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冬山登山入門コース(下)

 今回は、「冬山入門コース」の最終回です。冬山ならではの危険として、最も深刻な遭難につながる要因として、雪崩が挙げられます。2013年11月、北アルプス立山連峰の真砂岳では登山者やスキーヤー計7人が雪崩で死亡しました。2017年3月には、栃木県那須町で登山の講習会を受講していた高校生ら計8人が雪崩に巻き込まれて亡くなりました。雪崩事故は、一瞬のうちに大勢が犠牲になる恐れがあります。転落や滑落などのように登山者の技術的なミスとは違い、雪の斜面の状態を見極める能力がなければ、雪崩事故を防げません。しかし、埋没直後であれば、近くにいた登山者による救出は可能です。

拡大する写真・図版ビーコンを使った雪崩埋没者の捜索訓練=長野県山岳総合センター提供

 長野県山岳総合センター(長野県大町市)が昨年12月に実施した安全登山講座の「冬山入門コース」では、受講生85人が「雪崩についての基礎知識を得る」「雪崩装備の特性と使い方を学ぶ」として、雪崩対策を学びました。講師は、元国立登山研修所職員で、石井スポーツ登山学校事務局長の東秀訓さんが務めました。

 雪崩対策は入山前から始まります。まず、予定している登山ルートで、過去に雪崩事故や雪崩の発生例を確認します。地形図の登山ルートで、急傾斜の雪崩地形がないかを確認して、ルートの安全性を探ります。その上で、入山10日前ぐらいから登る山域周辺の天候と積雪量を調べます。

 入山後は、ルート上に真新しい雪崩の起きた痕跡がないことをまず確認します。ルート上の積雪の状況確認も大切です。雪崩は2種類あります。積雪の雪面に近い部分が流れ落ちる「表層雪崩」と、積雪全体が、その底部から崩れ落ちる「全層雪崩」です。冬山では、雪崩発生予測の様々なチェックポイントを確認しながら、慎重に行動して、雪崩との遭遇を避けることが肝心です。

拡大する写真・図版ビーコンを互いに発信状態と受信状態にして、正常に作動しているか確認する受講者=長野県大町市文化会館

 積雪が不安定であることを明瞭に示す証拠がしばしば観察されます。私も学生時代、冬の北アルプス五竜岳に登った際、前兆がありました。吹雪の中、頂上近くの斜面を隊列で登っていたとき、突然、斜面に亀裂が走りました。長さ10メートルくらいでしょうか? 一瞬、「ピシッ」という音がして、幅5センチほどの裂け目が出来ました。亀裂が入った箇所を避けたルートに変更し、無事、五竜岳に登頂しました。この時は、大学山岳部の冬山合宿でした。新雪が降り積もる中、大人数で雪面を登ることで、不安定な斜面に刺激を与えたのが、亀裂を誘発した要因と推測されます。そのままルートを変えずに登っていれば、表層雪崩を引き起こしたと思われます。

 講座で、東さんは「客観的な判断」を力説しました。「雪崩事故の多くは、経験を積んだ人でも、自分の都合のよい判断に陥っていないか、常に冷静に自問自答してほしい」と。

 東さんは、雪崩に遭った際の救出方法についても説明しました。無事救出のカギを握るのは、電波を発信・受信して埋没者の捜索に役立てる雪崩ビーコンです。最近では、冬山装備の必需品として、雪崩ビーコンが普及しています。しかし、ビーコンは使い方をマスターしていなければ、「宝の持ち腐れ」となり、現場では役に立たないのです。

 講座では、実技として屋外でビーコンの使い方を学びました。ビーコンの多くは手のひらに乗る小型サイズです。機種によって、電波の発信・受信能力が違うので、購入した際、取り扱い説明書をよく読んで、使い方を習熟することが必要です。

 実技は、会場の大町市文化会館の駐車場で行いました。参加者85人が班ごとに分かれて、実際にビーコンを使った模擬捜索訓練をしました。ビーコンには、電波の発信機能と受信機能があります。冬山で、登山者は常にビーコンを発信状態にして行動しています。捜索者は、自分のビーコンを受信モードにして、素早く電波をキャッチすることに努めます。

拡大する写真・図版冬山入門コースで、雪崩ビーコンを使って実技に取り組む受講生たち。横一列になって埋没者からの電波をキャッチする=長野県大町市文化会館

 実技では、まずビーコンの機能がちゃんと受信モードになっているかのチェックから始めました。その後、約80メートル離れた場所にいる、発信モードにしたビーコンを持つ遭難者役の人に向かって、受講生たちは横一列で歩きました。受講生たちは自分のビーコンが電波をキャッチした段階で、「ヒット」と大声で叫びました。大声を上げるのは、吹雪の際の捜索では、通常の声では意思の疎通が難しいためです。こうした基本的な手順も、訓練で試しておかないと実際の遭難現場では出来ず、救助活動に支障をきたすことがあります。

 東さんは「ビーコンは事前に使いこなす訓練をしていなければ、実際の遭難現場では大混乱に陥ります。例えば、発信モードにして埋没者を捜しても役にたちません。こんな基本的な操作でさえ、遭難発生時は気が動転していて間違えることがあります」と説明しました。

拡大する写真・図版埋没者の雪崩ビーコンが発する電波をたどって、埋没者に接近する受講生たち=長野県大町市文化会館

 ビーコンを使うことで、埋没者の距離と方向を調べることが出来ます。位置と埋まっている深さがわかった段階で、プローブと呼ばれる金属製のポールを雪面に突き刺し、埋没者を確認します。正確な位置を確認した後、ショベルで雪を掘り、埋没者を救助します。雪崩遭難では、1分1秒でも早く掘り出すことができれば、生存率が高くなります。救助の際は、2次雪崩が起きないよう周囲の注意も必要です。雪崩に巻き込まれても、助かる可能性はあります。ビーコンを冬山必需品として購入することをお勧めします。

拡大する写真・図版雪崩で埋没した登山者を探すプローブの操作を学ぶ受講生たち。プローブは折りたたみ式で、ザックにも入る=長野県大町市文化会館

 1995年11月、ネパールのエベレスト街道でトレッキングを楽しんでいた日本人13人が雪崩に遭い、亡くなりました。吹雪の悪天候のため、標高約4千メートルの放牧小屋で休んでいたところ、上部の斜面から雪崩が発生し、小屋が倒壊して全員が窒息死か圧死でした。私はこの遭難を現地取材しました。チャーターしたヘリコプターで、カトマンズから現場に行きましたが、小屋の背後の斜面に積もった雪が滑り落ちていました。

拡大する写真・図版手前の斜面で雪崩が起き、日本人トレッキング客らが宿泊していた小屋を直撃、押しつぶした(中央の黒い部分)=1995年11月13日、ネパール・ヒマラヤのゴーキョ峰山麓のパンガ、朝日新聞社本社チャーターヘリから、武田剛撮影

 上空から現場を見て、「こんな緩い傾斜の斜面でも雪崩が起きるのか?」と驚きました。倒壊した小屋は、長年、地元の住民が放牧小屋として使っていたもので、安全な場所に建てられていたはずです。雪崩の怖さを改めて思い知り、登山でないトレッキングでも、雪崩対策の注意が必要なのだと実感しました。

<アピタル:近藤幸夫の山へ行こう・健康と安全>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/climb/(近藤幸夫)

近藤幸夫

近藤幸夫(こんどう・ゆきお) 朝日新聞山岳専門記者

1959年。岐阜市生まれ。信州大学農学部卒。86年、朝日新聞入社。初任地の富山支局で、北アルプスを中心に山岳取材をスタート。88年から運動部(現スポーツ部)に配属され、南極や北極、ヒマラヤで海外取材を多数経験。2012年から日本登山医学会の認定山岳医講習会の講師を務める。現松本支局長兼山岳専門記者。