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患者安全を求めて

 日本において、無痛分娩(ぶんべん)が流行してきているといわれます。実際、日本産婦人科医会の全国調査では、2014年度に4・6%だった無痛分娩の割合が、15年度は5・5%、16年度には6・1%と増加していると推定されていました。一方、無痛分娩による重篤な事故も大きく報道されています。お産を控えた妊婦さんやその家族は、無痛分娩をどう考えればいいのでしょうか。高校教員をしていると、卒業した生徒が結婚や妊娠・出産を機に、会いに来てくれたり連絡をくれたりすることもあり、色々と相談を受けます。

 無痛分娩については、陣痛の痛みをどのように対処するかという不安をきっかけに考える人も多いですが、医療機関によっては「無痛分娩にしますよね」というような感じで、半ば強引に無痛分娩を進めていて断るような雰囲気ではない、と感じるようなところもあるようです。

 また、ネット上などでは、無痛分娩を選択することは女性の権利、というような意見も散見され、出産方法や出産する医療機関などの選択は、妊婦のライフスタイルや価値観の選択でもあると考えている人もいるでしょう。しかし、無痛分娩を選択するか否かによって、母子の「安全」の問題がどのように変化するのかを知っている人は少ないのではないでしょうか。

学会が緊急提言

 2017年4月16日、日本産婦人科学会が「無痛分娩に関する緊急提言」を発表しました。その内容は以下の通りです。

・無痛分娩は、自然分娩と違った分娩経過をとることを認識する(陣痛促進剤、吸引鉗子分娩が必要となる率が高いなど)。

・無痛分娩は、自然分娩のみを扱うときよりも、より高いスキルとマンパワーが必要なことを認識する。

・局所麻酔薬中毒や完全脊髄くも膜下麻酔などの合併症に対する知識とトラブルシューティングに熟達する。

 これを見れば、一般的に無痛分娩がリスクを高めることがわかります。また、「無痛分娩を選択すれば、本来の自然分娩とは違う分娩になる」という趣旨もはっきりと記載されています。

よく、「無痛分娩は、通常の自然分娩と同じように進み、ピーク前後の痛みだけを少し和らげてくれるものだ」と勘違いしている人がいますが、そうではありません。日本ではほとんどの場合、「無痛分娩」を選択したら、子宮収縮薬が二つの理由で使われるために、本来の自然分娩だった場合とは異なる分娩経過になってしまうのです。

無痛分娩は子宮収縮薬(陣痛促進剤)を使う

 日本では、無痛分娩を選択すると、基本的に、子宮収縮薬を分娩誘発剤として使用して、平日の昼間にお産を誘導する計画分娩になります。無痛分娩を選択しても、計画分娩を試みない医療機関は全国でも数えるほどしか無いと思います。

 もう一つは、麻酔薬を注射されると、分娩が始まった後にも、陣痛促進剤として子宮収縮薬を投与されることが一般的です。麻酔薬→陣痛が弱まる→陣痛促進剤→痛みが出る→麻酔薬追加→陣痛が弱まる→陣痛促進剤追加→痛みが出る→・・・という「いたちごっこ」のような状況になることもあるといいます。

 また、麻酔が効き過ぎて、いきむことが難しくなったり、子宮収縮剤によって陣痛が強くなり過ぎて分娩がコントロールできなくなり胎児が危険な状況になると、何度も、おなかを無理やり押したり、赤ちゃんを吸引したりするような、妊婦や家族が乱暴な印象を持つようなお産になってしまうケースもたびたび報じられています。また、麻酔が効いていると、赤ちゃんや子宮に過度のストレスがかかりつつあるときにも、妊婦が気付いて医療者に訴える、ということができなくなります。

  日本産科麻酔科学会のホームページの「無痛分娩Q&A」では、以下のように記されています。

Q8:無痛分娩をするなら「計画分娩(誘発分娩)になります」といわれました。

『「計画分娩(誘発分娩)」とは、分娩の日取りをあらかじめ計画的に決め、陣痛が始まる前にお薬を使ったり処置を行ったりして陣痛を起こすことです。すなわち自然の陣痛を待たずに、子宮の出口への処置や点滴からの薬を用いて分娩を進行させます。日本では、無痛分娩は計画分娩(誘発分娩)で行うという施設も少なくありません。(略)』

Q9:計画分娩(誘発分娩)はどのように行うのですか?

『(略)陣痛を強めるにはオキシトシンという子宮収縮薬の点滴をおこないます。この薬はもともと人の体内にあるホルモンの一種です。人によって効果が異なるため、少しの量から始めて、だんだんに増やしていきます。陣痛が強くなりすぎると赤ちゃんの酸素が足りなくなったり子宮が裂けたりすることがあるので、分娩進行中は赤ちゃんの心音(心拍数)と子宮収縮の状態を注意深く観察します。(略)オキシトシンの点滴を始める前に、子宮の出口を柔らかくするお薬を飲むことがあります。この場合も、赤ちゃんの心音の監視が必要です。(略)』

 この最後の方に書かれている「子宮の出口を柔らかくするお薬」とは、プロスタグランディンE2という薬で、やはり子宮収縮薬(陣痛誘発剤)です。

不必要な医療介入はリスクを高める

 海外では無痛分娩が多く選択されている国もある、などと言われますが、国によって、産科医療の体制なども違いますから、日本の無痛分娩が外国で実施されている無痛分娩と同じ内容だと考えるべきではありません。もちろん、同じ国内でも施設ごとに体制もやり方も異なるわけで、「無痛分娩」が全て同じ方法、同じ体制、同じ技術や質で実施される、と思い込んでいると、産科医療の実情に気付かず、結果として不本意なお産に終わってしまうかもしれません。

 医療介入には、手術であれ薬剤であれ、必ず合併症や副作用などのリスクがあります。にもかかわらず、医療介入を選択するのは、それ以上のリスクと考えられる病気などを治癒させる効果に期待するからです。何の異常もなく順調に進んでいる状況でも、医療介入をすればするほど健康や安全性が高まる、と考えるのは間違いです。必要のない医療介入は、合併症や副作用などのリスクばかりを高めていくことになるからです。

  麻酔自体、手技やコントロールが難しく、ミスやショック症状などで、以前から重篤な事故が数多く起こっている領域です。子宮収縮薬も、陣痛が強くなり過ぎて子宮が破裂するなどの重篤な事故が繰り返されてきました。無痛分娩を選択すれば、これらのリスクを一気に背負うことになります。

 「子宮収縮薬を使った分娩誘発や陣痛促進は、本来の陣痛よりも早めに陣痛を起こさせたり、本来の陣痛よりも強めたりするので、痛みが増す可能性がある。だから、無痛分娩をする」ということならば、最初から自然分娩をすれば無痛分娩は必要ないのかもしれません。また「痛みが不安で無痛分娩を選択するならば、子宮収縮薬によって分娩誘発や陣痛促進をします」という現在の日本の一般的な状況も、本末転倒しているような気がします。

 一方で、「無痛分娩で出産をすると産後が楽になる」というメリットがあるという記載もネットなどで散見しますが、何らかの事故に至ってしまったら「産後が楽」どころではありません。前述したように、日本の無痛分娩は、多くの場合、子宮収縮薬+麻酔薬なのであり、自然分娩+麻酔薬ではありません。産後が楽かどうかは、どのような出産方法であれ、幸い順調に終えることができれば楽でしょうし、何らかのトラブル等があれば、回復に時間がかかるでしょう。そして、中には、時間をかけても回復できないダメージを受けてしまうことがあるわけです。そのようなことになってしまう確率を下げることこそが、結局は、産後の楽にもつながるはずです。

事故の確率、下げる努力を

 以上のことを元に、「無痛分娩を選択する」ことの意味やリスクについて改めて考えてみてほしいと思います。私は、お産は「安全」が一番大事で、出産後、母子が無事で健康であることが何よりだと思っています。事故に遭って、それが取り返しのつかない結果にまで至る人はわずかかもしれませんが、事故に遭う確率を下げる努力はしておくべきです。

 安全性の問題を二の次にして出産を考えている人は、おそらく、安全性は、出産方法や医療機関によってそんなに変わらないから、積極的に考える必要は無い、と勘違いされているのではないでしょうか。安全性を高めるために、まずは、「必要な医療は受けるが、不必要な医療介入は避ける」という基本スタンスで、母子の状況に合わせて、出産方法や医療機関を選択することが大切だと思います。

 (次回では、無痛分娩などによる事故によって寝たきりの重度障害になってしまうケースと、妊産婦死亡率の関係について考えます)

<アピタル:患者安全を求めて>

http://www.asahi.com/apital/column/anzen/(アピタル・勝村久司)

アピタル・勝村久司

アピタル・勝村久司(かつむら・ひさし) 医療情報の公開・開示を求める市民の会 世話人

京都教育大学理学科卒。高校教師。長女の医療事故をきっかけに市民運動に関わる。厚生労働省「中央社会保険医療協議会」、群馬大学病院「医療事故調査委員会」などの委員を歴任。現在、産科医療補償制度「再発防止委員会」委員。著書に「ぼくの『星の王子さま』へ~医療裁判10年の記録~」(幻冬舎)など。