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 前回のコラム「無痛分娩、決める前に知ってほしいこと」では、無痛分娩を選択すると、日本では子宮収縮薬(陣痛促進剤)が使用されることが一般的であるために、麻酔の合併症に加え、陣痛促進剤の副作用のリスクも高まることをお伝えしました。

 必要がある場合は別ですが、安全なお産のためには、不必要な医療介入はできるだけ避けるべきです。しかし、昨年末に、『日本産婦人科医会が「無痛分娩と無痛ではない分娩の死亡率に明らかな差はない」とする調査結果をまとめた』という報道がありました。「無痛分娩を選択してもしなくても、安全性に差がない」とも聞こえますが、本当でしょうか?

死亡率で医療の質は推し測れない

 その報道は、昨年(2017年)11月22日のものでした。

 『関西で無痛分娩による事故が相次いだ問題で、日本産婦人科医会は、「無痛分娩と無痛ではない分娩の死亡率に明らかな差はない」とする調査結果をまとめた。2010年からの6年間で、日本産婦人科医会に報告された妊婦の死亡例は277件で、そのうち14件が無痛分娩だったという。これをもとに推計すると、無痛分娩で死亡する妊婦は10万人あたり4.9人だとして、妊婦全体の3.9人と比べ、「無痛分娩とそうではない分娩での死亡率に明らかな差は認められない」と結論づけた。』(日テレニュース24)

 冒頭にある、「関西で無痛分娩による事故が相次いだ問題」というのは、昨年(2017年)6月頃に報道された、京阪神の4つの医療機関での6件の無痛分娩の事故です。それらの事故の報道を受け、無痛分娩の安全性に不安が広がる中での、この日本産婦人科医会の報告は、「無痛分娩でも、特段に妊婦の死亡率が上がるわけではないから、安心してください」と不安を沈静化させようとしているように感じます。

 しかし、この報告にはいくつもの疑問を感じます。

 まず、「死亡率」が、出産の安全性を示しているかのようにミスリードしている点です。実は、「死亡率」では、医療の質や安全性を推し測ることはできません。どうしてでしょうか?

死亡率にカウントされない被害者たち

 出産に関連した事故の死亡率は、それぞれ以下のよう定義されています。

 (厚生労働省:厚生統計に用いる主な比率及び用語の解説)

 「妊産婦死亡率」→出産後42日以内の母親の死亡率。

 「周産期死亡率」→妊娠22週以降から生後1週間以内の子どもの死亡率。

 「早期新生児死亡率」→生後1週間以内の子どもの死亡率。

 「新生児死亡率」→生後4週間以内の子どもの死亡率。

 しかし、昨年に再三報道された、京阪神の6件の無痛分娩の事故は、以下のような結果になっています。

 「京都の3件」→同じ医療機関の事故で、1件は子どもが寝たきりのまま3歳で死亡。あとの2件は、事故直後から母子ともに寝たきりの植物状態が長期に継続。

 「神戸の2件」→異なる医療機関で、それぞれ母親は寝たきりのまま1年8ヵ月後と1年後に死亡。その内1件は子どもも寝たきりのまま1歳11ヶ月で死亡。

 「大阪の1件」→事故後から母親は寝たきりのまま10日後に死亡。

 まとめると、6件の事故で、5人の母親が重度障害で寝たきりになり、その内の3人は、10日後、1年後、1年8ヶ月後にそれぞれ死亡しています。また、同じく4人の子どもが重度障害で寝たきりになり、その内の2人は、1歳11ヶ月と3歳で死亡しています。つまり、母子合わせて9人の重篤な被害の内、妊産婦死亡率(42日以内)や周産期死亡率(一週間以内)にカウントされる死亡に該当するのは、10日後に死亡した母親1人だけです。

 日本産婦人科医会は、事故から1年後に死亡したケースまで報告するように依頼しているようですが、上記の6件全てが、報道されるまで、日本産婦人科医会には事故そのものが報告されていなかったということです。そもそも、上記の医療機関には、日本産婦人科医会に加入していない医療機関もありました。また、事故が報道されるのは、被害者の家族や遺族が、再発防止のために何らかの行動をされたからです。日本の現状では、そのような行動をとるためには、相当な情報収集や覚悟が必要であり、報道されている事故は、まさに氷山の一角だと考えられます。

 このようなデータを根拠にして「無痛分娩とそうではない分娩での死亡率に明らかな差は認められない」と、厚労省の研究班が公表したことには、被害者や家族は納得がいかないでしょう。なぜなら、上述したように、事故事例の多くがカウントされない仕組みになっていますし、その中でカウントされることになっているはずの死亡例でさえ、報告されていない可能性が高いからです。

把握できていない妊産婦死亡

 2008年には、以下のような報道もありました。

 『厚労省の研究班の調べで、妊娠や出産で亡くなる女性は公表されている人数より35%多いことがわかった。妊娠や出産にともなって脳出血を起こし産婦人科以外の診療科に移された経過が報告されていなかったため。公表されている統計では平成17年に全国で62人の妊産婦の死亡が報告されている。厚生労働省研究班は平成17年に死亡した10代から49歳までの女性全員1万6千人あまりを対象に死亡と出産・妊娠の関係を分析。その結果、新たに22人見つかった。』

 これは、出産事故で寝たきりになって、その後に死亡する際には、何らかの別の病名が付けられるために、出産事故として把握できなくなってしまっているということです。また、新たに見つかった22人の死亡例も、多くの被害者が経験している寝たきりの重度障害が長期に継続した後の死亡例は含まれていないでしょう。

 妊産婦死亡率がこのように信頼性が乏しいものであることを知りながら、無痛分娩の事故の再発防止策を検討すると宣言した厚生労働省が、妊産婦死亡率を持ち出して「無痛分娩をしても死亡率は少し上がるだけで、明らかな差は認められない」という発表をしたことには疑問が残ります。

海外の死亡率との比較もできない

 子どもの死亡率も同様です。子どもの被害の場合は一般に、「周産期死亡率」や「早期新生児死亡率」が取り上げられますが、これらは前述したように、生後1週間以内の死亡数をカウントしたものです。

 その死亡率だけを見ると、海外と比べて遜色ないように見えますが、実は、日本では、海外よりも、出産事故で重度の脳性麻痺の寝たきりになった子どもへの延命治療が手厚く続けられます。

 例えば、2004年に公表された国立保健医療科学院の研究報告によると、1歳から4歳の疾患による死亡率は、日本は先進13カ国中最高になっています。その死因の内訳を見ると、他国では死亡原因の上位には無い、肺炎による死亡数が日本では多いことがわかります。そして、出産時の事故で寝たきりの重度の脳性まひになった子どもがその時期に死亡する際にも、死因は肺炎になることが多いという事実があります。厚生労働省の統計でも、生後1年以内の乳児死亡の4分の1の原因が出産に伴うものとなっています。

 このように、日本は、海外に比べ、出産の事故で寝たきりの重度障害になった子どもの、延命治療を長く続けることが多いので(そのことの是非はここでは論じませんが)、生後一週間以内の死亡をカウントする周産期死亡率や早期新生児死亡率は、海外に比べ低くなりやすいので、これらの数字だけを見て、日本の産科医療の質を論じることはできないのです。

 実際、日本は、2009年から、「産科医療補償制度」という公的な保険制度をつくりましたが、これは、出産時の事故が原因で重度の脳性麻痺になって6ヶ月以上生きた子どもが対象となる保険制度です。この制度ができたのは、医師賠償責任保険で医療側が被害者側に損害賠償を支払う事例が、重度の脳性麻痺となって6ヶ月以上生きるケースに多く、かつ、そのような事例では、24時間の看護や介護のために多額の賠償が必要だったという側面があります。

データの分析手法にも疑義あり

 今回の「無痛分娩と無痛ではない分娩の死亡率に明らかな差はない」とした発表には、多くのマスコミが取材に行きましたが、マスコミの中には「無痛分娩は安全だ、とマスコミにミスリードをさせて、産科医療界の収入が増えることになる無痛分娩を広げようとしているのではないか。そもそも、研究班の設置の発端となった事故例も報告されていなかったのに、そのようなデータを根拠に安全であるかのようにいうのは違和感があるし、データや分析の詳細も明らかにされていなかった」として報道しなかったところもあったということです。

 産科関連の事故に関するこの種の統計データを比較する論文では、結論だけをミスリードさせるために作成されたのではないか、と考えられるデータ処理等に問題のある論文が他にもあります。(機会があれば別稿で論じます。)

 以上のことから、「妊産婦死亡率や周産期死亡率が欧米並みだから」とか、厚労省の研究班が「無痛分娩を選択しても死亡率はそんなに変わらなかった」という理由だけで、日本の産科医療は、どこの医療機関でも安全性は心配ないとか、無痛分娩を選択しても安全性は変わらない、とは言えないのです。

 たとえ、日本の産科医療の質や安全性が平均値として良くなっているとしても、医療機関ごとの質の格差が広がっているかどうかは「平均値」ではわかりえません。特に、国民にとって切実な、事故を繰り返しているのに事故事例を全く報告していないようなリピーターの医療機関の問題については、このような死亡率という平均値ではそもそもわかりようがなく、安心はできないのです。

 「防ぐことができるはずの事故」を防止するには、医療機関ごとの質の格差の是正、特に医療機関の質の「底上げ」が欠かせません。そのためには、妊産婦や家族、国民全体が産科医療に関する正しい情報を得ていく必要があります。

 次回は、それでは実際に、どのようにして情報を得て医療機関を選べば良いのか、について考えていきます。

<アピタル:患者安全を求めて>

http://www.asahi.com/apital/column/anzen/(アピタル・勝村久司)

アピタル・勝村久司

アピタル・勝村久司(かつむら・ひさし) 医療情報の公開・開示を求める市民の会 世話人

京都教育大学理学科卒。高校教師。長女の医療事故をきっかけに市民運動に関わる。厚生労働省「中央社会保険医療協議会」、群馬大学病院「医療事故調査委員会」などの委員を歴任。現在、産科医療補償制度「再発防止委員会」委員。著書に「ぼくの『星の王子さま』へ~医療裁判10年の記録~」(幻冬舎)など。

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