデータ解析」という論文が発表されました(※1)。タイトルにある「縦断」とは研究対象を複数回、時間をおいて調べる手法のことです。

 対象はアメリカ合衆国のある大規模病院の外来患者約3万5000人(平均年齢52.9歳、64%が女性、41%が非白人)です。平熱との関係が知りたいので感染症の患者さんはあらかじめ除外されています。外来患者の体温は電子カルテに記録されます。また、病名などのデータも電子カルテに記録されますので、突き合わせることで体温とその他のデータの関係がわかります。まさに「ビッグデータ」です。

 いくつかの病気と体温との相関関係が見つかりました。たとえば、甲状腺機能低下症は低い平熱と、肥満やがんは高い平熱と関係がありました。甲状腺ホルモンは代謝を上げる作用があるので甲状腺機能低下症では平熱が低くなるのでしょう。肥満と高い体温の関係もわかります。熱を通しにくい脂肪を身に着けていると体温が上がっても不思議ではありません。

 日本では「低体温だとがんになりやすい」「体温を上げて免疫力を高めてがんを予防しよう」などと言われていますので、高い平熱とがんの関連については意外に思われる方もいらっしゃるかもしれません。がん組織では細胞分裂が活発であり代謝が上がっていることや、がんに対する免疫反応などで説明できるかもしれません。この場合、高い平熱はがんの原因ではなく結果ということになります。

 病気の他に性別や年齢なども平熱と関係していましたが、これらを全部合わせても平熱の高さの違いの8.2%しか説明できませんでした。では、平熱が高いか低いかの違いと最も結びついていたものは何だったでしょうか。それは死亡率でした。つまり、平熱が高い人ほど死にやすい傾向があったのです。平熱が0.149度高いと1年間の死亡率が8.4%高くなっていました。

 しかし、これはそんなに驚くような結果ではないと私は思います。以前にも似たような研究がありました。「ボルティモア加齢縦断研究」といって、健康な男性を長期間追跡したところ、体温が低い人と比べて体温が高い人のほうが死亡率が高かったのです(※2)。

 これらのデータを元に『長生きしたけりゃ体温を下げなさい』という本でも書こうと思いましたが、あまり売れそうにないですね。それ以前に、「体温が低いほうが長生き」だからといって「体温を下げたら長生きできる」とは必ずしも言えないのです。言い換えると、低い体温と長寿との間には、相関関係はあっても因果関係があるとは限りません。低い体温は、長寿の指標や予測因子ではあっても、直接の原因だとは考えられていません。

 それではなぜ、平熱が低い人は長生きする傾向があるのでしょうか?ありそうなメカニズムはこうです。食べすぎが体に悪いことはみなさん腑に落ちるでしょう。実験動物において、カロリー制限をすると長生きすることが知られています(2)。使えるカロリーが少ないと無駄使いできませんので代謝が落ち、体温も下がります。この場合はカロリー制限が原因で、低い体温と長寿のそれぞれが結果です。カロリー制限をせずに体温だけ下げても長寿になるとは限りません。

 人間でも同じことが言えるかどうかは不明で、今後の研究を待つしかありません。ボルティモア加齢縦断研究では、基礎代謝が高いことが死亡のリスクであることも示されたので、代謝が関係していることは確かです(※3)。ただこれも、代謝を下げると長生きできるとは限りません。

 今の時点で言えることは、平熱が低いだけで「免疫力が低いかも」「健康のために体温を上げなければ」などと心配しなくてもよい、ということです。むしろ長生きできるかもしれないとポジティブに考えてもよいぐらいです。

※1. Obermeyer Z et al., Individual differences in normal body temperature: longitudinal big data analysis of patient records., BMJ. 2017 Dec 13;359:j5468.

※2. Roth GS et al., Biomarkers of caloric restriction may predict longevity in humans., Science. 2002 Aug 2;297(5582):811.

※3. Ruggiero C et al., High basal metabolic rate is a risk factor for mortality: the Baltimore Longitudinal Study of Aging., J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2008 Jul;63(7):698-706.

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アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。

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