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 この連載で何度も出てくる言葉に「正確な情報」があります。これは、研究デザインの中で最も信頼性が高いとされる「ランダム化比較試験」の結果のことを指しています。一方、一般的には「正しい情報」という言葉もよく使われます。「正確な情報」と「正しい情報」、一見、同じような言葉ですが、あえて区別して使っています。今回は、その理由について、私個人の考えではありますが、紹介したいと思います。

 

▼「正しい」という言葉には、「こうあるべき」「こうするべき」といった意味が伴う

▼科学的根拠(エビデンス)には、正確さにおいて高いものと低いものがある

▼万人にとって「正確な情報」は存在するが、「正しい情報」は存在しない

 

 少し自慢めいてしまいますが、最近、「情報の見極め方」をテーマとした講演を依頼されることが多くあります。主催者と講演のタイトルを決める際、私からは「正しい情報」という言葉をできる限り避けてもらうように希望しています。その理由を説明する前に、まずは「正しい」という言葉の意味を辞書で調べてみたいと思います。

 

【正しい】(三省堂 大辞林)

物事のあるべき姿を考え、それに合致しているさまをいう。

①道徳・倫理・法律などにかなっている。よこしまでない。

②真理・事実に合致している。誤りがない。

③標準・規準・規範・儀礼などに合致している。

④筋道が通っている。筋がはっきりたどれる。

⑤最も目的にかなったやり方である。一番効果のある方法である。

⑥ゆがんだり乱れたりしていない。恰好がきちんと整っている。

 

 辞書の説明にもあるように「正しい」という言葉には、「こうあるべき」「こうするべき」といった強制力や倫理的な価値判断が伴っている印象があります。そのため、「正しい」の反対語は、「よこしまな」「誤った」「間違い」「歪んだ」といったネガティブなイメージがつきまとってしまいます。

では、そうした「正しい」という言葉の意味を踏まえた上で、健康・医療情報の信頼性について改めて考えてみたいと思います。

 

健康・医療情報の信頼性を担保するものは?

 健康・医療情報を見極める際、その情報の裏付けとなる科学的根拠(エビデンス)が、どのような方法で導き出されたものかに注目することが重要です。そして、科学的根拠(エビデンス)は、研究デザイン(方法)によって情報としての「正確さ」が異なります。研究デザインを、その「正確さ」や「偏り・偶然」が入り込みやすいかで比べると下の表のようになります。

 

 これらの研究デザインの中で、最も正確な情報は、複数の「ランダム化比較試験(観察研究を対象とすることもある)」で得られた結果をとりまとめ再評価したもの「システィマティックレビュー」になります。ランダム化比較試験とは、研究対象となる人を無作為(ランダム)に二つの集団に分けて比べるもので、このランダム化比較試験で得られた結果が正確な情報ということになります。

 

 一方、表の最も下にある経験談や権威者の意見は、偏りや偶然の入り込む可能性が否定できないため、情報としての正確さを低く捉える必要があります。なお、念のため補足しておくと、経験談や権威者の意見が「ウソ」「偽り」だと言っているわけではなく、あくまで情報(科学的根拠=エビデンス)としての正確さが担保されていない可能性がある、ということを述べています。

 さらに、「正確な情報」の意味について考えてみたいと思います。ランダム化比較試験の結果は、正確な情報、つまり再現性が高く信頼性が担保された情報であることは間違いありませんが、その治療法が「100%効く」ということを意味しているわけではありません。ランダム化比較試験で効果が証明された治療法をおこなっても、治る人もいれば治らない人もいるという「医療の不確実性」が必ず伴います。

 

◎医療の不確実性について考える[2017年10月12日](https://www.asahi.com/articles/SDI201710094974.html

 つまり、白なのか黒なのかと言われれば「灰色(グレー)」と言わざるを得ません。

 

「正確な情報」の医療における位置付け

 次に、ランダム化比較試験などの正確な情報が医療の現場において果たす役割および位置付けについて考えてみましょう。

 この連載で繰り返し取り上げている「科学的根拠に基づいた医療(EBM)」は、「科学的根拠」「臨床現場の状況・環境」「医療者の技術・経験を含む専門性」「患者の意向・行動(価値観)」の4要素を考慮し、より良い患者ケアに向けた意思決定を行うための行動指針と定義されています。

 

 「科学的根拠」は重要な要素ではあるものの、治療方針を意思決定する場面で、従わなければならない絶対的な存在というわけではありません。EBMにおいては、科学的根拠以外の要素も考慮するため、ときに科学的根拠が示す結果とは異なる判断をすることがありえます。

また、同じ数字が提示されても、人によって正反対の決断・行動の意思決定がなされる場合があることは、過去の連載で降水確率を例に解説しました。

 

◎雨の確率何%で傘持っていく? 医療での価値観とは[2018年1月11日](https://www.asahi.com/articles/SDI201801090822.html

 特に患者の価値観は、意思決定において非常に重要な役割を担っています。ただ、誤解しないでいただきたいのですが、何が何でも患者の希望通りに治療することがEBMと言いたいわけではありません。意思決定においては、患者に正確な情報が提示され、患者自身が、その情報を十分に理解していることが大前提です。

 患者に適切な情報提供がなされなかったり、患者が情報を誤解して受け取ったりしたまま意思決定するのは、いくら患者の価値観を尊重したとしてもEBMとは呼べません。

 

「正しい情報」「正しい判断(意思決定)」は存在するのか?

 ここで、今回のテーマである「正しい情報」と「正確な情報」との違いについて考えてみます。

 冒頭で「正しい」という言葉には「こうあるべき」「こうするべき」という強制力や倫理観が伴っている印象があると説明しました。

 しかし、EBMにおける「科学的根拠」は、患者に押し付けるものではなく、あくまで価値中立的な判断材料としての情報という位置付けになります。つまり、ランダム化比較試験などの「科学的根拠」が示す数字は、「治療するべき」「治療をしないべき」といった意味は伴っていません。以前、「科学的根拠」の位置付けについて、身近な例でも考えてみました。

 

◎EBMを身近な例で実践してみる[2017年12月21日](https://www.asahi.com/articles/SDI201712189554.html

 

 これらを踏まえると、医療現場において、「正しい情報」という呼び方は馴染まないと私自身は考えています。これは、決断・行動の意思決定においても同様で、どこかに唯一の「正しい判断」というものは存在しません。ある患者さんにとって正しいと思える判断であっても、違う患者さんにとっては正しいとは思えない判断になるかもしれないからです。

 出典を失念してしまったのですが、次のような科学万能主義に対する戒めがあります。

 

 「科学は農薬を生み出すが、それを使えとも使うなとも言ってくれない」

 

 これは、医学・医療においても同様だと思います。

 

「医学は薬を生み出すが、それを使えとも使うなとも言ってくれない」

 

 では、「薬を使う・使わない」といった決断・行動の意思決定は、どのようにしておこなったら良いのでしょうか。解決策のヒントは、EBMの説明で紹介した4つの輪についての論文(文献1)のタイトルに示されていました。

 

「治療方針の意思決定は、科学的根拠(エビデンス)ではなく、患者と医療者によってなされるべきである(Evidence does not make decision, people do.)」

 

 つまり、EBMにおいては、患者と医療者が、お互いの価値観や経験を踏まえて、よく話し合って治療方針を決めていくことが求められています。そして、患者が納得のいく決断・行動の意思決定ができたのであれば、「正しい」「間違い」と断定すべきものではないのだと思います。

 このような理由から、この連載では「正しい」という言葉を余り使わないようにしています。

 

《文献》

1.Haynes RB, Devereaux PJ, Guyatt GH: Physicians' and patients' choices in evidence based practice. BMJ. 324:1350, 2002.

<アピタル:これって効きますか?・健康・医療情報の見極め方>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/kiku

 (アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 島根大学・教授

島根大学医学部附属病院臨床研究センター・教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。同大学第二外科(消化器外科)入局。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、内閣府消費者委員会専門委員(特定保健用食品の審査)も務める。