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 ADHDが疑われる「生きるのがつらい女性」、リョウさん(30代前半、独身一人暮らし)の連載を続けています。このコラムでは、期限までに仕事を進めるための計画立てや、やる気を出して先延ばしを防ぐ方法などをお伝えしてきましたね。これらは、「時間管理」と呼ばれる、実行機能に関する力のひとつで、ADHDの方の治療ポイントのひとつです。

 今回は、もう少し視野を広げて、ADHDの治療には、一体何が有効であると言われているのかをご紹介していきます。

「子どもの問題」から「大人も」へ

 ADHD(注意欠陥・多動性障害)は、古くは「子どもの問題行動」と言われ、落ち着きなく、なかなか親のいうことに耳を傾けられずに、動き回る子どもというイメージとともに紹介されていました。そして、思春期を過ぎたあたりから大人になるに連れて、症状は落ち着くとか、治ってしまうと考えられていたのです。

 しかし次第に、成長につれてADHDの表面的な多動は落ち着いても、頭の中は常にぐるぐる忙しく他のことを考えていたり、忘れ物が多かったり、ケアレスミスが多かったりして、不注意の側面は相変わらず残っているといった例が多く報告されるようになりました。そこで、「どうやら大人になってからもADHDの問題は続く」こと、さらに、子ども時代と違って親などがフォローしてくれず、社会人になったり親になったりして社会から求められる役割や責任が大きくなったことで、その要請に応えられずに不適応となっているADHDの大人がいることがわかってきました。

 このように、大人のADHDは子どものADHDに比べて認知されるのが遅かったため、治療法の開発やその効果の研究が進み出したのは、多く見積もってここ20年ほどなのです。

 

世界の治療ガイドライン

 さて、いろいろな病気や障害には、「治療ガイドライン」というものが定められています。これは、多くの臨床知見や研究結果をもとに専門家たちの意見をすり合わせ、「この病気にはこの治療法が有効であると考えられるため、推奨する」といった、いわば、専門家お墨付きの治療方法が掲載されたものといえます。

 大人のADHDの治療方法は、大きくわけて薬物療法と、カウンセリングなどの心理社会的な介入の2つがあります。大人のADHDの治療ガイドラインで、薬物療法から心理社会的介入までカバーしたものは、2018年の現時点で次の4つの機関が作成しています。いずれも海外のものです。

 ①NICE: The National Institute for Health and Clinical Excellence(2008)、(英国)

 ②CADDRA: The Canadian Attention Decifit Hyperactivity Disorder Resource Alliance(2010)、(カナダ)

 ③BAP: The British Association of Psycholopharmacology(2014)、(英国)

 ④DGPPN: The Deuutche Gesellshaft fur Psychiatric, Psychotherapie und Nervenheilkunde(2003)、(ドイツ)

 

 ADHDの治療は、子どもに対しては、まずは薬物療法よりも家庭や学校などの環境を整える方法や心理社会的な介入が各国で推奨されています。一方、大人の場合には、上記4機関のガイドラインを見ても、まず薬物療法なのか、それとも心理的な介入が先なのかは、まだ見解が一致していないようです。

 英国のガイドライン(①)では、ADHDの重症度が中程度から重度の場合には、まず薬物療法が推奨されています。なかでも、神経伝達物質の働きを整える薬(メチルフェニデート)が第一選択薬として推奨されています。日本でも使用されている薬です。この薬を飲むことで、「これまで夕方になるとバタンと倒れ込むようにエネルギー切れになってしまっていた」という方が、なんとか夜までやるべき仕事や家事に集中できるようになったりします。しかし、効果は人によって様々で、「飲んだけど、特に前と変わらない」とおっしゃる方もいらっしゃいます。

 

認知行動療法は「心理社会的な介入」のひとつ

 心理社会的な介入の方法としては、「心理教育」や「認知行動療法」が、各国の治療ガイドラインでおおむね共通して勧められています。

 実は、薬物療法だけでは、ADHDの方の「計画が立てられない」「整理整頓ができない」といった問題を解決するには不十分であると言われています。なぜなら、大人の患者の20~50%が薬物療法に反応が見られないか、副作用等の有害な反応がみられることがわかっているからです(Wilens et al, 2002)。

 そこで、薬物療法に加えて、もしくは薬物療法の代わりに、心理社会的な介入の必要性が強調されています。

 

 「心理教育」とは、本人がADHDの一般的な症状について知り、自分の困りごとをADHDという観点から整理して理解したり、日常生活をうまく運んでいくための対処法を学んだりする治療のことです。診察などでADHDという診断について説明を受けたり、ADHDの症状について書籍や映像などで知識を得たり、対処本を読んだりといったことが具体例です。

 「認知行動療法」は、考え方のクセや行動パターンのあり方を見直して、気分を軽くしたり、問題解決を図ったりするカウンセリングの一種です。このコラムで紹介している様々な方法も、この方法のひとつです。英国のガイドライン(①)では、薬物療法を行っても効果がない場合などに、個人やグループ形式での認知行動療法を検討することを勧めています。また、カナダのガイドライン(②)では、実行機能障害を補うためのソフトウェアの紹介もなされており、生活をうまく乗り切るための実際的な介入が重視されていることがわかります。

 

 大人のADHDの方に対する認知行動療法で扱う内容は、代表的なもので次のようなものがあります。

・心理教育を含む自己理解: ADHDの症状や対処法について学び、自己理解を深めます

・注意持続訓練: 他のことに気をとられずにやるべきことに集中する練習をします。

・自己報酬マネジメント(動機づけ): 気乗りしないことにも自分でやる気を出す方法を学びます。

・時間管理: スケジュールを覚えておく、やるべきことを期限までに実行する方法を習得します。

・環境調整: 気が散りにくい部屋や机などの環境の整え方を学びます。

・整理整頓: 貴重品をなくさず、必要なものがすぐに見つけられるよう、整理の仕方を学びます。

・アンガーマネジメントを含む感情コントロール: 怒りの問題を抱える人も多いため、怒りに関する心理教育、怒りにつながる考え方の修正、感情の扱い方、主張の仕方などを学びます。

・ソーシャルスキルトレーニング: 周囲の人とどのような対人関係を築いていくのか、どのように話しかけたり、応えたりしていけばよいのかを学びます。

 

写真・図版

日本の現状は?

 日本では、子どものADHDの治療ガイドラインはありますが、大人のADHDに特化したものは、まだ存在しません。現状では、大人のADHDの方が医療機関にかかろうと思っても、診断を受けるまでに数カ月かかり、その後は薬物療法と月に一度の診察というパターンが多いのではないでしょうか。また、認知行動療法が治療の一環として十分に提供できている状況とはいえません。

 背景には、診断を担う医師(現状では児童精神科医)の圧倒的な人員不足があげられます。また、医療経済的な背景もあります。大人のADHDを対象にした認知行動療法は、まだ公的医療保険の対象となっていないため、医療機関での実施がなかなか広がらないのです。

 

 私は今、大人のADHDの方々の集団認知行動療法を研究しています。もし、通常の診察にプラスして、認知行動療法を治療に加えることができれば、しかも、それを同じ悩みをもつ人同士で一緒に取り組むことができれば、大きな効果を上げることができるのではないか?というのが私の問題意識です。昨年度、今年度と続けてきた研究は、来年度も展開していく予定です。参加型プログラムの詳しい実施場所や日時が決まりましたら、またこちらでお知らせさせていただきます。

 

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。