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 情報の見極め方をテーマにした連載も今回が最終回です。正確な情報とはどのようなものか。そして、正確な情報を「物差し」にして、納得のいく意思決定をするために必要なこととは何なのか、を改めて振り返ります。そして、情報を発信したり、情報を受け取ったりする際に求められることについて考えてみたいと思います。

 

▼情報の見極め方で大切なのは、その情報の「正確さ」

▼情報の向き合い方で大切なのは、正誤・善悪ではなく受け取り側の「価値観・好み」

▼重要なのは、情報の発信側・受信側の相互理解による信頼関係

 

正確な情報の見極め方

 情報の正確さは、その情報がどのような方法で導き出されたかによって異なってきます。この連載で繰り返し出てきた情報の「正確さ」と研究デザイン(方法)を整理すると下の表のようになります。

 

 健康・医療情報の基本的な考え方では、ある治療法が「効く」と言うためには、研究対象となる人を無作為(ランダム)に二つの集団に分けて比べる「ランダム化比較試験」で有効性が証明されている必要があります。一方で、経験談や権威者の意見、細胞や動物の実験結果などに基づいたものは、意思決定の際の判断材料としては「話半分」程度に認識しておくぐらいの姿勢でかまわないと理解してください。

(※細胞実験や動物実験そのものを否定しているわけではありません。医薬品開発においては重要な研究になります。)

 ただし、ランダム化比較試験の結果が、正確な情報、つまり再現性が高く信頼性が担保された情報であることに異論はありませんが、その治療法が「100%効く」ということを意味しているわけではありません。ランダム化比較試験で効果が証明された治療法をおこなっても、治る人もいれば治らない人もいるという「医療の不確実性」が必ず伴います。つまり、白なのか黒なのかと言われれば「灰色(グレー)」と言わざるを得ません。

 

意思決定で重要なのは「価値観・好み」

 そもそも情報とは、ものごとを判断するための「物差し」の一つに過ぎません。また、健康・医療情報は不確実性を伴いますから、「こうしなければならない」「これをしてはいけない」という正誤・善悪といった考え方はなじみません。

◎正しい情報と正確な情報、その違いは?(https://www.asahi.com/articles/SDI201801302065.html

 最も正確な情報である「ランダム化比較試験」の結果であっても不確実性をともないます。その一方で、その治療を「する・しない」という決断・行動は、白黒がはっきりとしています。つまり、「灰色(グレー)(※ただし、正確な情報)」の情報から、「白黒」の決断・行動の意思決定をおこなわなければなりません。

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 そして、「灰色(グレー)(※ただし、正確な情報)」を「白黒」の決断・行動の意思決定につなぐ上で重要になってくるのが、そのひと個人個人がもつ価値観や好みになってきます。

◎雨の確率何%で傘持っていく? 医療での価値観とは(https://www.asahi.com/articles/SDI201801090822.html

 ですから、同じ情報を受け取っても、価値観や好みによって、決断や行動が異なる可能性が出てきます。しかし、ここで気をつけていただきたいのは、自分と他人が異なる意思決定をした場合、人はともすると「どちらが正しい」「どちらが間違っている」といった正誤あるいは善悪で捉えがちになってしまう点です。異なる意思決定は、個人個人の「価値観や好みの違い」に過ぎません。

 つまり、決断・行動の意思決定において、万人に共通の「正しい」「間違い」があるわけではないのです。決断・行動の意思決定のおいて大切なのは、正確な情報をもとに、十分な理解のうえで、個人個人が納得のいく形でおこなわれることです。

 

世の中は「不信感」「不安感」であふれている?

 連載で、医療現場での治療方針を決める場面を例に、意思決定の際に、患者さんに過剰な負担を強いてしまう問題や、医師のコミュニケーションに関する課題について取り上げました。その中で繰り返し触れてきたのが、医師と患者との信頼関係の重要性でした。

 前回の記事では、確固たる信頼関係が築かれている状況で医師が患者に対して「大丈夫!」と安心感を提供できれば、意思決定における患者さんの心理的負担は軽減する可能性について紹介してきました。

◎医療現場に足りないもの、それは「大丈夫!」と「覚悟」(https://www.asahi.com/articles/SDI201802062559.html

 しかし、信頼関係の重要性を強調しなければならないということは、今の医療現場では信頼関係が失われてしまっていることの裏返しかもしれません。信頼関係が失われている背景に、患者さんの医療に対する不信感があるかもしれません。

 過剰とも思われるメディアによる医療事故報道、ベストセラーになる医療否定本、不正確な情報ばかりを発信する医療情報サイト……。こうしたことがある状況ならば、多くの人が医療に対して不安や不信感を抱いてしまうことは十分に考えられます。そして、「医療不信」に陥っている患者さんが多くなれば、医師は萎縮してしまい、保身に走ってしまう可能性があります。そうなると、医師は、「インフォームド・コンセント」の名の下に、淡々と医学的情報のみを説明し、必要以上のことは話さない事になりかねません。

 その結果、患者さんは、あくまで中立的な立場を崩さず情報提供者に徹する医師に対して、「何か冷たい」と感じてしまい、さらに不安や不信感をつのらせてしまう可能性があります。

 このような負のスパイラルに陥ってしまうと、意思決定における患者さんの心理的負担は解消されないばかりか、場合によっては治療拒否などの行動につながりかねません。

 世の中を見渡すと、医療否定本とともに「これだけやればがんが治る!」「これでがんが消えた!」などといった書籍が、まるで「セット販売」されているかのように出版されている現状があります。これは、インターネットの情報やテレビなどのマスメディアの報道も同様です。まさに、不安をあおり、安心を押し売りする「マッチポンプ」が疑われるような状況です。

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 私自身、この記事で、補完代替医療を利用する患者さんを非難したいわけではありません。

 以前、健康食品を利用している患者さんから、こんな話をうかがったことがあります。

 「もともと健康食品に効果があるとは思っていない。どちらかと言えば怪しい、インチキ臭いぐらいに考えている。それでも、健康食品を利用しているのは、『これを飲んでいれば大丈夫』と自分自身を納得させるための安心感を買っているようなものなんです」

 この話を聞いて、今の医療現場では患者さんに十分な安心感を提供できていないことを厳しく指摘されたと私は感じました。もしかすると、患者さんが補完代替医療を利用するのは、冷徹な医療現場がきっかけになっているのではないか、とも考えさせられました。

 

今後求められるのは相互の「信頼関係」

 新聞・テレビ・ラジオ、本や雑誌などの書籍、インターネットサイト、皆さんの身の回りでは、本当にさまざまな形で健康・医療情報が発信されています。

 少し苦言を呈するようですが、情報を発信する側の人達は、健康・医療情報は人の命にも関わる可能性があることを是非、肝に銘じてほしいと思います。不正確な情報を発信すると、そのメディア自体への不信感にもつながる可能性があります。ただ、情報発信側が一方的に努力するだけでなく、情報を受け取る側も、情報を読み解き活用する力(情報リテラシー)を身につける必要があります。情報発信側と受信側がお互いに努力し、信頼関係を築くことで、健康・医療情報は本当の意味で役に立つものになると思います。どちらか一方だけが、努力するようなものではありません。お互いに責務を果たす努力をすることで、信頼関係が築かれていくものだと思います。

 また、医療現場においても、医師と患者の間に信頼関係があれば、医師は保身に走ることもなくなるでしょう。また、患者さんも必要以上に医師に責任や義務を課すことなくなるのではないでしょうか。そして、メディアが、信頼関係を破壊するような記事ではなく、信頼関係を育むような記事を報道していけば、後押しになってくれることは間違いありません。

 患者さんが納得のいく医療を安心して受けるために、医師と患者との相互理解に基づく確固たる信頼関係が、医療現場に築かれていくことを願ってやみません。

<アピタル:これって効きますか?・健康・医療情報の見極め方>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/kiku(アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 島根大学・教授

島根大学医学部附属病院臨床研究センター・教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。同大学第二外科(消化器外科)入局。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、内閣府消費者委員会専門委員(特定保健用食品の審査)も務める。